秘められしラブストーリー:『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』

そろそろ公開も終わりそうなので、書いておくことにする。


ここに1枚の画像がある。約30年前に作られた『トップガン』に出演した俳優が、現在(といっても2012年だが)どんな姿になっているかを示した画像だ。

この画像だけで、トム・クルーズが俳優としてどれだけ凄いか――バケモノなのかが分かる。特に、ヴァル・キルマーと比較すると分かり易い。ヴァル・キルマーは、バットマン役まで務めた経験がある。つまり、ハリウッドの俳優ランキングにおいて、トム・クルーズと比較的近い位置にいたわけだ。
ハリウッドでは、どんなにイケメンで面白くて演技力のある男優でも、アラフォーに近づくにつれて仕事が激減する。ヴァル・キルマーも、ジュード・ロウも、ジム・キャリーも、三十代後半から出演作が激減した。どんなにイケメンで面白くて演技力があっても、それだけでは駄目なのだ。


この、ハリウッド俳優にとってのミドルエイジクライシスから抜け出すには大きく分けて二つの道がある。一つは、個性派かつ演技派俳優として開眼する道、もう一つは、製作や演出面に大きく乗り出し、自分をプロデュースし、演出していく道だ。
マシュー・マコノヒークリスチャン・ベールが演技のために激ヤセしたり、ブラッド・ピットやマーク・ウォルバーグがプロデュース業に乗り出したり、ジョセフ・ゴードン=レヴィットクリス・エヴァンスが監督業に乗り出そうとしたりしているのは、このハリウッド男優40歳限界説が理由だ。ちなみに、女優の場合はもう少し早く限界がやってくる。


トム・クルーズが選んだのは後者の道だ
彼が初めて映画プロデュース業に乗り出したのは34歳の時だ。このために自分の映画製作会社を設立し、監督も題材も自分で選び、俳優トム・クルーズが最も光輝く映画を作った。それがシリーズ第一作『ミッション・インポッシブル』だ。
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以後、トム・クルーズが製作と主演を兼ねる映画はどんどん増えていき、たとえ製作を務めていなくても、明らかに一定の傾向がみえるようになってきた。単にファン受けを狙うのなら、スターとしての自分を客観視するような『ナイト&デイ』や『ロック・オブ・エイジズ』、一般大衆が理解し難いSF要素を内包する『オブリビオン』や『オール・ユー・ニード・イズ・キル』に出演しないだろう。
つまり、トム・クルーズはその端正な顔立ちからアイドル俳優として世に出たが、53になった今、もはやイケメンだけでサバイブしているわけではないのだ。どう考えてもトム・クルーズは映画が大好きで大好きでたまらない、シネフィル俳優だ。おそらく、トムの家にはマイケル・ジャクソン顔負けの試写室があり、35 mmフィルム缶やらDVD化されてないVHSテープやらが転がっているのではないだろうか。



さて、そんなトム・クルーズ肝いりのシリーズ最新作『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』だが、シリーズ最高の出来栄だった。


『1』や『2』は、トム・クルーズが若かったこともあり、いかに主演であるヒーローを格好良くみせるかに特化した映画だった。監督も脚本もヒロインも悪役も、スーパースターであるトムを引き立たせるために選ばれていた。原作であるテレビシリーズの『スパイ大作戦』がチームものであったにも関わらず、だ。
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ところが、トム・クルーズが44歳の時に作られた『3』は違う。マギーQやサイモン・ペッグといったチームのメンバーそれぞれにそれぞれの見せ場があった。トムの立ち位置も「現場を退き教官となったスパイ」という自身のキャリアを反映したかのような役どころで、自分のサバイブではなく、教え子や妻のために行動する。敵を演じたフィリップ・シーモア・ホフマンも、監督を務めたJJエイブラムスも、本作を機に仕事の幅を広げた*1
つまり、当初は「オレ様最高映画」だったのだが、主演と製作を兼ねる中心人物の加齢と共に、それまで無名だったりくすぶっていたりした俳優やスタッフにチャンスを与え、皆が成長すると共に自分も嬉しい、という映画シリーズに、性質が変化していったのだ。



それまでアニメでしか実績の無かったブラッド・バードが監督した四作目『ゴースト・プロトコル』を経て、五作目である本作も、更にその傾向が深まっている。


本作の監督のクリストファー・マッカリーは、『ユージュアル・サスペクツ』の脚本業でブレイクしたのだが、初監督作の『誘拐犯』で大失敗した。
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『誘拐犯』はサム・ペキンパー的60、70年代アクション映画を現代の文脈でやりなおした傑作だ。
まったくBGMがつかないカーアクション、西部劇的舞台で行われる現代的コンバットシューティング、『明日に向って撃て!』のゲイバージョンのような主人公――アップデートされた70年代的要素に、更に「登場人物の秘められた過去や人間関係が明かされることでドライブしていく展開」という、脚本家としてのマッカリーが持ち味としてきた要素が加わっていた。傑作といって良いだろう。
しかし、『誘拐犯』は2100万ドルの制作費のうち、半分も回収できなかったという。評論家やシネフィルから高評価を得たにも関わらず、一般の観客には単なる「ヘンな映画」としか認識されなかっだ。


