その6 イルカと匂い


形霧:あっ!古林君こんにちは!
古林:……おぅ、形霧。こんちわ……。
形霧:なんか元気無さそうだね、どうしたんだい?若年性更年期障害かい?
古林:ちげーよっ!若年なのに更年期なんて、それ矛盾してるよ!色々と大変な事があったんだよ!
形霧:大変な事?なんだいそれ?とうとう性病になったのかい?
古林:ならねぇよっ!お前発想がおかしいぞ!
形霧:じゃあなんだい。まぁ、話してみたまえよ。
古林:……ムー。いや、実はなこの前久しぶりに合コンに参加したんだよ。
形霧:久しぶりに?てっきり君は合コンキングかと思っていたよ。
古林:数年前まではな。でも、なんか女に気を使いまくる自分が恥ずかしく思えて、ちょっと離れたんだ。でも、この前戯れに参加したんだが……。
形霧:だが?
古林:……久しぶりだと中々楽しかった。
形霧:なにそれ?なにその話し方?面白いと思ってんの?



古林:うっせーな、話聞きたがったのはお前だぜ。
形霧:あー、そうそう、ごめんごめん。それで、それで?
古林:……それで、結構かわいい女の子もいたし、飲んだ後結構楽しくカラオケもしたし、今時?とか思いつつも結構楽しく王様ゲームもしたし、電話番号も結構な数をゲットしたんだが……。
形霧:が?
古林:その後電話したら、ちょっと悪いんだよねー、雰囲気が。あーあー。
形霧:なるほど、つまり合コン自体は楽しかったけど……。
古林:……その後が続かなくなっちまったんだよな。どうしてかね?前はこんな事無かったのに……。
形霧:……うーん、もう君に男としての魅力が無くなったんじゃないの?「おやぢ」なんじゃないの?
古林:何言ってんだよ!まだまだ若いっつーの!お前の方が年上だっつーの!
形霧:でもモテない理由はそれ位しか考えつかないなぁ。ていうか、実は君も薄々気づいてるんじゃないの?
古林:ドキ!やっぱそうかな?た、確かに最近、自分自身が男としてセクシーじゃなくなったような気がするんだが、フェロモン足りないのかな?
形霧:フェロモンねー、男がフェロモンていうのもなんだかなぁ。



古林:あんだよ!どんな動物だって多かれ少なかれフェロモンを出している筈だろ!脳からドピュドピュと!
形霧:あー、君はフェロモンとホルモンを間違えているねー。フェロモンは、例えば昆虫が情報交換の為に出すアレだよ。
古林:アレって言われてもなぁ……。
形霧:「動物の体内で生産され、同じ種族の他の固体に作用して、特定の行動や生理的変化を引き起こす物質」と定義されているね例えばカイコガの雌が放出する性ホルモンの一つ、bombykolは何kmも放れた雄を呼び寄せる効果があるらしいぞ。
古林:オッ!良いね良いね!じゃあ、なんとか一杯フェロモンを出すようにすれば良いのか?
形霧:ただ……。
古林:ただ?
形霧:哺乳類の場合はそんな単純じゃないんだよね。
古林:駄目じゃん!



形霧:まあまあ、ちょっと説明させてくれよ。
古林:えー、なんかもうやる気無くしたよ。
形霧:まあまあ、なんかのヒントになるかもしれないじゃん?
古林:うぇー?そうかー?……じゃあ、そもそもまず、哺乳類に昆虫と同じ様なフェロモンはあんのか?
形霧:ある、らしいよ。アカゲザルとかハムスターとか色んな哺乳類からフェロモン作用を持つ物質が単離されていて、特に像の雌の尿中に見出された(Z)-7-dodecen-1-yl acetateと(E)-7-dodecen-1-yl acetateの混合物はウワバなどのヤガ科の性ホルモンとほぼ同じ物質だったそうだ……。
古林:オッ!じゃあ、放尿プレイをしろって事か?
形霧:いやいやいやいや、早合点しないでよ。色んな哺乳類からフェロモン作用を持つ物質が単離されているんだけど、反応が定型的でない事と、反応性に学習が関係する事などから、昆虫のフェロモンと同列に論じる事には無理があるらしいねぇ。
古林:「反応が定型的でない」ってのは、昆虫よりも哺乳類の方が複雑な動物だから、常に同じ反応じゃないっていう理由からだろ?
形霧:まぁ、そうね。
古林:「学習が関係する」ってのはどういうことよ?



