「オザキ8」を達成して、おれはビジネスマンをやめるぞ! ジョジョ──ッ!!:『X-ミッション』

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数週間前に『X-ミッション』を観たのですが、今でも夢にみるくらい、本当に本当に面白かったのですよ。
先週、ニコ生にて『ジャンゴ』の話をする際にマンディンゴ』についても触れたのですが、タランティーノは『マンディンゴ』のことを「ポール・バーホーベンの『ショーガール』と並ぶ、メジャー会社が大予算で作ったゲテモノ大作」と、大いなると愛情と共に語っていました。『X-ミッション』も、ほとんど同じ要素を持っているのです。こんなに歪んだ思想を、こんな大予算をかけて撮ってしまうとは! 天晴れや!
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しかし、ネット上での評判は最悪です。なんでやねん!


……まぁ、評判が悪い理由も分かります。

  • 自然を称えるための8つの修練「オザキ8」というギミックが中二病すぎて全然リアルじゃない
  • ハイテクで作られた装備のおかげで成り立っているエクストリームスポーツ環境保護がなんで結びつくの?
  • ファイトクラブ』的なストリート・ファイトはエクストリームスポーツじゃないよね?
  • なんで自然に返礼するために銀行強盗や鉱山爆破をしなきゃならないの?
  • なんで自然に返礼するために殺人までするの?
  • 「思想は強い」「思想は捕鯨船に勝てない」……といった会話が電波すぎてわけがわからない!

……いちいちもっともです。
しかし、これらこそが本作『X-ミッション』の魅力であり、脚本を務めたカート・ウィマーのガチンコな部分が詰まっていると自分は考えているのです。


何故そう思うか、順に説明していきましょう。


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『X-ミッション』は1991年に公開された名作『ハートブルー』のリメイク作品です。謎の犯罪グループを探るべく潜入捜査をする主人公、男勝りのミステリアスなヒロインや、サーフィンやスカイダイビングの魅力、犯罪グループのリーダーであるボーディのカリスマ性などに惹かれ、任務と友情(と恋)の板ばさみになる……というプロットは『X-ミッション』もきちんと受け継いでいます。また、スーツばかり着ているFBIのコンサバティブな世界と、サーファー達の自由でリベラルなアウトローの世界の描き分け、キャスリン・ビグロー監督が以後描き続けていくことになる男同士の友情以上恋愛未満なサムシング、緊張感溢れるサスペンスとアクションの両立などなどから、90年代初頭の傑作アクションと評価される作品です。任務と友情の葛藤から、ボーディに向けて拳銃の引き金をひけず、空に向かって全弾撃ちつくすシーンは有名で、『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』でパロディとして再演されているほどです。
このプロットをそのまま利用し、サーフィンを街のゼロヨン対決――ストリートレーシングに置き変えたのが『ワイルド・スピード』です。こちらも、今でも続編が作られるほどの名作ですね。
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そんなわけで、『ワイルド・スピード』で撮影監督を務めたエリクソン・コアが、初監督作として『ハートブルー』のリメイク作を選ぶというのは自然な流れです。また、ただのサーフィンとスカイダイビングだけではなく、エクストリームバイク、フリーダイビング、ウイングスーツ、スノーボード、ロッククライミング……といった様々なエクストリームスポーツを取り入れようという足し算の発想も良く分かります。リメイクするなら原点越え! ニク・ヤサイ・アブラ・カラメ全ての要素をマシマシに! ……というプロデューサー的発想です。


ここで注意したいのが、1991年と現在のエクストリームスポーツの位置づけの違いです。1991年当時、エクストリームスポーツはまだまだ黎明期で、野球やアメフトといった大金が動くメジャーなスポーツと比べると、まだまだマイナーで貧乏なスポーツでした。『ハートブルー』の主人公であるユタが学生時代にアメフトの有名クォーターバックで、アメフトの道は挫折したけれども、サーフィンの魅力の虜になっていくという展開は、メジャースポーツからエクストリームスポーツへの傾注、世間の価値観や大金が動くことで経済的なイベントと化したスポーツ――資本主義へのカウンター的な意味合いがあったのです。
身体的に優れているにも関わらず、大金を稼げる野球やアメフトではなく、ほとんど金を稼げないどころか、別の仕事で(それこそ銀行強盗でもして)資金を捻出しなくてはならないサーフィンやスカイダイビングに全てを費やす――エクストリームスポーツのプレイヤー達は、その理由について問われると「単に荒海や荒野といったアウトドアが好きだから」「人を寄せ付けないような自然を楽しみたいから」、「身体的かつ精神的に向上することを楽しんでいるから」……等々と説明していたものでした。
ところが、この二十数年で状況は全く変わりました。エクストリームスポーツの有名プレーヤーには、レッドブルやバートンといった清涼飲料水やスポーツ用具メーカーのスポンサーがつき、別の仕事で稼ぐ必要は無くなりました。『X Games』というイベントがテレビ放映され、沢山のスターが生まれました。スノーボードとマウンテンバイクはオリンピックの正式競技種目にすらなりました。
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今や、ウェアラブルカメラで撮影し、ネットに投稿して有名になり、金を稼ぐことすら可能です。GoProは、イッテQで芸人が自分の顔を撮るためだけに使う道具ではないのです。
だから、『X-ミッション』の主人公が元アメフトのスタープレイヤーではなく、いきなりエクストリームスポーツのスターとして登場し、ネットに投稿する動画を撮ろうとする導入部は、実に時代の移り変わりを反映しています。『ハートブルー』の打ち上げが、浜辺で焚き火を囲んで貧乏くさく飲んで騒ぐだけだったのに対し、『X-ミッション』のそれは、豪華クルーザーや007に出てきそうな雪山の別荘にて、半裸の若い男女が踊りまくるDJ付きのセレブパーティ――というのは実に対照的です。この二十数年で、エクストリームスポーツの社会的地位がそれだけ向上したのです。


