嫁がしんどい:『トータル・リコール』

リメイク版『トータル・リコール』観賞。自分は、世界で一番偉大で一番下衆な監督はポール・バーホーベンだと考えているのだが、なんだかレン・ワイズマンのことが他人事に思えなくなってしまう映画であった。


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1990年のバーホーベン版『トータル・リコール』は実に下衆で暴力的な映画だった。鼻の穴から小リンゴくらいの大きさの発信機を苦悶の表情で取り出すシュワルツェネッガー、銃撃戦の際に撃たれた人間を盾にするシュワルツェネッガー、裏切り者の黒人をドリルでぐちゃぐちゃにするシュワルツェネッガー、アイアンサイドの両腕をエレベーターで挟んでぶっち斬るシュワルツェネッガー、真空に放り出されて魚のように目ん玉飛び出すシュワルツェネッガー……と、バーホーベン以外の監督が同じ脚本で撮ったら絶対にこうならなかったで悪趣味描写が強烈な映画であった。
特に、「おばちゃんの顔がスライド式に割れたらシュワちゃん出てきました」や「ちょっとどうかと思うくらい安っぽい火星都市」「トリプル・オパーイのフリークス」等の描写は、原作のディックが持っていた(そして再評価では忘れ去られた)パルプSF臭がラテックス臭と共に強烈に漂ってきて、インパクト抜群だった。
暴力は好きですか? と問われて「大好きだね!(笑)」と答えるバーホーベンのインタビューがパンフレットに載っていたのを今でも覚えている。



で、リメイク版『トータル・リコール』なのだが、レン・ワイズマンは『トータル・リコール』のどこにリメイクする意義を感じたのか、疑問になる出来であった。
発信機は掌に仕込まれてるし、ドリルは出てこない。コリン・ファレルは銃撃戦で無辜の民を盾にしないし、腕をちぎられるのは人間じゃなくてロボットだ(意味ないじゃん!)。
そして、(ここが一番大事なのだが)、おばちゃんの顔は割れない。変装に用いるのはスライド分割されるマスクではなく立体映像を発生させる首輪なのだ。確かにそっちの方が「リアル」だけど、それ「面白い」のか? 普通じゃん!
謝れ! バーホーベン先生に謝れ! 3つのおっぱいを4つや5つに増やすぐらいじゃなきゃバーホーベン先生には勝てないぞ!
ここまでくるとリメイク版が舞台にしている富裕層と貧困層が分断された格差社会という一見シリアスでダークに思える世界観も、現実の反映というよりは『ブレード・ランナー』や『マイノリティ・リポート』といった映画のルックを安易に参照した考え無しの産物のように思えてくる。どんなにCGやテクノロジーが発達しても、センスやイマジネーションが借り物では本当のオリジナリティや面白さが生まれないのだな……と思い知ったよ。



じゃ、リメイク版にはオリジナリティや面白さが無いのかといえば、一つだけある。それが「鬼嫁怖い」だ
バーホーベン版『トータル・リコール』で主人公の嫁を演じたのはシャロン・ストーンで、記憶を取り戻しかけた主人公とマイホーム格闘戦をしていた。していたんだけれども、あくまでもシャロン・ストーンはチョイ役で、その後主人公を追いかけるのはマイケル・アイアンサイドであった。
キッチンでシュワちゃんに倒されたシャロン・ストーンは、その後二度と映画に登場しないが、本作で注目されたシャロン・ストーンはバーホーベンの次作『氷の微笑』でブレイクしたのはご存知の通りだ。
また、マイケル・アイアンサイドは『スキャナーズ』で披露したタフでカリスマな悪役演技を本作で完成させ、以後どんな映画にも同じような役で登場してたりする。
で、リメイク版『トータル・リコール』で嫁を演じるのはレン・ワイズマンのリアル嫁であるところのケイト・ベッキンセールなのだが、なんとベッキンセールはバーホーベン版におけるアイアンサイドの役割も負っているんだよね。つまり、シャロン・ストーン+アイアンサイド。最強の嫁だ!
だからベッキンセールは活躍しまくる。主人公がどんなに銃を打ってもベッキンセールには当たらないし、格闘戦では最後を除いて必ずベッキンセールが勝つ。「生け捕りにしろ」という上司の命令をガン無視して確実に殺そうとする。主人公は逃げるしかない。格闘戦や銃撃戦でも、見せ場を担うのはベッキンセールだ。爆炎を背に主人公を睨み付けるベッキンセールのなんと格好良いことか。ゴミのように地面に倒れるベッキンセールの死に様の、なんとみすぼらしいことか。映画を観終わって印象に残るのは、主役のコリン・ファレルよりもベッキンセールだろう。ヒロインを演じるジェシカ・ピールなんてもうチョイ役のチョイ役だ。


女優は自己顕示欲が人間の形をとったような生き物だ。多分、「もう普通に主役やってもアンジョリ姐さんやマギーQに勝てへんねん」と女性アクション・スターとして曲がり角に来ていることを自覚したベッキンセールが「主役を喰うような悪役やりたいねん! あんた、『ダイハード4』みたいな感じで一つ頼むで!! 上手くいかへんかったら承知せんで!!!」と旦那を脅したに違いない。
で、旦那は旦那で、私生活でも仕事でも感じているベッキンセールの女――というか整形を繰り返してでもトップの座ににしがみつく女優という生き物の怖ろしさを役柄に込めたに違いない。
そういうわけで、バーホーベン版のちょっとどうかと思う暴力性や小学生が喜ぶ下品さ・下衆さは皆無なものの、エロい悪役に殴られたり蹴られたりマウントとられたり、首の骨が折れるほど抱きしめられたり、地獄の果てまで追いかけられたりしたい……みたいなM夫の欲望がリメイク版には詰まっている。ことあるごとに「美人な嫁さんが……」というエクスキューズを、その嫁のリアル旦那がやっている異常さを、ちいとも変と思わないもの。少なくとも映画を観ている間は。


そうそう。リメイク版には、原作にあったちゃぶ台返しや、バーホーベン版にあった「この話全部が模造記憶なのかもしれない」といった要素が皆無なのだが、監督としては「美人な嫁に殴られたり蹴られたりする現実が夢なわけないだろ!」というつもりなのかもしれないなぁ。