人生なんて夢だけど:それいけ!アンパンマン いのちの星のドーリィ』

やなせたかし心不全で亡くなったという。心からお悔やみ申し上げる。
やなせたかしは94歳だった。ここ数年は映画の舞台挨拶で「病院からはあと2〜3週間しか生きられないっていわれてる」「あと2年生かして欲しい」などと冗談交じりに言っていた。著書「病気だらけをいっそ楽しむ50の長寿法」には病歴だらけの身体イラストを載せていたりしていた。
大往生ではないかと思う一方で、2chまとめサイトに貼られていた「まだ死にたくねぇよ」などと言っている画像などみると、なんだかこみあげてくるものがある。


やなせたかしの代表作といえば『アンパンマン』ということになるだろう。子供を持った人間なら『アンパンマン』というキャラクターが持つ子供への訴求力の凄さを理解しているものと思う。なにしろ、男児でも女児でも、ある一定の年齢までなら、『アンパンマン』のグッズなりDVDなり録画データなりがあるだけで大喜びなのだ。うちの子供なぞ、口から出る単語の約50%が「あんぱんまん」もしくは「あんぱん」だった。
物語としての『アンパンマン』の凄さは、あんなにもシンプルで子供受けの良いキャラクターであるにも関わらず、一面的な正義や悪を決して描かないことにあると思う。勧善懲悪でない、とまでは言わないが、ばいきんまんドキンちゃんは憎むべき悪というよりも皆から愛されるキャラクターだし、あんぱんまんが正義や悪について説教する――みたいな話はありえない。特に劇場版は、自らを犠牲にしたアンパンマンにゲストキャラクターが学ぶ、みたいな話が多い。
特に『いのちの星のドーリィ』は最高傑作だと思う。
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本作は有名な主題歌『アンパンマンのマーチ』を大フィーチャーしたエピソードで、なんとアンパンマンが死ぬのだ。
この際なので、以前のブログで書いた文章をちょっと直して再掲載してみたい。


皆様は単に小麦粉の塊であるアンパンマンが何故生きているのか御存知だろうか?
ある時、空から「いのちの星」が降り、ジャムおじさんが練っていたアンパンの種に命が宿って誕生したのがアンパンマンなのだ。おとぎの国だから生きているわけでは無く、「いのちの星」なる疑似科学的設定が存在したのだな。


この「いのちの星」は定期的にアンパンマンの世界に降り注ぎ、岩だらけの荒野を肥沃な土地に変えたり、色々なものに命をもたらしているらしい。アンパンマン世界の住人は「いのちの星」に敬意を抱き、年に一度「星祭り」というお祭りまで開催する。


今回のゲストキャラであるドーリイは「いのちの星」の力で命を持った人形の女の子だ。人形が主役で、「生きるとは何か」がテーマなのだ。
ここでピンときた方も多いだろう。19世紀を「人間の時代」、20世紀を「心を失った人間=人形の時代」となぞらえる言説があった。20世後半には、フィリップ・K・ディック手塚治虫石森章太郎らがアンドロイドやロボットといったメタファーを使って続けてきたあれやこれやが、「アンパンマン」というフィールドで語り直されるのだ。しかも、幼児にも理解できる形で!


さてこのドーリィ、性格はもの凄く我儘だ。命が宿ったドーリィはメロンパンナちゃんやクリームパンダと一緒に幼稚園に通うことになった(なにしろ幼児向けなので)のだが、勝手気まますぎる行動で初日から浮きまくる。給食の列には横入り、他人の玩具は自分のもの。相手が傷つく台詞も平気で吐く。ドーリィの声を務めるのは安達祐実なのだが、声優が本業でないにも関わらず非常に上手い*1
皆がお祭りの練習として『アンパンマンのマーチ』を合唱していると、「ヘンなうた!」とドーリィは声をあげる。このブログを読んでいる方で知らない者はいないと思うが、念のために書くと、下記のような歌詞だ。当然作詞はやなせたかしだ。

なんのために 生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられない なんて
そんなのは いやだ!

「何のために生まれてなにをして生きるのかですって? 決まってるじゃない。もちろん自分のためによ! せっかくもらった命だから楽しまなくちゃ」ドーリィはクールに言い放つ。
子供向けアニメにしては重い歌詞に違和感を抱いている大人の中には頷く人もいるかもしれない。


人生を楽しむ為に、ドーリィは自分のことしか考えない。大人の手伝いやお祭りの準備もせず、更に遊びまくる。普通の映画ならディスコやクラブで踊り狂ったり、キャバクラやホストクラブに通うシーンで表現されそうなものだが、幼児向けなので代わりにドーリィが幼稚園をサボって自転車で遠出したり水遊びでカエルをつかまえたりするのが微笑ましい。


ドーリィがそこまで「自由に楽しく生きる」ことに拘るのには理由があった。人形だった時の持ち主が意地悪で乱暴な人間で、投げられたり髪を引っ張られたりと荒々しく扱われた後、海に捨てられたのだ。ここいら辺、もし大人向けの作品だったらレイプとかストリートチルドレンとかいうことになるのだろう。
こういった背景事情は、同じくアンパンマン世界のアウトサイダーだが心根が全く違うロールパンナとの会話で説明されるのだが、実に良いシーンだった。アンパンマンのやり方だけが正解じゃないんだよ、みたいな多様性を示しているとでもいうか。


