権力としてのノーベル賞授与

我が家は私も嫁も理系なもんで、オバマ大統領のノーベル平和賞受賞には違和感ありまくりだった。
ノーベル物理学賞も、化学賞も、生理学・医学賞も、受賞者には必ず確固とした業績がある。大体において受賞者当人よりもその業績の方が有名で、「○○の発見者(もしくは発明者)って、まだノーベル賞貰ってなかったの!」という驚きが必ずある。受賞時には高齢となっており、既にノーベル賞以外の有名賞も受賞していて、研究の一線を退いている人も多い。一昨年にノックアウトマウスで受賞したカペッキ博士なんて、第二次大戦中にイタリアでストリートチルドレンだったとか、母ちゃんがダッハウ収容所に収監されていたとか、映画みたいな人生が伝え聞かれたが、それだけ高齢だったということだ。
しかし、オバマ大統領は、大統領としてまだ何もやっていない。実績が何も無い。核廃絶宣言も、宣言のみで実行力があるのかどうか判断できない。二、三年後ならまだしも、今受賞なんて早すぎだろー!いくら政治的意味合いが強い賞とはいえ、学級委員になっただけで表彰するみたいなことするなんて、何考えてんだノーベル委員会!
……などと思っていたのだが、

意味2)オバマ氏への牽制


オバマ氏はイラクからの撤退は言明していますが、アフガニスタンに関してはまだ揺れています。パレスチナ問題も解決しているわけではないし、北朝鮮問題もある。


いずれに関してもオバマ氏は従来よりは相当穏便な路線を採用してはいますが、アメリカには「行き詰まったら、とりあえずどっかに爆弾を落とす」という悪い癖があります。オバマ氏だって中間選挙前に内政が行き詰まったりしたら何をし始めるかわからない。オバマ氏の任期はまだまだ長いですからね。


で、今の段階で彼に「ノーベル平和賞」を与えることで、オバマ氏が路線を転換し、いきなりまた「世界の平和を脅かすいつものアメリカ」にならないよう牽制するために、選考委員の協議の結果、今回彼にノーベル平和賞が与えられることになったのです。


さすがのオバマ氏だって、この賞をもらってすぐに、あちこちにまた増派したり、爆弾落としたり、強硬路線をとるのは気が引けるでしょ。そこを狙った心理作戦です。

2009-10-11


流石アルファブロガーその発想はなかったわー!!


ちきりん氏は謙虚なお人なので、「ん〜、いつもと同じ。おちゃらけブログなんで信じないように。」などと結んでいるのだが、アメリカ国内でも同様の観点を持った人もいるようだ。

ワシントン・ポスト紙(電子版)は10日までに、オバマ大統領のノーベル平和賞受賞決定について、名声を得たものの、賞に縛られ、米国の国益を守る判断を下す際に、重荷になるのではないかとの見方を伝えた。
 同紙はノーベル平和賞には二つの種類があり、一つは功績を残した者に、もう一つは平和実現の大志を抱く者に与えられると指摘。「オバマ大統領は後者だ」としている。
 その上で、「オバマ大統領は米国の国益を守らなければならないときに、受賞が重荷になっていることに気付くかもしれない」との見解を示した。一例として、イランの核問題が最終的に外交手段による解決に至らず、軍事力行使の判断が求められる事態に陥った場合、平和賞受賞者がイランへの攻撃を認めることができるだろうかと結んでいる。

http://www.jiji.com/jc/zc?k=200910/2009101000284


アルファブロガーと米国老舗有力紙が同一の見解を示しているというわけだ。いや、これは凄いことですよ。


これまで、ノーベル賞に関連するのは「権威」だと思われていた。というか、私は思っていた。受賞者には「ノーベル賞受賞」という権威が与えられ、以降、人々は受賞者をレスペクトし、様々な活動がやり易くなり、行動の自由度が上がる。
しかし今回は違う。アメリカ大統領は世界最高の権力者だ。世界最高の軍隊を動かし、世界最高額の予算を使える。そんな大統領の自由度が、受賞によって制限されてしまうのだ。アメリカ国民の総意で選ばれ、アメリカ国民の税金から給料を貰い、同じくアメリカ国民の税金からなる予算で物事を動かすにも関わらず、アメリカ一国の利益よりも、世界全体の利益を優先させることを求められるのだ、それも強制的に。


