こまけぇこたぁいいんだよ!:『プロメテウス』

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『プロメテウス』鑑賞。うおおおお面白かった!
キリスト教文化圏の人間が拘りがちな「人類の起源」「創始者との対決」みたいなのには全く興味無い自分だけど、そういった高尚なテーマを隠れ蓑に渾身の力でグロSFをやってやんぜ!というリドスコの魂の叫びが篭もった傑作であった。



ちょっと思ったのは、SFとSF映画は似てるようでかなり違うジャンルなのだな、ということだ。
SFは現実に存在しない存在――技術や文化や生物といったものが、社会や文化や人間自体にどういった影響を与えるか、みたいな考証を理屈で延々と説明するのが魅力の一つだと思うのだが、SF映画最大の魅力は現実に存在しない世界観を映像で表現することにある。独自のビジョンを理屈で説明することと、ビジョンをそのまま映像化すること、どちらにセンス・オブ・ワンダーを感じるか、というわけだ。「SFは絵だね」というのは、多分そういうことだ。


以下ネタバレなのだが、予告編と映画冒頭で既にネタバレしてるので、気軽に読んでも大丈夫だと思う。


『プロメテウス』は、科学考証も登場人物の行動原理も滅茶苦茶だ。
たとえば冒頭、水色のマッチョなおっさんが古代の地球に自らの遺伝子を拡散させた……みたいなデニケン説ライクな場面があるのだが、宇宙人の体にズームインすると、二重螺旋みたいなものがふわふわ浮いていたりする。おいおい、ちょっと待て。DNAはこんなゴム紐みたいなもんじゃねぇぞ! この宇宙人は染色体構造を持ってない生物なのか? そもそも電子顕微鏡じゃないとみえないからこんなテカテカした表現おかしいし……
そんな疑問を頭の片隅に留めていると、そのうちに「人間のDNAと一致した!」なんて台詞でマッチョなおっさんが地球上の生物の創始者であることを結論づけたりする。ねぇねぇ、それ何%一致したの? 人間とチンパンジーのDNAは99%の相同性があるけど、人間とバナナでも50%一致するよ! 人間とエイリアンがある程度同じでも良いじゃん! ……ていうかそもそも、配列の一致云々じゃなく、DNAを遺伝物質に使っていたことを証左とすべきなんじゃ……?
その他、C14の存在比率が違う筈の異星で炭素年代測定をやったり、「感染症に詳しい」とされた人間が気軽にヘルメットを脱いだり、あからさまに危険そうな液体に素手で触れたり、あからさまに危険そうな生物と同じ目線の高さに顔を近づけたりする。後者二つはジャンルもののお約束なのだけど、それを差し引いても、なんか調査チームが全員すごいバカにみえるんだよね。もうちょっと慎重に調査しろよ!
もしかすると、科学や福祉の発達した未来世界の住人は単純労働する必要が無くて、ロンドンの工事現場で働いてるような刺青入れたモヒカン馬鹿でも、無駄に学歴高い科学者だったりするのかもしれない。そうだ、きっとそうに違いない! だって、最後に船長がとる選択なんて、全然根拠無いのに全然迷いが無かったもの。