……しかし、どんなに遊んでも楽しく感じなくなってくるドーリィ。やりたいことをやっても毎日がつまらない。胸に収められた「いのちの星」も段々と小さくなってくる。
でも、毎日パトロールに精を出し、困っている人を助けているアンパンマンは楽しそうだ。「いのちの星」も体に溶け込み、自分のものとなっているらしい。「アンパンマンとあたし、どこが違うの?」


その後ドーリィは「可愛い人形が欲しい!」と願うドキンちゃんに迫られたばいきんまんに誘拐され、命からがら逃げお出す。脱出に使ったばいきんまんのUFOが故障し、海を漂流するドーリィ。「あたし、このまま海に沈んじゃうのかな?」命を持ったドーリィが初めて感じる、切迫した死への恐怖だ。
波に揺られながら、ドーリィは思う。
「あたし、何のために生まれたの? 何のために生きてたの?このまま終わっちゃうなんて、あたし……、あたし……」幼児向け作品とは思えないほど重い、異様な迫力を持ったシーンだ。


高波に揉まれ、水没しようとするドーリィを、間一髪のところでアンパンマンが救う。だが、ドーリィの悩みは解決しない。アンパンマンに、輝きを失い、黒く、小さくなってしまった自分の「いのちの星」を見せるドーリィ。


……この後、アンパンマンばいきんまんとの対決を恐るべきクオリティで描いたクライマックスが続き、元ネタの一つであろうピノキオチックな展開になる。動画枚数がそれまでと桁違いなんじゃないかと思えるラストバトルとか、はっきりと死体として描かれる○○とか、『アンパンマンのマーチ』が男性コーラスで荘厳に流れたりとか、見所満載だ。
世の中には自分以外に「他人」というものがいて、良くも悪くも自分一人では生きていけない。「他人との関係性の中で生きる」ということが、最も劇的な形で示されるのだ。本当の意味で「生きる」ってのはそういうことだ。


ただ、ここでちょっと立ち止まるようだけど、この映画はあくまでも『アンパンマン』で、子供向けアニメなわけなんだよね。単にアンパンマンが皆の嫌われ者のばいきんまんをやっつけるという話でも、誰からも文句はこない筈なんだよ(やなせたかしからはくるかもしれんが)。
にも関わらず、こうきたら、こうじゃなきゃ嘘だろという展開を、フルパワーでやりきる作り手に拍手を送りたい。劇場版になるとスタッフはここまで本気になるのかと心底驚いた。しかも、この密度で50分という短さ! 是非、アマゾンで購入するなりレンタルDVD店に足を運ぶなりして実際に観て欲しい。


ここで思い出すのは、絵本『あんぱんまん』にある、やなせたかしによる著者あとがきだ。
あんぱんまん (キンダーおはなしえほん傑作選 8)
やなせ たかし
4577002086

……ほんとうの正義というものは、けっしてかっこうのいいものではないし、そして、そのためにかならず自分も深く傷つくものです。そしてそういう捨身、献身の心なくしては正義は行えませんし、また、私たちが現在、ほんとうに困っていることといえば物価高や、公害、飢えということで、正義の超人はそのためにこそ、たたかわねばならないのです。

「いのちの星のドーリィ」は、ここでいう「ほんとうの正義」を、アンパンマンから受け継ぐ話であったわけだ。誰が?って、そりゃ勿論、こころを失っている、いや、失っていた我々がだよ!


「子供」だったゲストキャラがアンパンマンのおかげで「大人」になるという話はこれ以外にも色々とあるのだが、本作が最も出来が良い。なんというか、やなせたかしのスピリッツと、現代アニメのテクニックが奇跡の出会いを果たした名作だと断言したい。冗談抜きでシネマヴェーラのアニメ特集なんかで上映されるかもしれん。


その他、愛すべき悪役としてのばいきんまんの魅力に溢れた『ばいきんまんと3ばいパンチ』、お話以上に主題歌*2が最高な『勇気の花がひらくとき』、ロールパンナちゃんとゲストキャラ*3との百合物語が展開される『うきぐも城のひみつ』なんかがお薦めだ。
それいけ!アンパンマン ロールとローラ うきぐも城のひみつ [DVD]
やなせたかし
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自分もそれほどうぶではないので、こういった集団作業の結果である劇場版アニメ全てにやなせたかしが100%関与しているとは思わないのだが、やなせたかしがいなかったら生まれなかったことは間違いない。人生なんて夢だけど、夢の中にも夢がある。
人生なんて夢だけど
やなせ たかし
457703008X

*1:昨今のアニメ映画の例に漏れずアンパンマン劇場版もゲストに声優が本業でない俳優を起用することがよくあるのだが、中には明らかにマズい例もあるのだ

*2:当然やなせたかし作詞

*3:声優を務める黒木瞳がアホほど上手い