これは一つの権力なのではなかろうか。それも、従わねば殺すという「死権力」ではない。世界最高の軍隊を持ち、世界最高のSPに守られ、核戦争が起こってもシェルターに避難できるアメリカ大統領に「死権力」は通用しない。どちらかというと、権力の存在が曖昧な状態であるにも関わらず、そう振舞うことが当然であると、特定の選択を強制される「生権力」に近い。そう、現代社会において、「ノーベル賞授与」は最もポストモダンな権力なのだ。


正確にいうと、ちきりんとワシントンポストの間には一つだけ相違点がある。ノーベル平和賞を授与した方、この場合はノルウェー・ノーベル委員会だが、彼らが本当に牽制や政治的影響を期待して、オバマ大統領へ賞を与えたのか?という点だ。ちきりんは当然牽制を狙っただろうと考え、ワシントンポスト紙は狙ったかどうか分からないけれど、将来的に影響が出そうだと書いている。
だが、我々はノーベル委員会の頭の中など覗けない。不可知ということは理解不能であるということだ。結果のみ、アウトプットのみで判断するしかない。それは今後アメリカがアフガニスタンやイランや北朝鮮との外交でとる
選択で判明するだろう……なんてことを考えていたのだが、

オバマ米大統領へのノーベル平和賞授賞を決めるノルウェーノーベル賞委員会による選考過程が、異例ずくめだったことが明らかになりつつある。


決定に自身の意向を強く反映させたとされるヤーグラン委員長に対しては、辞任を求める声も上がってきた。


人権擁護・研究機関「ノルウェー人権センター」のニルス・ブテンション所長は「米国のアフガニスタン軍事作戦の帰すうも分からない中でオバマ氏への授賞は危険なゲーム。委員長自身がオバマ氏を候補に加え、授賞を主導したのではないか」と本紙に語った。


委員会は2月1日を期限に各国政府・議会、識者、歴代の平和賞受賞者らから推薦を募った。同所長は、大統領就任(1月20日)間もないオバマ氏の名はその時点で候補者名簿になく、同委が選考初会合を開く2月下旬までに委員長が追加した、と推測する。


同委はノルウェー議会任命の5人で構成され、人選は議会勢力を反映する。今年1月に任命されたヤーグラン氏は与党・労働党の元党首、かつ5人のうち唯一の首相経験者で、いきなり委員長に就いた。ノルウェー紙ベルデンスガングは15日、「(委員長と中道左派の委員を除く)3人はオバマ授賞は時期尚早として反対だった」と伝えた。


このため選考はオバマ氏による非核化包括構想発表、米露戦略兵器削減交渉などの動きを追う形で進む。「通常、授賞者決定は発表の2、3週間前」とされるが、今回は選考に時間がかかり、「1週間前の10月2日」(ノーベル賞委員会)にずれ込んだ。オバマ氏が主導した9月24日の国連安保理首脳級会合で、「核兵器なき世界」を目指す決議が採択されたことを受けて、ようやく合意ができた。


ブテンション所長は「今回の授賞は、オバマ氏支援を明確に打ち出したことで、ノーベル賞委員会自体を国際政治に巻き込んだ。委員長は辞任すべきだ」と語る。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20091016-OYT1T00135.htm


ここで注目したいのは、ヤーグラン氏が首相経験者であるという点だ。
侍は侍を知り、元首は元首を知る。シーザーを理解する為にはやはりシーザーである必要がある。燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや、されど別の鴻鵠のみぞ知る。
同じく一国の主(を経験した者)として、今というタイミングでのアメリカ大統領へのノーベル賞授与が、最も大きな政治的影響力を与えうるということをきっちり計算しての行為なんだろうな。それが世界の、ひいては自国の利益に繋がると*1。これが権力であり、外交だ。
しかも、この場合オバマガンジーやレ・ドゥク・トのように受賞を拒めない。多くの人間にとって、ガンジーやレ・ドゥク・トが受賞を固辞又は辞退するという選択は、これまで比較的独立独歩*2やってきたイデオローグがより大きな権力に取り込まれるのを避けたという意味でポジティブに捉えられるが、世界最高の権力者であるアメリカ大統領にとっての辞退はネガティブにしか映らないからだ。平和を訴えて核廃絶を宣言したクセに、平和賞辞退なんてなんじゃい!やっぱり将来は他国にミサイル打ち込む気満々なんかい!と。
日本がこのレベルの外交ができるようになるまでに、あと100年は必要とみた。

*1:同時に「おれはアメリカ大統領にも影響を与えられるんだぜ!」という顔ができるということで、ヤーグラン氏の国内での政治的影響力保持もあるだろう

*2:国レベルでの話