でも、いんだよ。SFじゃなくてSF映画だから、こまけぇこたぁいいんだよ!
だからといってつまらない映画というわけではなく、むしろ面白かった。
もう、とにかくカットが変わるたびにとんでもないものをみせてやろうというリドスコ先生の心意気が凄いんだよね。
地平線まで続く異星の風景なんて、同じことを同じくCGIでやろうとしたエメリッヒやマイケル・ベイのそれに比べるとスケール感という点で雲泥の差だし、ギーガーの世界観で埋め尽くされた遺跡内部も、リドスコ先生にとってみればやっと実現できたというところではなかろうか。既視感たっぷりだけど、そういう映画だから。むしろ、「まるでホロコーストの絵だ」なんて説明的すぎる台詞の方が気になったのだけれども、登場人物が馬鹿という設定ならしょうがないよね。
どんな映画にも隙あらば首ちょんぱを含む人体破壊や大量殺戮を仕込むリドスコ先生の悪趣味さは本作も健在で、遺跡から回収してきた頭部に電気ショックを与えるシーンは流石の一言だった。あの表情の歪みようったらないよ! しかも、よくよく考えたら首だけアンドロイドと対になるんシーンなんだよね。
更に、圧巻だったのは自動手術の場面で、あんなに手に汗握る手術シーン初めてみたよ! ホッチキス針みたいなので高速縫合するシーンなんて完全にギャグすれすれだよ! しかも、直前にきっちり主人公が妊娠できない体であることに言及させたり、帝王切開モードを選ばせたりする趣味の悪さ。そして飛び出すのはチェストバスターではなく、精子イカタコが混ざった新モンスター! いやはや、さすがリドスコ先生ですよ。
で、前述の通り、水色のマッチョなおっさんが人類の創始者――神であることが分かるのだが、起床直後になにするかといえば、素手ゴロで人間やアンドロイドを撲殺し、挙句の果てはイカタコ・モンスターとスーパー人外大戦ですよ。キリスト教圏の人間にとっては「か、神がこんなことするなんて……ぜ つ ぼ う!」みたいなシーンかもしれないが、自分としては大笑いだ。


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多分、リドスコ先生の本意としては、自分なりの『2001年宇宙の旅』をやろうとしたんだと思うんだよね、最初は。
『エイリアン』に詰まっていたのがレイプとセックスのメタファーだったのだが、『プロメテウス』に詰まっているのは親子の愛憎だ。主人公は妊娠できない体を嘆きながら、孕んだ異星生物を排除する。ヴィッカーズは父親を愛している一方で憎んでいる。人類の子供であるアンドロイドはウェイランド社長をサポートする一方で憎悪を口にする。そして人類の創始者は……といった具合だ。
しかも、アンドロイドの名前は「デビッド」だ。多分、デビッドがホロウェイに「あれ」を飲ませたり、主人公と争ったりするのは、『2001年』でボーマン船長とHAL9000が地球の知的生命体代表の座を賭けて争ったのと同じ理由だと思う。アンドロイドであるデビッドが昔の映画をみて「人間らしさ」を学んだり、冷凍睡眠から目覚めたシャーリーズ・セロン*1
が腕立て伏せしたりするのは、間違いなくSF……いやさ、映像でセンス・オブ・ワンダーを表現するSF映画だった。


でも、結果的にできたのは、こんなにも歪で悪趣味で、そこが魅力たっぷりの映画だった。倒れてくる宇宙船に潰されまいと、ノオミ・ラパスシャーリーズ・セロンが異星を全力疾走する場面なんて、バスター・キートンの映画みたいな肉体的魅力があった。「とんでもないものをみたい!」という観客の欲望が「神さまに会って、とんでもないことを知りたい!」という登場人物たちの欲望とシンクロしていた。
つっこみどころたっぷりの映画なのだけれど、『ダークナイトライジング』や『トータル・リコール』のようにキャラクターの行動原理の矛盾点が気になって映画に集中できないなんてことが無かったのは、リドスコ先生の映像センスの詰まった見所がテンポよく続くからだろう。むしろ、作劇上の矛盾が発生しても気にしないという観点で作ったのだと思う。
北野武は『アウトレイジ』にて、まるで野生動物のように殺人や抗争にあけくれるヤクザを描き、63歳にして新境地を開拓した。なんでも武は「嫌な殺し方」を思いついたらノートに書き、これにストーリーを後付けする形で脚本を作っていったのだという。
多分、リドスコ先生は「生理的に嫌な画ヅラ」をノートに書き、これにストーリーを後付けする形で本作を作ったのじゃなかろうか? ……って、『プロメテウス』の脚本はリドスコ先生じゃないけれども、74才にして一度は離れたSF映画に戻ってきたのは、新たな扉を開くために違いない。

*1:それにしても、シャーリーズ・セロンのハマりっぷりといったら無かった。とてもじゃないけど『ヤング≒アダルト』と同じ人物とは思えんかった。女優だわー