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監督第二作『アウトロー』も、『誘拐犯』とほとんど同じ要素が揃っていた映画だった。
自分は『アウトロー』でびっくりしたシーンがある。悪役とのカーチェイスに敗北した主人公が、警察の追跡を振り切るシーンだ。
主人公はそれまで乗っていた車を乗り捨て、歩道でバスを待っている行列に紛れ込みむ。しかし、周囲の人間は、カーチェイスで巻き起こった交通事故の加害者であり、犯罪者である主人公をかばい、目の前を通り過ぎるパトカーにチクろうとしないのだ。
それどころか、主人公の横に立っている黒人のおっさんは、キャップを主人公に手渡し、顔を隠す手助けさえする。
無事バスに乗り込み、警察の追跡を振り切った主人公は、黒人のおっさんにキャップを返却する。その時、黒人のおっさんは、ちょっとだけニヤリと笑みを浮かべるのだ。
当然、黒人のおっさんはこのシーンのみに登場するキャラクターであり、伏線はゼロだ。


ここには明らかに60〜70年代のアメリカン・ニューシネマ的スピリット――警察や体制や資本家や権力者は悪であり、マイノリティや労働者やアウトロー無政府主義者は味方であるという、『バニシングポイント』や『イージー・ライダー』的価値観がある。


ところが、『誘拐犯』と『アウトロー』とで大きく異なる点があった。主演と製作がトム・クルーズだったのだ。そして、『アウトロー』は『誘拐犯』のように大きな赤字になることなく――失敗作と見做されることはなかった。そして、マッカリーが『ミッション・インポッシブル』シリーズ最新作、『ローグ・ネイション』の監督を務めることが発表された。
つまり、マッカリーはシネフィルであるトム・クルーズに注目され、テストに合格したのだ。
おそらく、トム・クルーズには自信があったのだろう。「おれならマッカリーの持つ昔日のアクション映画的魅力を、一般大衆に口当たりのいい形で伝えることができる」という自信が。「最近の『007』や『ボーン』シリーズがドキュメンタリータッチでくるなら、おれのスパイ映画シリーズはアメリカ映画が一番面白かった時代のスタイルでいくぜ」という自信が。『誘拐犯』は2000年公開の映画だが、その自信から、映画監督としてのマッカリーを十数年ぶりに「再発見」し、起用したのだ。



『ローグ・ネイション』の実質的な主役は、ほぼ無名に近いレベッカ・ファーガソン演じるイルサだ。敵だか味方だか判然としないイルサの秘密が少しずつ明かされていくことで、ドラマが進みむ。この「登場人物の秘められた過去や人間関係が明かされることでドライブしていく展開」は『ユージュアル・サスペクツ』や『誘拐犯』でもお馴染みの、マッカリーが得意とする話運びだ。
イルサが何を考え、どういった心持ちで行動しているかはクライマックスまで分からない。しかし、イルサの心情を推し量れる要素は、『ユージュアル・サスペクツ』や『誘拐犯』と同じく、小出しにされていく。何故イルサはイーサン・ハントを助けるのか。何故イルサはショーン・ハリスに従っているのか。特に、カーアクションの決着のつけ方には心底びっくりさせられた。


結局、イーサン・ハントとイルサはキスの一つさえしない。人工呼吸で口をつけるシーンさえみせない。しかし、『トゥーランドット』と『カサブランカ』を引用することで、表面にはみえないドラマを観客に想像させるやり口は、さすが名脚本家マッカリーだと唸らされる。
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トゥーランドット』が上映される劇場で、謎めいた女から謎かけされる。その女性の名前はイルサで、モロッコカサブランカで再会する。そして、彼女が主人公と距離をとる理由が、彼女が家族のように属している組織にあるとわかる……その時点で観客は気づくのだ、これはもしかしてラブストーリーではないかと。そういえば『誘拐犯』の主役二人の名前は『明日に向って撃て!』のブッチ・キャシディサンダンス・キッドの本名だった。


……そして、その予感はイルサが「3つめの選択」を提示する時、映画は最高潮に達する。こんなシーンをハリウッド大作アクション映画のクライマックスに持ってくるなんて! さすがとしか言いようがない。


ただ、前作や前々作と同じくイーサンに嫁がいるのか、パラレルワールド設定でいないことになったのかで、だいぶ話が変わってくるのだが、そこはつっこまないでいてあげるのがお約束かもしれない。


その他、いかにも007だけれども007よりも大がかりな導入部、サイモン・ペッグジェレミー・レナー、そして結局全作登場することになったヴィング・レイムスによるチーム感、いかにもスパイ大作戦なラスボスの倒し方、二重のブックエンド形式と、見所の多い映画だ。このチーム感は『スパイ大作戦』というよりも、『ワイルドスピード』がチームものになったのと同じく、時代の趨勢に合わせたものなのかもしれないが。



本シリーズは、前述したようにトム・クルーズの加齢を反映した作品のせいか、どんどん製作スパンが短くなっている。6作目である次作は来年から撮影に入るそうだ。
20年、いや10数年後のトム・クルーズは、クリント・イーストウッドロバート・レッドフォードと並び評されるような、アメリカ映画の一つの時代を代表するような俳優、いや映画人として、評価されているのではないかと冗談抜きで思う。

*1:フィリップ・シーモア・ホフマンは前年の『カポーティ』が出世作だが、アカデミー賞受賞以前にオファーを出していた筈だ