形霧:そうね、じゃ「動物の体内で生産され、同じ種族の他の固体に作用して、特定の行動や生理的変化を引き起こす物質」の中でも、一番解りやすい「匂い」の話からしようか。例えば古林君は女の子って良い匂いがするって感じた事は無いかい?
古林:もちろんあるぜ!若い女は本当に良い匂いがするよな!
形霧:(オヤジくさいな)じゃあ、友達の家に遊びに行って、その家特有の匂いを感じた事は?
古林:あー、何人かには感じた事あるよ。友達の家に遊びに行って、その友達と同じ匂いが洗濯物とか、そいつの母親とからしたなぁ。別に嫌じゃなかったけど、プールの後とかにタオルを借りたら、タオルからもそいつの家の匂いがしてちょっとびっくりしたなぁ。
形霧:やっぱり君もあるんだ。実は僕が学生だった時、同じ研究室におかしな芳香を放っている女の子がいてね。
古林:どんな匂いなんだ?
形霧:なんかね、ベープマットとかの電子蚊取り線香ってあるじゃない?あれを濃くしたような匂いがしたのよ。
古林:うわー、本当かよ!
形霧:なんか、オセロの黒い方をストレートにしたような感じで、結構可愛かったんだけど、僕は勘弁って思ったな。
古林:俺も勘弁だな。つーか、オセロの中嶋似って時点でもはや可愛くないから!



ベンジャミン:ハ〜イ!皆さんこんにちは!ベンジャミンくんで〜す!
古林:うわ!いきなりなんだよ!
形霧:君は淡水魚水槽のベンジャミン君じゃないか。なんか用かい?
ベンジャミン:いや〜、頑張っていかなあかんな〜、思うてるんですけどね!
古林:なんだなんだ?何しにきたんだ?
ベンジャミン:皆さん「魚に匂いが解るんかいな〜?」思うてるでしょ?それが解るんですよ〜。例えばボクのこの触手、見はってください。僕らプロトプテルスのなかま達の触手は水中に拡散した匂いゆうか、味ゆうか、食べられるもの関係の微粒子を感知できるんですよ〜。
古林:……。
ベンジャミン:というわけで、「水中生物も匂いがワカル」ゆう、話でした〜。これで皆さんも一つ賢くなりはりましたね〜。
古林:……。
ベンジャミン:ワケ〜のわからぬ〜、こ〜と〜ば〜か〜り〜。言ってるうち〜に別れのときが来た〜。グッバイ!さよなら!再見!アディオス!ま〜た〜会う日〜まで。タラララ、ヘイ!
古林:お、おい!どこ行くんだ!?



古林:……あいつこれだけの為だけに来たのか?
形霧:……ま、まあ、ともかく話を元に戻そうよ!
古林:そ、そうだな。
形霧:ともかく中嶋似の彼女の匂いで、彼女が数分前までそこにいたのが解るほどの匂いだったんだけど……。
古林:けど?
形霧:でもねぇ、彼女は結構モテモテでねぇ。先月は早大生、今月は東大生と、男をとっかえひっかえだったものさ。そして、僕らはそれを「女の香り」って呼んでたものさ。「さ○る、今日は女の香りスゲェよ!」てな具合にね。
古林:言ってる!言ってる!名前言ってる!気をつけろよ!
形霧:「T橋さと○、また指輪かわってるよ!」
古林:話の筋に関係ねぇよ!ていうか、本名まるわかりだよ!
形霧:大丈夫、大丈夫!ロボット検索には引っかからないと思うから。「さと○、就職決まったらラボに全然来ねェよ!」、ヒャッホー!
古林:「ヒャッホー!」じゃねぇよ!つーか、それも関係ねぇって!!
形霧:ハハハハハ!まぁ、おふざけはこれ位にして、話を戻すかな。香水のせいか、それが彼女本来の体臭なのか、はたまた両者が複雑に混じりあった匂いなのかわからないけど、ともかくそんな匂いを放っていた彼女なのさ。そして、世の中にはそんな匂いに引き寄せられる男も沢山いるわけよ。
古林:お前の話を信用して、その女がそんなに男をとっかえひっかえだったんなら、そういう事になるな。
形霧:もしかして、そういう男たちは彼女が出す「女の香り」を既に良い状況で嗅いでいたんじゃないのか?つまり学習していたんじゃないか?って思うんだ。もっと言うと、もしかして既に子供の頃から、母親や姉とかから嗅いでいて、それに対して良いイメージを持っていたんじゃないのか?って思うんだ。
古林:「もしかして」が多いなぁ。
形霧:はっきりした事は誰にも解らないし、僕が言ってるのはあくまでも理論だてたっぽい戯言だからね。それに匂いとフェロモンは、果たして同一のものか?っていう問題もあるんだ。多くの脊椎動物では、フェロモン(作用がある物質)は鼻腔内にある専用の受容細胞で受け止められて、その情報が副嗅球経由で扁桃体へ送られるんだけど、これは普通に匂いを嗅いで情報が送られるのとはまったく別のルートなんだ。
古林:じゃあ、どうなんだよ!?匂いとフェロモンって違うものなのかよ?
形霧:……うーん、フェロモンの定義、「動物の体内で生産され、同じ種族の他の固体に作用して、特定の行動や生理的変化を引き起こす物質」からいうと、含まれると言えるね。でもどうやら哺乳類は、ある種の匂いについては、それに関連した事柄を学習するものらしいよ。前述の例で言うと、過去に「女の香り」を、それに良いイメージを受ける状況で、嗅いでいたかどうか?って事だね。同じ物質でも、それに反応する個体としない個体がいるのに、果たしてそれはフェロモンと言えるのか、って問題だね。
古林:匂いとフェロモンが同じものかどうかについての議論は解ったけどさ、そんなに学習が重要なものなのか?