しかし、この資本主義社会で社会的地位が向上するということは、カネにまつわる面倒くさいことに巻き込まれるということでもあります。だから、昔からエクストリームスポーツに関わっている人達はこう考えている、筈です――バイトしなくて良くなったし、それどころか大金を稼げるようにもなったけれども、これが本当に俺たちのしたかったことだったっけ? 何か大事なことを忘れてるんじゃないかな? 有名になったり、おカネを稼ぐことよりも、精神的な成長とか、地球環境を守るとか、もっと大事なことがあるんじゃないか? と、大麻を吸いつつ、ヒップホップとスポーツ用品が融合した独特のファッションに身を包みつつ、考えてしまうわけです。
国母和宏がズボンをずり下げガムをクチャクチャさせながらオリンピックに出るのは、このような考え方に基づいて、すっかり商業化したオリンピックに対する批判精神を表しているから……というのは言いすぎですが、スノーボードがメジャーに対するカウンターカルチャーとしての文化を持ったスポーツであるから、というのは間違いないです。


先に挙げたような、『X-ミッション』において一般的な観客が理解できない点は、すべてこの価値観――物質文明よりも精神的な成長や地球環境の保護を優先する――で説明できます。というか、このような価値観を極端に追い求めた結果、一般的な観客が理解できなくなった、と表現するべきでしょう。
唐突に『ファイトクラブ』的なストリート・ファイトが始まるのは物質文明よりも精神的な成長を重視しているからです。『もののけ姫』で描かれたように、ヒューマニズムエコロジー思想は突き詰めると対立しますが、本作のボーディ一味が自然に返礼するために銀行強盗や鉱山爆破や殺人までも辞さないのは、エコロジーを突き詰めた結果です。そして、思想は強い」「思想は捕鯨船に勝てない」という会話の意味は、どんなに精神的に成長してもそれだけでは物質文明には対抗できない、だからこちらもテロを起こして空から札束バラ蒔いたり鉱山爆破したりする必要があるが、それは矛盾だし、根本的な解決にならないことも分かっている……という苦渋のニュアンスを含んでいるわけです。
この、一般的な観客にとっては狂ったようにみえるけれど、劇中の登場人物にとっては確固とした思想を描く、という方針は本作において徹底しており、せっかく年収24億円のスターDJ(にしてデヴォン青木の異母兄にしてロッキー青木の息子)スティーブ・アオキにカメオ出演してもらい、得意技の「ケーキ投げ」をしてもらったにも関わらず、直後のシーンで主人公に「こんなどんちゃん騒ぎしてなんになるのか」とまで言わせています。スティーブ・アオキに代表されるクラブ・カルチャーをディスっているわけですね。もう出てくれないんじゃなかろうか。
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そしてそして、この価値観を表す最たるものが「オザキ8」です。
エンターテイメント映画で、「精神的な成長」とか、「地球環境を守る」とかいったテーマは、描くのが難しいとされています。「主人公の目的はなにか」、「次になにをすべきなのか」、「何を達成すれば物語が終わるのか」……そういったことを明示し続けるのがエンターテイメント映画の必要条件なのですが、「精神的な成長」とか、「地球環境を守る」とかいったものは、ゴールが様々でありつつぼんやりとしすぎていているからです。


