このゾンビ映画を作ったのは誰だ!:『ワールド・ウォーZ』と『ウォーム・ボディーズ』

雄山「中川、今日の映画はなんだ?」
中川「『ワールド・ウォーZ』にござります」
雄山「ほう。有名なゾンビ小説の映画化だな。モキュメンタリーならぬ架空のオーラル・ヒストリー形式で、ゾンビ発生による世界的危機“世界ゾンビ大戦”を乗り越えた時点から語るという、なかなかに考え抜かれた小説だったな。映画も楽しみだ」
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中川「この中川、雄山さまの好みは熟知しておりますゆえ」
雄山「ハハハ、こやつめ。それでは、観てみるとするか」


二時間後


雄山「……このゾンビ映画を作ったのは誰だあっ!」
中川「先生、どうか落ち着いてください」
雄山「だから私はこんな下衆なシネコン映画を観るのは嫌なんだ! 人に金と時間を払わせておいて、こんなものを観せるとは!!」
雄山「ええい、我慢ならん。監督を呼べ!」
マーク・フォースター「わ……私です」
雄山「貴様か!! 貴様は首だ! 出ていけ!」
マーク「ひ、ひええええ」
中川「先生、マークの至らない点はあらためさせます。どうか……」
雄山「やかましい、上手いとか下手とか以前の問題だ。おまえみたいな鈍感なセンスの持ち主がゾンビ映画を作る資格はない! 今日を限りに出ていってもらおう」
マーク「ひ、ひぃぃぃぃ!!」
中川「先生、お待ちを!」




京極「ふむ、何で海原雄山はそないに怒ったんやろ。なんぞ心当たりはないんか?」
マーク「いえ、何も」
京極「それやったら海原雄山に観せたのと同じゾンビ映画をここで観せてみなはれ。ワシと山岡はんやったら何か分かるやろ。なにせ山岡はんは海原雄山の息子やからな」
マーク「え! 海原先生の息子さん?」
栗田「京極さん、知ってらっしゃったんですか」
京極「山岡はん、どうやろ。海原雄山が何故駄目出ししたんか知りとうないか?」
山岡「いいでしょう」
マーク「先生の……(ガクブル) 分かりました。お観せしましょう。ちょうど内覧用DVDを持ってきていますので。ただ、発売前ですので、扱いには気をつけて下さいね」
京極「大丈夫や。ここには映画泥棒なんておらへんで」
富井「どうせあと数ヶ月したらツタヤで借りられるようになるだろうしね」
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二時間後


マーク「どうでしょう。先生にお出ししたのと同じ『ワールド・ウォーZ』です」
富井「おお。走るゾンビの大群衆はド迫力だし、家族思いのブラッド・ピットは格好いいし、面白いじゃないですか!」
京極「フム……」
栗田「面白いけど……なんだか風味が少し」
山岡「残念だけど、マークさん、海原雄山の言うとおりだ。このゾンビ映画はできそこないだ。食べられないよ」
マーク「な、なんですって」
富井「山岡君、どうしてだね。こんなに面白いじゃないか」
山岡「この『ワールド・ウォーZ』には虐げられし者の視点が足りない。さてはマークさん、あんたリア充だね」
京極さん「そうか、なんか気になったんやけど、この匂いはリア充の匂いか」
栗田「どおりでBBQみたいな風味がすると思ったわ!」
岡星「マーク、お前まさかリア充だったのか」
マーク「す、すいません」