形霧:……うーん、例えばこんな実験があるらしいよ。子供を持ってる雌ラットにシトラールを塗りつけて、レモン臭を放つようにしておくのさ。
古林:レモン臭ねぇ、ベープマット臭よりは良いと思うぜ!
形霧:いや、実験だから、とりあえずレモン臭で。……普通、仔ラットは発情期の母親の膣や乳首の匂いに触発されて乳を飲む前に鼻を押し付ける様な行動(プローピング)をとるんだけど、毎日シトラールを塗りつけていると、そのうち仔ラットは普通の発情期の雌に対してプローピングしなくなり、レモン臭のする雌を相手にプローピングするようになるんだって。
古林:へー。あー、それがパブロフの犬に代表される学習だと、「女の香り」を嗅がせながらセックスさせると「女の香り」の虜になると、そう言いたい訳か?
形霧:うーん、そういう捉え方もあるかもしれないけど、実験にはまだ続きがあるんだ。
古林:おー、どんなどんな?
形霧:えー、離乳まで、仔ラットの乳飲み行動がシトラールによって起きるようにするまで、シトラールを塗りつづけます。
古林:それで?
形霧:離乳したら成熟するまで発情期の雌やレモン臭とは無縁の生活を送らせます。
古林:授乳の時だけ特別な飼い方だけど、大人になるまでは普通に飼うっつー事だな。それで?
形霧:100日齢になったら発情期の雌とペアにしますが、ここが注目すべき点なのですが、膣にシトラールを塗った雌と普通の雌とで比較します。
古林:なんか、確信に近づいて来たような気がするぞ!レモン臭いま○こっつーのもスゴイし!それでそれで!
形霧:すると、交尾し始めてから射精までの平均時間に差が見られたそうです。普通の雌の時は1050秒だったんだけど、レモン臭がする雌の時は700秒弱だったそうです。逆に、子供の頃レモン臭を嗅がせた雄は膣がレモン臭い雌だと射精までにかかる時間が長くなったそうです。でも、どうやって計ったのかね?マウスが射精する瞬間ってどうやって判断するのかな?論文読んでみるかい?
古林:射精までにかかった時間が短くなるって事は、駄目ってことなんじゃ!
形霧:ちがうちがう!この実験における射精までの秒数ってのは興奮の度合いを代表しているから。それに、時間が短い・長いよりも、子供時代に嗅いだ匂いによって、より興奮する対象が変わったって事実の方が重要だよ。
古林:人間、いやイルカでいうと10倍位か?
形霧:だから特に具体的な秒数自体に注目しなくても良いって!