しかし、伝説的なエクストリーム・プレイヤー(日本人)オノ・オザキが考案した自然を称えるための8つの修練「オザキ8」――というギミックを導入すれば、すべて解決できます。
生涯1つでもやり遂げることが難しいエクストリームスポーツの難関を、8つも達成すれば、「悟り」に至る! それが「オザキ8」!! 「オザキ8」を達成しさえすれば、いまおれ達が抱えている経済的成功と精神的成長の矛盾は全て解決する……かもしれない。 スゲエ! 今すぐやらなきゃ!! 「オザキ8」を達成して、おれはビジネスマンをやめるぞ! ジョジョ──ッ!!
……本作における「オザキ8」は、『セブン』における七つの大罪にちなんだ犯罪や、デスゲームものにおけるヘリ続ける参加者の数や用意されたステージの数などと同じものです。観客の興味やテンションを保ったままで、「凝りに凝った殺害シーン」とか「カネと手間隙をかけたノーCGのアクションシーン」とかいった、作り手の描きたい見せ場を連続させることができるのです。さすが『リベリオン』で「ガン=カタ」というウソ武道を作り上げたカート・ウィマーです。
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しかも、これは万人が認めるところだと思いますが、本作におけるアクションは「すげえ」の一言です。人の何倍もある波でサーフィンをする、ムササビスーツことウイングスーツで岩だらけの渓谷を飛び抜ける(失敗したら即死必至!)、同じく岩だらけの雪山をスノボで滑り降りる、世界最大の滝エンジェルフォールであるギアナ高地をロッククライミングで登り、更に……金メダリストを含む世界トップアスリートがスタントマンとして行ったアクションシーンの数々は、どれもこれも手に汗握る迫真っぷりです。何故かエンジェルフォールに滝壺があるし、命綱を消したり、刺青を書き込んだりするためにCGが使われているので厳密にはノーCGじゃないと思いますが。完全にスタントマン任せではなく、役者本人も、エンジェルフォールから飛び降りるシーンは(命綱をつけているらしいのですが)本人が演じていて、頑張っています。
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本作を『ハートブルー』と比較した時、アクション面と対象的に、ドラマ面の評判は最悪なのですが、優れているところもあります。『ハートブルー』の主人公の行動原理は、ボーディへの興味とヒロインとの恋愛が半々くらいなのですが(だからああいうクライマックスになるわけですね)、本作のヒロインは存在感が薄く、しかも途中退場するのです。本作の主人公の行動原理のほとんどは、ボーディへの興味、カリスマ性への惹起ということになります。こちらの方が、「男同士の友情以上恋愛未満なサムシング」を描くのに最適なプロットであることは間違いありません。


しかし、それが成功しているかどうかは別問題です。


本作の狙いは、『シャブ極道』や『ファイト・クラブ』や『風立ちぬ』にも通じる「俺ジナルな価値観」を突っ走る狂人の魅力と、狂ったようなアクションの両立です。
しかし、肝心の「狂人」であるボーディに、カリスマ性が無いのです。ボーディを演じるエドガー・ラミレスは、いつもニヤニヤしていた『ハート・ブルー』のパトリック・スウェイジとは違い、いつもムッツリしていて、友達になりたいとか、一生ついていこうとかいった魅力を、全然感じません。『ハート・ブルー』のように、浜辺のチンピラにからまれた主人公を助け、ケンカで共闘するシーンくらいあればまた違ったのかもしれませんが。
現時点(2015年3月10日)での本作のIMDBでの評価は5.4Rotten Tomatoesのトマトメーターはなんと9%、オーディエンススコアは37%となっています。ハートブルーのそれら(それぞれ7.268%、79%)とはえらい違いです。上記したエクストリーム・スポーツ史を理解しているアメリカでも評価が低い原因の一つは、ボーディのキャラクターのせいでしょう。


『シャブ極道』も『ファイト・クラブ』も『風立ちぬ』もご都合主義的や電波会話に溢れていた映画でしたが、そんなことをものともせずに映画がドライブしていったのは、狂った天才にカリスマ性があったからです。
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もし、本作のボーディに『シャブ極道』の役所広司や『ファイト・クラブ』のブラッド・ピットのように、ハイテンションな狂ったカリスマのようなキャラクターだったら、もしくは、『風立ちぬ』で庵野秀明が声をあてたの二郎のような、可愛げのある天然天才みたいなキャラクターだったら……そして、上記した価値観をガチで信じているであろうカート・ウィマーが監督も務めていたら……万人が認める傑作が誕生したのでは? などと想像してしまいます。
『ドミノ』や『ゼロ・ダーク・サーティ』を観た限りでは、エドガー・ラミレスは下手な役者ではないので、演出と演技プランの問題でしょう。せめて、東映特撮ものの終盤に悪の幹部が着ぐるみ怪人化するように、「オザキ8」を達成したボーディが人ならざるものに変化して光と共に天にのぼっていく……みたいな描写があれば、皆の評価も違ったのかもしれません。

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少々問題はあるものの、十年後にはカルト映画としての評価が定まって、『リベリオン』と一緒に新文芸坐でオールナイト上映されることは間違いないですね! というか、してくれ!