移民の西部劇:『ラストスタンド』

ラストスタンド』鑑賞。あんまり期待していなかったのだが、存外に面白かったよ!


コナン・ザ・グレート』や『コマンドー』がヒットし、アクションスターとしての立ち位置を確立し始めたものの、『バトルランナー』という微妙すぎる映画に主演してしまった後、シュワルツェネッガーは「アメリカでの実績のあるなしに関わらず、とにかく有能な監督と組む」という戦略をとりはじめた。たとえばウォルター・ヒルと組んだ『レッドブル』、たとえばバーホーベンと組んだ『トータル・リコール』、などなど。
「自分を上手く演出してくれる監督と仕事をしたい」という願いは俳優に共通する想いだが、アクション俳優は歳をとるにつれ、だんだんと自分で自分を演出するようになる。たとえばクリント・イーストウッド、たとえばジャッキー・チェン、たとえばシルベスター・スタローン
政治家になんてならなかったら、演出業に踏み出し、監督として辣腕をふるっていた現在もあったかもしれない。しかし、州知事を二期務めた後、浮気と隠し子騒動で政治家生命を諦めたシュワルツェネッガーが、本格的な復帰作として選んだアクション映画の監督は、これがアメリカ進出第一作となる韓国人映画監督のキム・ジウンだった。
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ハード・ターゲット』や『ダブル・チーム』の例に漏れず、アジア出身アクション監督のアメリカ進出第一弾は、スタジオの圧力に負けて、大抵ビミョーな出来になる、おまけに主演は老いたシュワちゃん、果たしてどんなもんじゃろう……などと先入観タップリで『ラストスタンド』を鑑賞したのだが、これが面白かったんだよ! なんというか、日曜洋画劇場みたいな映画をシネコンで観れた! みたいな嬉しさがあった。


まず、シュワルツェネッガーが無敵のヒーローではなく、きちんと老いて傷つく身体の持ち主であるところが良い。二階から落ちたら頭を打って意識を失うし、「銃撃戦が怖しい」ときちんと台詞で言わせている。
や、これ、リアルタイムでシュワ主演作を観ていない人には実感できないかもしれないけど、『イレイザー』や『エンド・オブ・デイズ』の頃のシュワルツェネッガーって、一時期のブルース・ウイリスやトム・クルーズにも通じる「問答無用の無敵のヒーロー感」を前提とした役柄ばっかりだったんだよね。ブルース・ウイリスやトム・クルーズはその「無敵のヒーロー感」をセルフパロディとして利用することで役柄を広げていったけど、シュワルツェネッガーは辛そうだったんだよ。
それが、本作ではきちんと血を流し、うめき声をあげるわけだ。待ち受けるプレデターへの恐怖を月夜の雄叫びでかき消し、シベリアの雪山で裸ファイトを繰り広げる、あのシュワルツェネッガーが帰って来た!
しかも、ただ帰って来たわけではない。ちゃんと、年相応に老いて帰って来たのだ。LAに行きたいという兄ちゃんに仕事を紹介してやろうかと持ちかけるシュワのなんと優しげなことか。しかも、これは『キンダーガートン・コップ』や『ラスト・アクション・ヒーロー』で女子供に擦り寄った優しさとは別種の優しさなんだよね。


更に、主人公であるレイ保安官の役柄をシュワの経歴と意図的にかぶらせているのも良い。「昔はLA市警でブイブイ言わせていたが、嫌気がさして田舎に引っ込んだ保安官」なんて、州知事時代のキャリアを連想するなという方が無理な話だよ。きっとレイ保安官はブチャイクだけど情が厚い熟女との不倫が原因で離婚した過去があるに違いないね。


以下ネタバレ。


『悪魔を見た』に続くキム・ジウンのやりすぎ演出も良い。テンポの良い脱出劇と『バニシング・ポイント』みたいなカーチェイスの後は、後述する『リオ・ブラボー』的状況を経て、再度のカーチェイスと肉弾格闘戦という、野菜ニンニクマシマシみたいな構成だ。おかげで敵役がプロ級の運転技術を持ち関節技までキメられる麻薬王というありえない設定になってしまったが、いんだよそんなこと! おれ達は映画でカーチェイスが見たいし、最後は銃撃戦じゃなくて殴り合いがみたいんだよ!!


また、『グッド・バッド・ウィアード』ではイマイチだったキム・ジウンの西部劇への思い入れも、今回は上手く作用している。
アクション映画というジャンルには「少人数が閉鎖空間に立て篭り、装備や人数で上回る敵に知恵と勇気と奸計で立ち向かう」という定形というか勝ちパターンがあるわけなのだが、これらは全て『リオ・ブラボー』というマスターピースを原点としているんだよね。もうすぐこの田舎町は戦場になる。でも、戦えるのは老いたシュワと、メキシコ系のデブったおっさんと、この前までマイティ・ソーの脇にいた娘っ子と、クセルクセス1世と、ジャッカスのリーダーしかいない。どうする? とりあえず車でバリケードを作って……みたいな『リオ・ブラボー』的状況設定が、最高に盛り上がるわけだ。
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保安官が市民に応援を求めてしまう『真昼の決闘』へのアンチテーゼとして『リオ・ブラボー』が作られたことは有名だが、「あと○時間で町が戦場になる」とか「ここで逃げ出したら保安官のバッジを自分から捨てたも同然だ」なんて台詞や状況設定は『真昼の決闘』からの引用だろう。
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もう一つ、カーペンターが『リオ・ブラボー』の現代的翻案として『要塞警察』や『ゴースト・オブ・マーズ』を作ったことは有名だが、ロドリゴ・サントロが牢屋から解放されて仲間になるという流れ*1は、これらへの目配せなのかもしれない。
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でも、一番盛り上がるのは、本作の主要キャストが非米白人というか、第二次大戦後にアメリカに渡ってきた新しい世代の移民であり、彼らがアメリカ伝統の西部劇をやっているという構造なんだよね。
シュワルツェネッガーオーストリア出身、エドゥアルド・ノリエガはメキシコ出身……という設定でスペイン出身、そしてキム・ジウンは韓国出身なわけだ。ラスト、メキシコへ逃亡しようとするエドゥアルド・ノリエガの前に弁慶のように立ちはだかるシュワが「おれ達移民の面汚しめ」と呟く台詞には、俳優と監督の思いが完全にシンクロしている。その後、シュワルツェネッガーといえば誰もがみたい格闘戦をキム・ジウンお得意のやりすぎ演出でやりきり、まるでマカロニ・ウエスタンみたいなエンディング・ロールでシメる……。
や、本作が日曜洋画劇場で放映される日が楽しみですな。

*1:まぁ、冒頭からバレバレだけど