『君の名は。』と川村元気メフィストフェレス説

長らくニコニコ生放送宣伝用と化していた本ブログですが、ニコ生やブロマガで評判がよかったものについて本ブログでもまとめておこうかと思います。


まずは『君の名は。』と新海誠、そしてプロデューサーの川村元気についてです。
小説 君の名は。 (角川文庫)
新海 誠
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新海誠は90年代美少女エロゲーセカイ系文化圏を出自に持つアニメ映画監督です。
日本ファルコムで『イースIIエターナル』や『英雄伝説 ガガーブトリロジー』のオープニングムービーを製作していたことは有名ですが、日本ファルコム退社後も『BITTERSWEET FOOLS』『Wind』『はるのあしおと』『ef』といった、minoriというブランドのエロゲー作品のオープニングムービーを製作しています。
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minori新海誠が所属しているコミックス・ウェーブの関連会社(当時はソフトウェア事業部)であり、振られた仕事という理由もあったのかもしれません。ともかく、エロゲー仕事を黒歴史にしたりせずきちんと自分のサイトで解説したり、『美少女ゲームの臨界点』という評論集の表紙を描いたりしていることから、新海誠が自分の出自に自覚的などころか、相応の誇りというかプライドを持っていることが伺えます。
今の自分があるのはエロゲーのおかげ、というプライドです。
美少女ゲームの臨界点 波状言論 臨時増刊号
東浩紀
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セカイ系はともかくとして、エロゲーという出自は、アニメ監督としてはどちらかというと異端の部類に属します。動画マンから成り上がる、制作進行から演出になる……といった流れが一般的です、90年代までは。
ところが00年代以降、撮影やCG部門出身の演出家が増えました。デジタル化が進み、3DCGやCGによる特殊効果への理解が必要不可欠になってきたからです。
そんな中でも、新海誠の経歴は「アニメ製作会社出身でない」「テレビシリーズを経験していない」「ほぼ一人で作り上げた『ほしのこえ』で映画監督デビューした」という点で異色です。本人も「そもそも僕はアニメの現場に入って勝負しようとは思わなかった人間なんです」等々、これを自覚しているような発言をしています


おそらく新海誠監督の中には、クリエーターとしての表現欲求とは別に、「エロゲー出身だけどビッグになって世間を見返してやりたい」的な欲望があるのではないでしょうか。多くの人が「新海らしくない」と感じた『星を追う子ども』は、アニメ業界のような狭いジャンルではなく、宮崎駿のように一般的・世界的な評価を受けたいという欲望があるのではないでしょうか。


それでは新海誠監督の中にあるクリエーターとしての表現欲求とはどういったものでしょうか?
ほしのこえ』のフェチ感の全く無いロボット描写、『星を追う子ども』の劣化版スタジオジブリのような世界観、『君の名は。』の彗星の軌道の適当さ……等々を挙げるまでもなく、SFにもジブリ的なファンタジーにも興味の無いことは、明らかです。
新海誠の興味の対象、命を賭けても表現したいもの――それは「思春期の少年にとっての恋愛」、「きらきらと光り輝く過去への郷愁」、「美麗な画面と音楽がシンクロした映像」等々……といったものでしょう。
特に恋愛、それも「青春期に離れ離れになった運命の女性を大人になるまで忘れられず再会したい男子」「特殊で重たい設定を背負わされている女子」が、ほとんど全ての作品に出てきます。新海誠は今年で43歳ですが、思春期の恋愛が忘れられないおっさんであると断言して構わないでしょう。これは、今更自分がいうまでもなく、多くの人が指摘していることでもあります。たとえ美人女優兼美人ライターと結婚しても、思春期の恋愛、全然モテなかったとか、彼氏として上手く振舞えなかったという呪いからは、絶対に逃れられないのです。
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そして、「運命の女性との恋愛」は、多くの観客が考えるハッピーエンドの形としては成就しません。
「ヒロインが大した理由なしで主人公のことを好きになる」「主人公の心の変化のみでセカイの問題が解決される」「極端なエログロは画面に現れない」……といった、童貞の願望充足ファンタジーとしての要件を満たしていますが、そして同時にそれは新海誠の出自である90年代美少女エロゲーセカイ系文化圏の定型なのですが、唯一「運命の恋がよくある形で成就しない」という点だけは要件を満たさず、定型を裏切っているのです。成就しない運命の恋が、新海作品についてよく表される「喪失感」に繋がります。「何かを喪失することで大人になる」という、(これまた典型的ではありますが)ビルドゥングスロマンに部分的に逆戻りしているともいえます。
自分の友人は新海誠作品を「童貞がウジウジする話」と評しましたが、なぜウジウジしてるかといえば、主人公がヒロインを押し倒してセックスする――みたいな場面は絶対にないし、主人公とヒロインが家庭を持って子供を作ってそれなりに幸せに暮らす――みたいな物語は絶対に描かれません。北方謙三でなくても「ソープへ行け!」と言いたくなるわけです。


