あけましておめでとう

というわけで、嫁も子供もいないおかげで充実した正月ライフを愉しんでいる最中なのだが、ちょっと印象深い出来事があったので、報告したい。


昨日のことだ。
年末年始は家から一歩も出ずに引きこもるつもりだったのだが、友人から福袋を買いに行こうと誘われた。なんでも、ソフマップの福袋は例年オトクなことで有名らしく、今年の二万円福袋には新型PS3が入っているのだという。うーん、それは確かにオトクだ。FF13にもちょっと興味があるし。
その友人は結構遠いところに住んでいるので、共通の乗り換え駅で待ち合わせることにした。具体的な駅名は…書かない方が良いだろう。
ソフマップは朝10畤に開店だというので、かなり余裕を持って6畤に駅のホームの一番後ろで待ち合わせることにした。たとえその時間に待ち合わせたとしても、気合の入ってる奴が既にソフマップ店頭に何人も並んでいそうな気もしたのだが、始発の関係からその時間にしたのだ。


こういう時、普段なら遅刻しがちな私なのだが、徹夜でお笑い番組を観るというミッションをこなしていたので、6畤前に到着した。眠い。だがまぁ、正月ならこういうのもアリだろう。


ホームの端のベンチに座り、何本か電車を見送る。寒いので缶コーヒーでも買おうかと自動販売機を振り返った時、<彼女>に気付いた。
年の頃、四、五十くらいのおばさんが、ホームをうろうろしていた。あのおばさん、いつからあそこにいたのだろう?
そうだ。徹夜明けのボーッした頭なので、さっきまでその異常さに気づかなかった。私がこの駅に降り立つ前からあそこにいなかったか?
確かに覚えている。あの、黒い煤みたいな汚れが目立つ白いダウンジャケット。振り乱した長い髪。長い前髪の奥に隠れる、何かを思いつめたような目つき。そして、ホームを落ち着かなげに歩き回るあの挙動。彼女は、何をやっているのだろう?
私のように誰かと待ち合わせでもしているのだろうか?にしても、あの落ち着きの無さは異様だ。何か緊急の用事があって、それに間にあわなくてイライラしているとしても、携帯電話で連絡をとろうというそぶりさえない。


そこへ、「間もなく上り電車が参ります」というアナウンスが鳴り響いた。ホームの中央と線路側を往復するという<彼女>の独特の挙動パターンも、よりいっそう慌ただしくなる。いったい、何をやっているのだ?


ゆっくりと速度を落としながらホームに進入してくる電車。窓ガラス越しに友人の姿がみえた。
時計をみる。なんだよ、誘った本人が遅刻じゃないか、そんなニュアンスをこめて、苦笑しながら片手をあげて挨拶した。
だが、友人は私に気づかず、明後日の方角を見続けている。おいおい、何に気をとられているんだ?
友人の視線の先を追う。と、<彼女>がまさにホーム反対側の線路にジャンプして飛び込もうとする最中だった。そして、その線路には――上り電車の到着に遅れること数十秒、今まさに下り電車が滑り込もうとしている。


肉と鉄の塊がぶつかり合う鈍いが大きな音がして、空中を舞う<彼女>の体が下り電車の前方へとはじけ飛んだ。その後、<彼女>は線路に叩きつけられ、電車に轢かれた筈だが、その決定的瞬間はホームの影になってみえなかった。
代わりに、大きな金切り声のような電車のブレーキ音が周囲に鳴り響いたことを、強烈に覚えている。金属製の電車の車輪が、人間の肉と骨を切り刻む音も、ブレーキ音に紛れて聞こえなかった。
下り電車は緊急停車した。
一部始終をみていたであろう、上り電車の乗客のうち何人かが、下り電車の先頭に詰め掛ける。
下り電車の乗客も、緊急停車した理由を知ろうと、次々とホームに降り立つ。私も、何かに引かれるように下り電車の先頭に向かって歩き出した。


下り電車の先頭、左側の車輪の下に、<彼女>はいた。正確に書くのならば、<彼女>の上半身があった。
白いダウンジャケットや顔のところどころを自らの血潮で赤く染めた<彼女>は、丁度あお向けの体勢だった。思わず顔を覗き込む。
何かを思いつめたような眼は、そこになかった。いや、寧ろ、なんだか穏やかな眼つきをしていた。


後になって冷静に考えてみるとそれは、数十秒足らずの時間に過ぎなかった。だが、私にとっては永遠に続くような時間だった。
その眼を覗き込んでいると、時が止まったような気がした。何かが分かったような気がした。
「世界」が何故存在するのか?「自分」とは何なのか?人間は、人間の意識は、何処から来て何処へ行くのか?
全ての謎に答えが見い出されたような気がした。




――そんな初夢を昨日みた理由は、寝る前に『ねこぢる大全』を再読したからに違いない。


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