アンジャッシュ児嶋の暗黒:『恋の罪』

恋の罪』鑑賞。
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前作『冷たい熱帯魚』は徹底した男性視点の映画だった。男性から観た女性とは何か。究極的にいえば、それはトロフィーだ。だからでんでんはフーターズ・ガールみたいな店員を自分の店にはべらせていたし、吹越満演じる主人公のクライマックスは嫁や他人の嫁を自分の支配化におくシーンとなっていた。


一方、『恋の罪』は徹底した女性視点の映画だ。
まず最初に、神楽坂恵演じる主人公の、専業主婦という学問も地位も無い女性としての立ち位置が示される。学問も地位も無い女性が自立する為にはどうすれば良いか? その究極の方法を学問も地位もある富樫真が伝授する。それを、水野美紀――学問も地位もそれなりに持っており、それなりに自立しているようにみえる女性――が語り手としてみている。本作はそのような構造をとっている。


なにが凄いかって、その「女性が自立する為の究極の方法」なのだが、「セーックス!」と絶叫しながら男性にのしかかる富樫真をみるにつけ、頷かざるを得ない。
そういや、30代女性の仕事や恋、ファッション、そしてセックスを、赤裸々かつコミカルに描いたのが『セックス・アンド・ザ・シティ』だった。監督は本作を裏通り版『セックス・アンド・ザ・シティ』と言っていたが、確かにそうだ。特に金に困っているわけでも無いのに「仕事」を求めてスーパーの試食係を務める神楽坂恵。ほとんど露悪的といって良いくらい変化する神楽坂恵と富樫真のファッション。そしてセックス。徐々に大きくなる試食のソーセージはコミカルというより露悪的だし、哀しみと可笑しさ、狂気と狂喜が交じり合うクライマックスはいかにも園子温監督映画だ。そう、これは園子温版『セックス・アンド・ザ・シティ』なのだ。


ただ、本作、あくまで男性が男性の頭の中で考えた女性視点映画であって、当の女性が観たらどう思うかが気になった。『デスプルーフ』が本当は女性向けの映画なのと同じく、本作は女性が観るべき映画と思うのだけれど。
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もう一つ。本作の魅力は、俳優の熱演だ。
たとえば富樫真。スレンダーを越えて、なんというか禍々しい体つきをしていて、『冷たい熱帯魚』のでんでんみたく、この後仕事増えるのだろうなぁなんて思うのだけれど、やはり自分が注目してしまうのはアンジャッシュ児島。


愛のむきだし』の安藤サクラ、『冷たい熱帯魚』のでんでん、そして本作の富樫真。
園子温の映画には、まるでジョーカーのように演劇的に振る舞い、そのエクストリームな迫力と魅力で主人公を導き、偽悪と露悪の道に引きずりこむ(劇中の言葉を借りれば「堕とす」)キャラクターがよく出てくる。彼ら彼女らの行動原理は、判で押したように親とのトラウマであったり、愛憎であったりする。主人公とその親との関係は描かれないか、希薄だ。何故か。彼ら彼女らは本質的な敵ではなく、ある意味主人公の親であり、師であり、影法師であり、もう一人の主人公であるからだ。


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じゃ、本当の敵は誰なのか。本作におけるそれを代表しているのはアンジャッシュ児島だろう。
アンジャッシュ児島が演じるキャラクターの背景には、何も無い。親とのトラウマや愛憎も無ければ、偽悪や露悪も無い。思想や哲学も無ければ、学問も地位も無い。からっぽだ。しかし、本作の主人公たる三人の女性の本質的な敵であるということは、はっきりと分かる。ジョーカーにとっても、バットマンにとっても、こういった小男が最大の敵なのだ。
しかし、ジョーカーとバットマンが同居している女性――水野美紀演じる刑事も、彼にだけは最後まで敵わないかのようにみえる。


で、ここが重要なのだけれども、このからっぽさは、バラエティー番組でアンジャッシュ児島が演じている(ようにみえる)、学問も地位も無くて、薄っぺらくて、芸人のくせに全然面白くないキャラクターの空虚さと、ダブっているようにみえる。そしてその空虚さが、からっぽな窞の底にある暗黒に通じているように思える。


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そういやアンジャッシュ児嶋は『トウキョウソナタ』でも、人と人とのコミュニケーションに絶望しつつ、表向きは普通に生きている先生を演じていた。良い俳優だなぁ。『恋の罪』といい『トウキョウソナタ』といい、心に暗黒を抱えた小男を演じさせたら天下一品だ。「面白くない芸人」としてのブレイク前に才能を見出した黒沢清園子温も凄い。やっぱり、何も無い男が俳優として一番ということなんだろうなぁ。