しかし、この喪失感は、新海誠にとって「ご都合主義」に「リアリティ」を足す絶妙なバランス感覚の賜物であり、童貞の願望充足ファンタジーを願望充足で終わらせることなく、自分にとっての苦い現実を反映させ、観客に切実な思いを受け取って欲しいという、ある意味での「誠意」であるわけです。
そして、この誠意こそが新海誠をオリジナリティ溢れる映画作家たらしめる重要な要素でした。「魂」と呼んでも良いでしょう。



数年前のことです。そんな新海誠の前に、人間の形をした悪魔が現れました。


「僕と契約して、第二の宮崎駿になってよ!」


戸惑う新海に、悪魔は言葉を続けます。


「キミは比類なき魔法少女の才能……じゃなかった30過ぎても魔法を使えるかもしれない童貞アニメ少年の才能を持っているんだよ! 宮崎駿庵野秀明も、この前一緒に仕事をした細田守も同じものを持ってたんだ。 富野由悠季押井守は残念ながら持ってなかった……キミは今、パヤオになるか、富野や押井になるかの分岐点にいるんだよ」
「僕と契約すれば、お金もスタッフも(日本で作るアニメ映画としては)使いたい放題だよ! ジブリ映画と同じ宣伝で売ってあげられるよ。日テレの朝と昼のワイドショーで加藤とナンちゃんに褒めさせることなんて朝飯前さ! キミみたいな才能の持ち主なら、細田守と同じレベルのプロデュースをしてあげられるよ。RADWIMPSに音楽を頼みたいの? 友達だから、今すぐメールしてあげるよ!」


場所は有楽町のガード下の安い居酒屋という、天下の大悪魔が好条件で営業してくるには、一見ふさわしくない場所です。しかし、信州の田舎の進学校を卒業し、都会にそれなりの憧れがあった童貞少年としては、心をつかまれるシチュエーションでした。
なによりも「第二の宮崎駿」という誘い文句が奮っています。『星を追う子ども』を監督し、失敗した身としては、抵抗できない誘惑です。
すぐさま契約してしまう新海誠監督。
しかし、世の中にそうそう上手い話があるわけがありません。悪魔は見返りを要求してきます。


「僕のいうことは絶対聞いて欲しいんだ。会社のおカネをいっぱい出すんだから、当然だよね? こっちも慈善事業じゃないんだから、当然だよね? 聞かれなかったからさ。知らなければ知らないままで何の不都合もないからね」


悪魔は、映画作りを熟知しています。大事なのは、脚本です。脚本がマズくても、奇跡がおきれば「良い映画(あくまでも悪魔にとって「良い映画」ですが)」になるかもしれません。しかし、悪魔なので、奇跡には頼りません。脚本には拘ります。脚本さえ上手くできれば、後はおカネで良いスタッフを揃えるだけで「良い映画」が絶対にできます。


「まず、三幕構造をきっちり守った脚本にして欲しい。キミの『雲のむこう、約束の場所』や『星を追う子ども』がマズかったのは、不得意で興味のない題材に挑戦したからだけじゃない。長編の構成力がなかったからなんだ。特に大事なのは第一幕だよ。開始15分以内に主人公とヒロインの入れ替わりを描写して心をつかまないと、客はおうちに帰っちゃうよ。


