世界よ、これが日本の変態だ:『HK 変態仮面』

ええ年こいた大人の男であるにもかかわらず、映画も観ず、ゲームもやらず、漫画も読まない奴は信用できない――自分はわりと本気でそう考えているわけですよ。
別に観る映画や読む漫画雑誌はなんでもいい。10代なら10代、30代なら30代にとっての読むべき漫画雑誌がある筈で、それらを教養としてきっちり押さえているかどうかだと思う。
たとえば、自分が10代を過ごした80年代後半から90年代中盤にかけて、読むべき漫画雑誌といえばジャンプとマガジンだった。
特にジャンプは600万部近く売れていて、後に「黄金期」と呼ばれることになった。どんだけ黄金期だったかというと、いち早く読みたいがために二人兄弟が二冊ジャンプを買ったりしたものだ(我が家も一時期そうだった)。
そんな黄金期まっただなかのジャンプに突然変異のごとく現れ、短い期間しか連載されなかったものの、強烈な記憶を残した漫画がある。それが『恐竜大紀行』……じゃなかった、『CYBORGじいちゃんG』……でもなかった、『究極!!変態仮面』だ。
HK 変態仮面 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)
あんど慶周
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ここで重要なのは、タイトルに反して『究極!!変態仮面』はそんなに変態性の高い漫画ではなかったことにある。
変態仮面』は92年末から93年末まで連載されていたわけだが、山本直樹の『Blue』が東京都から不健全図書の指定を受けたのはその頃だった。どちらかというと『変態仮面』はうんこしっこちんこまんこで喜ぶガキ向け下ネタギャグ漫画で、早見純駕籠真太郎町野変丸のような漫画こそ「変態」だろうと、ティーンエイジャーであった当時から思っていたわけだ*1
新版・万事快調
駕籠 真太郎
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だからといって『究極!!変態仮面』がつまらない漫画だったかというと、そうではない。
『トリコ』がグルメ漫画ではないけど少年漫画として確かに面白いように、『変態仮面』も少年誌に掲載されるヒーローもののパロディギャグ漫画(まるで初期の「」キン肉マン)のような)として確かに面白かった。約1年で連載が終了したのは、不健全図書に認定されることを怖れたとか、変態性がマズかったとかいうよりも、時代の流れとして、少年誌でストーリーギャグ漫画が飽きられるようになってきた時期だったからだと思う。ちなみに、『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』が連載され、ジャンプに新たなストーリーギャグ漫画の流れが誕生することになるのはそれから3年後の95年のことだ。


で、『変態仮面』の実写映画化はどうだったのかというと、結構面白かった。ある点では、素晴らしいとも感じてしまったよ。


勿論、難点はあるよ。一番問題なのは、全てを台詞で説明してしまうテレビ的演出だろう。
「そうか、おれは変態なんだ。興奮すればするほど強くなるんだー!」みたいな、原作ではモノローグで処理されている部分を、全て役者に台詞として言わせている。心情や情動、叙事や叙情を言葉ではなく映像で説明すべき映画作品としては、下の下だ。
一方で、「言語化する必要のないものを敢えて言語化することで発生する笑い」という手法も、確かにあるんだよね。三谷幸喜の舞台*2や大学生が自主制作で作るようなコメディ映画、『逆境ナイン』の映画化なんかが成功例になるだろう……と思いきや、本作の監督である福田雄一は『逆境ナイン』の脚本も担当していたのだった。
それでも、キャラクターの内面を映像で説明するシーンの少なさは本作の欠点だ。レインボーブリッジの主塔にたたずみ、物憂げに夕陽をみつめる変態仮面――みたいな、映像的にも心情説明的にもリッチなシーンがもう少しあれば良かったのだが。
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ただ、「アメコミヒーロー映画のパロディ」と「変態仮面はあんまり変態性が高くない」という二点を大切にしていたのは評価したい。というか、評価しなくてはいけない。
本作が下敷きとしたのはサム・ライミ版の『スパイダーマン』だろう。これは実に上手い。今、『変態仮面』を実写映画化する際に、お手本、あるいはネタ元とするなら日本のヒーローじゃなくてアメコミヒーローというのは正しい選択だ。ヒーローとしての力と責任に悩むピーター・パーカーのパロディとして、ヒーローとしての力と変態としての自分に悩む色丞狂介という脚本は実に上手くできていた。
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アメコミヒーロー映画といえば、最近は自分の暗黒面やシャドウとしての悪役と戦うというのが一つのテンプレートだ。スパイダーマンにとってのグリーンゴブリンやドックオクのみならず、バットマンにとってのジョーカー、アイアンマンにとってのパワーモンガー、ハルクにとってのアボミネーション、キャプテンアメリカにとってのレッドスカル、ソーのとってのロキなど、枚挙に暇が無い。一番意識的にやっているのがピクサーで、インクレディブル一家の敵として出てくるシンドロームは元サイドキック志望の一般人という周到さだった。


以下ネタバレ。


そんなわけで、『HK 変態仮面』にも変態仮面の暗黒面やシャドウを象徴する悪役が登場する。その名も「偽変態仮面」、なんというストレートさ! 当然、映画オリジナルキャラだ。
変態仮面を演じるのは安田顕鈴木亮平がムッキムキに身体を鍛え上げ、キレのある筋肉美とマスクで変態仮面を演じているのに対し、安田顕はいかにもおっさんらしい、だらしのない身体で普通にパンティをかぶり、偽変態仮面に扮している。
面白いのは、変態仮面より偽変態仮面の方が「変態性」が高いように思えてしまうことなんだよね。
たとえば、変態仮面が普通にパンティを被っているのに対し、偽変態仮面は裏返しに被り、「パンティに拒絶」され興奮していること、偽変態仮面の方がちんちんが小さく、それを自覚し、またもや興奮していること、隙あらば乳首を自分で愛撫すること――等々、単なるギャグでしかないのだが、偽者の方が変態性で本物をことごとく上回っているんだよね。
普段、偽変態仮面は高校教師に扮しているのだが、『フォーゼ』でもヒロインを演じていた清水富美加を放課後に呼び出し、二人だけで補習授業をするなんてシーンは、真骨頂だと思った。作中では明確に描写されないものの、絶対にどエロい、いやド変態なこと、それも、法律にギリギリ触れないけど絶対に変態性の高いことを、偽変態仮面清水富美加相手にやっている筈だ!


そして、ここが重要な点なのだが、ティーンエイジャーの頃に『究極!!変態仮面』を愛読し、現在だらしのない身体のおっさんとなりはてたおれ達は、どちらかといえば変態仮面よりも偽変態仮面に近いわけなんだよね。
変態仮面より肉体的に劣るものの、女子高生、というか清水富美加に対する思い、というか妄執は、齢を重ねた分だけ確実に変態仮面を凌駕している。バットマンよりジョーカーに感情移入してしまうように、インクレディブル一家よりシンドロームの方が自分たちに近いと感じてしまうように、おれ達は変態仮面よりも偽変態仮面を応援してしまうのだ。しかも偽変態仮面の変態性は、早見純駕籠真太郎町野変丸のような「彼岸」を越えた変態性*3ではなく、おれ達がトレース可能な変態性だ。


だからこの映画は素晴らしい。

*1:その後、氏賀Y太掘骨砕三がデビューしてきて、より一層その思いを強くした

*2:だからこそ舞台と同じ手法を安易に応用してしまう三谷映画は批判されるわけだが

*3:だから彼らは偉大なのだが