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山岡「いいかい、マークさん。なんでロメロの『ゾンビ』があんなにウケたのか思い出すんだ。ゾンビ映画ってものは、その時々の社会に生きる人々の不安や恐怖を反映しているものさ。
マーク「え、ええ。その通りです」
山岡「『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』のゾンビはベトナム反戦運動公民権運動に敗れた若者や黒人の象徴だった。『ゾンビ』はショッピングモールに代表される大量消費社会、『死霊のえじき』はレーガンノミクスと対外強硬政策で右傾化するアメリカを反映していた。勿論、世の中には『ショーン・オブ・ザ・デッド』みたいに全く怖くないゾンビ映画も存在するが、あんたが目指していたゾンビ映画はそうじゃないだろう」
マーク「は、はい。その通りです」
山岡「いまゾンビ映画を作るのならば、いま人々が感じている不安や恐怖を反映させなくてはならない。だから、最近のゾンビ映画が、新型インフルエンザみたいなグローバル化する感染症や、911イラク北朝鮮危機みたいなテロリズムや民族紛争、リーマンショックみたいな金融危機や所得格差を反映したものになるわけだ。なにかが一つか二つ間違ったら、いま満喫しているクーラーの効いた部屋でインターネットを楽しめるような消費社会が崩壊するんじゃないかという不安だ。
だから、あんたの『ワールド・ウォーZ』がニューヨークからはじまって、ヒスパニックの少年が仲間に加わったり、北朝鮮イスラエルを経由する地獄巡りみたいな映画になるのはよく分かる。イスラエルがゾンビ対策に<壁>を作っていて、アラブ人が中に入れた嬉しさから歌を唄って、その声にゾンビが引き寄せられて<壁>が崩壊するというブラックジョークは最高だったよ」
マーク「お、仰る通りです」
山岡「ただ、はっきりいえば文芸面では『ドーン・オブ・ザ・デッド』や『28日後…』の二番煎じだ。あんたがやろうとしたのは、映像面で、今までに誰も観たことのないゾンビ映画を作ろうってことだったんだろう? 予告編でも使われた冒頭の交通事故や、イスラエルで雲霞のごとく<壁>を乗り越えるゾンビの群れは良かったよ」
マーク「あ、ありがとうございます! 楽しんで頂けたようで……」
山岡「だが、良かったのはウェールズで旅客機が墜落するまでだ。なんだいこの映画の第三幕は。舞台はいかにもスタジオ撮影でございみたいな研究所。それまで全力疾走していたゾンビが走らない中、かくれんぼしながらのしょぼいマクガフィン争奪アクション。ブラピというA級スターが出演しながら、ここだけ昔ながらのB級ゾンビ映画じゃないか」
マーク「うぐぐぐぐ……」
山岡「だいたいブラピが演じているあの役柄はなんなんだ? 家族を安全なところに残しつつ、世界を救う大活躍を成し遂げる金髪碧眼高身長なWASP。完全なリア充スターだ。これは俺の知り合いの劇画原作者の子供が言っていたことなんだが、ゾンビ映画ってもんは、主人公が周囲から虐げられる黒人や女性や童貞でなくてはならないんだよ。
いや、リア充ならリア充で良いんだよ。でも、その後に『アイ・アム・レジェンド』原作版みたいな価値観の転換とか、リア充が世界の真実を知るとかいった展開も無い。ブラピがゾンビ映画で家族を救うために戦うリア充な主役を演じるということに何のアイロニーも批評性もないじゃないか。せっかく『ファイトクラブ』や『バーン・アフター・リーディング』や『イングロリアス・バスターズ』みたいに非リア充役を演じられるブラピが主人公なのに」
マーク「ぐむむむむ……」
山岡「確かに予算は最高、SFXも最高、キャストも最高、だがオヤジ、肝心のおまえの心が最低だ。せっかくの予算もSFXも泣いてらあ。そりゃ、大予算をかけてみたこともない映像を作りつつ、リア充主人公が世界を救う映画を作ればヒットはするさ。でもね、マークさん。胸に手をあててよく考えてみるんだ。あんたが作りたかったゾンビ映画は、本当にこんなものだったのかい?」
岡星「マーク。言われっぱなしで良いのか」
栗田「そうよ、マークさん。悔しかったら、童貞がゾンビを日本刀でぶった切るような、幼稚な映画を作るのよ」
京極「そうやで、マークさん。皆は世界を救うリア充じゃなくて、世界を救う童貞やエロい姉ちゃんがみたいんやで」
マーク「うううう……俺だって、俺だって、そんなこと分かってるんだ。本当は第三幕でモスクワの赤の広場を舞台に『プライベート・ライアン』を越える残酷ゾンビ戦争をやる筈だったんだ。主人公が家族と再会できない苦いラストで映画が終わる筈だったんだ。でも、スタジオやプロデューサーも務めているブラピが、このままじゃ残酷すぎて公開できないっていうから……。R指定になったら制作費を回収できないっていうから……」
京極「ハイ・コンセプトな映画製作なら、そんなん初めから決めておくべきことなんちゃうの? 追加撮影でなんとかなるレベルやないで。まさに船頭多くしてなんとやらやな」
マーク「仕方が無かったんだ。うおおおおーん(泣)」
富井「あらあら。泣いちゃったよ、この人」
栗田「可愛そうに。本当のゾンビ映画を作ったことが無いのね」
山岡「マークさん。悔しかったら明日の昼、またここに来るんだ。俺が本当のゾンビ映画ってやつを味あわせてやるよ」


翌日


山岡「マークさん、紹介しよう。俺がバカ田大学時代の先輩で、このたびゾンビ映画を監督したジョナサン・レヴィンさんだ」
ジョナサン「レヴィンでげす。はじめまして」
山岡「レヴィンさんはポール・シュレイダーのお弟子さんを務めていたんだけれど、数年前に独立したんだ」
マーク「ふん。どんなに偉い師匠についていたことがあったって関係ないね。あんたらのいう本当のゾンビ映画とやらを観せてもらおうか」
山岡「それではレヴィンさん、お願いします」
ジョナサン「はい。今回上映しますのは、拙が監督した『ウォーム・ボディーズ』というけちな映画でげす。マークさんの『ワールド・ウォーZ』と同じく原作がありますでげすね」
ウォーム・ボディーズ ゾンビRの物語 (小学館文庫)
アイザック マリオン Isaac Marion
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マーク「まぁ観てやろうか」