「恋愛、すれ違い、電車、都会と田舎、心の声のナレーション、音楽と映像のドラッギーなシンクロ……これまで観客のウケが良くて、パヤオがやってないものは、全部入れるんだ。ベスト版みたいな映画にしてね。「時よ止まれ、お前は美しい」とお客さんが飽きるくらい言ってね! 二回同じことはやりたくない? 全国のシネコン300館で公開されるんだから、9割のお客さんはキミの過去作なんてみてないよ! そうそう、細田守の同ポジはパクってOKだよ」


そして、悪魔は決定的な指示を出しました。


「これまでキミが大事にしていた「喪失」は、第二幕で描くんだ。でも、第三幕を通してそれが埋め合わされる構成にして欲しい。誰も暗い気分でおうちに帰りたくないだろ? 特にこの映画で描かれる「災害」は、誰でも311を連想しちゃうだろ? 思春期の失恋を無かったことにすることが、311を無かったことにすることに繋がる、――キミの個人的な葛藤の解決が、時代の欲望に結びつく――キミが作るアニメで過去を変えられるし、アニメで死者も蘇らせることができるんだ。これは最高の映画になるよ!」


皆さん、もうお気づきのことと思いますが、この悪魔は名前をメフィストフェレスじゃなかった川村元気というのです。
世界から猫が消えたなら (小学館ジュニア文庫)
川村 元気
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悪魔が現れたタイミングも運命的でした。
新海誠がやりたいことをやり抜いた作品である『秒速5センチメートル』と『言の葉の庭』は、ファンからも批評家からも好評価されましたが、興収は1億円、製作規模や公開規模からいえばヒットですが、アニメ業界という小宇宙から抜け出せるほどのヒットはしませんでした。「国民的アニメ」であるジブリ映画に(表面的には)少しでも近づこうとした『星を追う子ども』は、大コケといってもいい興収でした。
このまま単館公開もしくは豪華版のDVDやBDで回収すること前提の規模で自分にしか作れないオリジナリティ溢れる作品を作るカルト監督としてやっていくのか、それとも『星を追う子ども』とは違う形の挑戦をするか……『言の葉の庭』公開後の新海誠監督は悩んでいたといっていいでしょう。


そんな新海誠監督の前に現れたのが、人間の形をした悪魔のプロデューサー――川村元気です。外見は人間にみえますが正真正銘の悪魔です。
川村元気は、26歳で『電車男』、29歳で『デトロイト・メタル・シティ』、31歳で『告白』『悪人』を企画・プロデュースし、その時代時代の観客の欲望に奉仕すればするほど「良い映画」になることを学びました。自らの影響力を高めるために作家活動も行い、物語の構造を学ぶために小説も書き、それも映画化しています。全て時代の欲望に奉仕した「良い映画」を作るためです。ここ数年は全ての企画・プロデュース作品が興収二桁億円を記録しています。37歳という若さにして、一流のプロデューサーといっていいでしょう。


何故川村元気は若くして一流のプロデューサーなのか?
それは、川村がクリエーターの魂と引き換えに興行的な成功を約束する悪魔だからです。
「僕と契約して、第二の宮崎駿になってよ!」
「僕と契約して、第二の伊丹十三になってよ!」
「僕と契約して、日本のジェームズ・キャメロンになってよ!」


その引き換えとして、川村は魂を――クリエーターにとって魂のごとく大事だったものを要求します。自覚しているクリエーターもいれば、知らず知らずのうちに魂を盗まれるクリエーターもいます。上手く立ち回って魂を差し出さなくて済む者もいれば、既に魂が無い者もいます。


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細田守はそれまでの演出を捨て去り、台詞で全てを説明する『バケモノの子』を監督しました。「映像で説明する」という、映像作家にとって最も大切なものを引き渡してしまったのです。


バクマン。DVD 通常版
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細田守と比べると、大根仁は上手く立ち回った方でしょう。原作の要素を大胆に取捨選択しつつ、エピソードを絞り込んだ『モテキ』も『バクマン。』も大成功しました。魂を守ることに成功したのです。
それでも、大根仁の心の中にはなにか割り切れないものが残ったいるのかもしれません。合間に『恋の渦』というほとんどインディーズといって良いほど規模の小さな映画を監督したのは、悪魔に干渉されず自分の好き放題できるフィールドを残しておきたかったのかもしれません。大根仁が自らの魂を賭けたといっていい渾身の映画『SCOOP!』がコケたのは、川村元気がタッチしなかったからかもしれません。