形霧:……つまり、その男の母親もベープマット臭くて、「女の香り」に反応したのではないかと。更に言うと、全ての人間、いやイルカにはそれぞれが子供の頃の学習によって得た特有の、性的興奮を引き起こされる匂いがあるんじゃないかと、みんなマザコンだと、そういう事さ。ミルキーはママのあじー。ママレモーンもママのあじー。ベープマットはさと○のあじー。
古林:俺はレモンもベープマットもお断りだぜ!!
形霧:人間、いやイルカは皆それぞれ好きな匂いがあって、たまたま家族以外でその匂いがする他人に惹かれるのかもね。で、それ以外の匂いは「臭い」と感じるのかも。運命的だなぁー。
古林:いや、そんな事全然ないぞ!
形霧:ところで、古林君が好きな女の匂いはなんだい?
古林:……うーん、そうだなぁ。やっぱり俺は女の腋の下から出た汗と、香水だかシャンプーだか服に残った洗剤だかのの残り香が混ざったような、ちょっとすえた感じにほんのり甘ったるい香りがプラスされた匂いが良いなあ。
形霧:……ソムリエ顔負けの表現力だね。
古林:ほっとけ!でもタマにその匂いがすごーく強い女がいるんだが、確かに惹かれるね。多少ぶさいくでも、そんな女と2人で密室に閉じ込められでもしたらレイプしちゃうね。
形霧:……多少ぶさいくでもか、君がそう言うんなら、やっぱり匂いやフェロモンの力は凄いんだろうね……。そうそう、人間のフェロモンかもしれないと言われている物質は腋下から分泌されてるらしいよ。アポクリン腺からの分泌液って、それとは違うかな?
古林:おっ、本当かよ!
形霧:それとは違うかもしれないけど、ワキガ臭が良いっていう女性もいるし。
古林:あー、たまにいるね。
形霧:僕はねー、ワキガ臭でご飯どんぶり一杯が食べられるねー。薬味無しの素うどんも食えるねー。
古林:それ悪意こもってるよ!悪口だよ!



古林:それで、結局フェロモンでどうしろっつーのよ?。
形霧:……古林君!。
古林:な、なんだよ。
形霧:君はあのイルカのおねえさんをどう思うね?
古林:ん?あの女か?結構かわいいと……。
形霧:よし!それならコレを体になすりつけ給え!
古林:なんだよこの布……臭ッ!汗臭ッ!あ!お前これオヤジが良く着るランニング・タイプの肌着じゃねぇか!
形霧:君はあのイルカのお姉さんがどのような経緯でこの水族館に就職したと思うね?
古林:え?そんなの知らねぇよ。
形霧:コネさっ!コネクションさっ!超具体的に言うと、彼女の父はこの水族館の副館長なのさっ!
古林:だからなんだってんだよ……。
形霧:まだ解らないのかい?本当に鈍いオスイルカだなぁ。ちんぽに血が集まりすぎなんじゃないの?
古林:失礼な事言うな!ブツブツ……。まったく、なんだってんだよこの刑事コロンボチックな臭いランニングが……。……臭いランニングが……。……臭……あ!ま、まさか!
形霧:やっと気づいたようだね!それは僕が副館長のロッカーから盗んできたランニングさ!
古林:お前狂ってるよ!狂人だよ!狂イルカだよ!



形霧:何とでも言うが良いさ。だが、前述した僕の話を信じるなら効果的な方法だと思うがね?彼女が子供の頃から嗅いできた臭いだよ?
古林:それはそうだが……、男と女は違うだろ!
形霧:いや、そうでも無いって。結婚式の時に新郎を見たら、新婦の父親にどことなく似てた、とか良く聞く話じゃん!
古林:いや、そんな事俺は全然ないぞ!
形霧:だいたい君、これまであのイルカのおねえさんにアタックして断られ続けたんだろ?
古林:ドキ!そ、そんなのどうでも良いだろ!お前に関係ないだろ!
形霧:それは君の臭いと彼女の家の匂いが合わなかったってこ・と・さ!だから匂いを変えてみれば良いじゃん!じゃ、駄目もとでやってみれば良いじゃん!。
古林:大体こんなの体になすりつけても、水に入ったら匂いが落ちちゃうだろ。だから無駄、無駄!
形霧:そんな事も無いさ。僕たちイルカは一応ほ乳類だから、体の乾燥にさえ気をつければ陸上に長時間いても大丈夫さ。そこの控え室にあらかじめランニングを置いとくから、サッと控え室に入って匂いを充分につけてからサッと出てくれば良いんだよ。
古林:そこまでする必要があるのか……?
形霧:ま、一回やってみれば良いじゃん!騙されたと思ってやってみれば良いじゃん!。
古林:……うーん。



イルカのお姉さん:はい、ワン・ツー、ワン・ツー、そこ!勝手にプールから出ない!あ!どこいくの!
形霧:(ドキドキドキドキ……。)
イルカのお姉さん:もー、まーたあの性悪イルカね。まったく何だってのよ!
形霧:(ドキドキドキドキ……。よし、こんなもんだろう)
イルカのお姉さん:控え室なんかでなにやってんの!
形霧:(ドキドキドキドキ……。ど、どうだ?)
イルカのお姉さん:あれ?何か臭うわね。クンクンクンクン、あっ!
形霧:(や、やったか?)
イルカのお姉さん:あんたオヤジ臭いから、あんま近寄んないで。いっしょのプールにも入んないで。