二時間後


マーク「こ、これは!」
栗田「まさか、人間とゾンビの恋愛映画なんて!」
山岡「どうだい。全然違うだろう」
京極「あ・・・あんた・・・なんちゅうもんを食わしてくれたんや・・・ これに比べるとマークさんのゾンビ映画はカスや」
ジョナサン「恐れ入りやす」
マーク「うう……『ロミオとジュリエット』や『ウェストサイド物語』を下敷きにしつつ、終始イケメンゾンビの視点で物語が進行したり、最初はゾンビ主人公があまり喋れないのを利用してポップソングで心情説明したり、脳を食べると記憶が追体験できるという形でドラマを転がしたり、悪役として人間でもゾンビでもないガイコツを配置したり……なんて手際とセンスが良いんだ!」
山岡「それだけじゃないぞ、マークさん。人間側の彼女は<壁>の内側の大豪邸に住んでいるパツキン美少女で、ゾンビ側は汚い服で汚い街をうろつく有色人種やハゲたおっさんばっかりなのも注目だ」
ジョナサン「恐れ入りやすでげす」
栗田「日本もこの映画みたいに二極化していくのかしら? 景気に関係なくお金を持っている人たちと景気に押しつぶされて困窮していく人たちと……」
山岡「つまり、この映画の人間とゾンビは”1%対99%”に代表される現代の富裕層と貧困層の対立を隠喩しているんだな。リア充VSキモオタだな」
ジョナサン「恐れ入りやすでげす」
栗田「リア充VSキモオタはちょっと違うんじゃないかしら……」
山岡「マークさん、あんたのゾンビ映画にも<壁>が出てきたな。でもこの違いはどうだい? あんあたの映画が昔ながらのゾンビ映画っぽい微妙な終わり方をするのに対して……」
マーク「とんでもないウルトラCかましてポジティブに終わる。リア充とキモメンの和解を描いている……うう、泣けます。決してポジティブなハッピーエンドが良いとは思いませんが、ゾンビ映画でぬけぬけとこれをやるのは新しい」
富井「『ゾンビランド』とかあるけどね」
マーク「うう……完敗だ」


ガラッ(戸が開く音)


雄山「変な匂いがするからと窓の隙間から覗いていれば、まったく下衆な映画をそこまでもちあげおって」
富井「ゆ、雄山?」
京極「二時間も窓から除いておったんか?」
栗田「なんて暇人なの?!」
山岡「雄山、どういうことだ?」
雄山「フン、貴様は何もわかっていないようだな……士郎、やはりお前はいつも大事な事を見落とすようだ。この映画……『ウォーム・ボディーズ』の抱える決定的な問題点に」
ジョナサン「問題点……ですと?」
富井「最高のゾンビ映画じゃないか」
山岡「ふざけるなよ、雄山。『ウォーム・ボディーズ』のどこに問題点があるっていうんだ」
雄山「おまえの褒める映画を観ると、そこには人間として決定的な弱点があることがわかる。それが何だか、教えてやってもいいぞ。
確かに『ウォーム・ボディーズ』で描かれる人間とゾンビとの和解――富裕層と貧困層の和解をゾンビの視点で描くという手法は素晴らしい。ヤクザ、ユダヤ人、貧乏人、そしてゾンビ――マージナルマンや被差別者の視点からありふれた物語を語りなおすことこそ芸術であり文学であり映画というメディアがやってきたことだからな」
京極「なんや。雄山はんも分かってくれてるやないの」
雄山「だが、その和解を描くために、この映画はガイコツという新たな被差別者を作ってしまっている。そこが最大の問題点だ!」
栗田「あっ!」
京極「なんと」
ジョナサン「ううーっ!」
山岡「なんだと!? 新たな被差別者……くっ……見落としていただと……!?」
雄山「映画にはヤマやオチが必要だ。和解を描くならば、当然人間VSゾンビのアクションシーンをクライマックスで描けない。それでは観客に満足感を与えられないからガイコツを用意したのだろうが、最後までガイコツが悪役だったのは失敗だったな。ユダヤ人を救うためにパレスチナ人を犠牲にするのとどう変わりがある?」
山岡「くっ」
雄山「悔しかったら、最後にヒロインの友達とガイコツにキスでもさせておくことだったな。わあっはっはっ!!」
富井「わーいわーい、山岡死んじゃった。」
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