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そして『寄生獣』の山崎貴は、そもそも魂を既に売り渡した後でした。川村元気としては、むしろ教わる立場だったのでしょう。



そもそも、映画界、特にアニメ映画界に悪魔は大勢いました。
有名なのは、西崎義展です。『さらば』と分かれを告げても、『永遠に』と祈っても、『完結編』と銘打っても、『ヤマト』は終わりません。各自のアイディアは会議につぐ会議で自分のものにし、自分の思い通りにいかなければ取引も博打も裁判も辞しません。この世からいなくなった今でも多くの人から愛憎交じりに呪いの言葉を吐かれる大悪魔です。
もう一人有名なのは鈴木敏夫です。時には家族を使い、時にはメディアを利用し、あの手この手で知らず知らずのうちに宮崎駿を操作し、時代時代の大衆の欲望に奉仕した売り方をした鈴木敏夫は、誰もが認める映画界の大悪魔です。
彼らに比べれば、岡田斗司夫大月俊倫も序列の低い悪魔でしかありません。石川光久は悪魔ですらなく、悪魔人間化し、今や各業界にシンパという名の眷属まで従えるようになった押井守に使役される存在です。庵野秀明は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』と『シン・ゴジラ』を経て悪魔や悪魔人間ではなく阿修羅になりました。
そして、このままいけば川村元気は、西崎義展や鈴木敏夫に匹敵する大悪魔になるでしょう。


結局、新海誠は悪魔と契約しました。
君の名は。』の興行収入は最終的に200億円を超えるのではないかと言われています。歴史に残る大ヒットです。映画館には、これまで新海誠映画の観客だった男性客やアニメファンだけでなく、家族客や女性客が押し寄せています。「新海誠は女の子に喜ばれない」と岩崎夏目に評されたのが嘘のようです。


悪魔と契約して現世での成功や快楽を追求する話といえば、当然ゲーテの『ファウスト』です。
ファウスト
ゲーテ ヨハン・ヴォルフガング・フォン 森 鴎外
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ファウスト博士はメフィストフェレスと契約を結び若さと力を得て、古代ギリシャというファンタジー世界で大暴れした後、現実世界でも悪魔の力を借りて大暴れしますが、美や富の無意味さを悟ります。あまり肥沃でない土地の領主となって、盲目にもなりますが、多くの人々の幸福を成就することこそ価値あることだと気づき、ついに契約の言葉を口にしてしまうのです。
ですが、最後はグレートヒェンにより魂が救済されます。


ファウスト』は、多くの物語の原型となりました。
手塚治虫は『百物語』、『ネオ・ファウスト』と何度も題材にしていますし、中川信夫の『地獄』やハロルド・ライミスの『悪いことしましョ!』も『ファウスト』を原型としています。
注目は宮崎駿です。『風立ちぬ』も『ファウスト』を原型としており、最後に菜穂子というグレートヒエンに救済されるのです。菜穂子は史実にも現実にも存在しない、アニメの中の美少女です。宮崎駿は『紅の豚』や『On Your Mark』に続き、悪魔に魂を売り渡した男がアニメの中の美少女に魂を救済されるという結末を繰り返しているのです


細田守庵野秀明がこのような話を作ることはないでしょうが、今回、新海誠は悪魔に魂を売り渡し、死者の国から復活したアニメの中の美少女に(経済的に)救済されるという話を作ってしまいました。『星を追う子ども』で、死者を蘇らせてしまった森崎の末路を描いたにも関わらず、です。
星を追う子ども / CHILDREN WHO CHASE LOST VOICES
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このような物語において死者を蘇らせるためには大きな代償が必要であることを、新海誠は十二分に理解していたはずです。
そういえば「アニメ」の語源は死者に命を吹き込む”animate”にあるのでした。



新海誠の魂が救済される時は来るのでしょうか。「自分としても40代のうちにあと2本は東宝で作りたい」と発言している新海誠ですが、40代のうちに悪魔を出し抜くことはできるのでしょうか。
右目に眼帯をして我々の前に現れるであろう新海監督とその新作を、楽しみに待ちたいところです。