町山智浩『トゥルーグリット』解説in 川越スカラ座

自分はださいたまの川越市に住んでいる。池袋から東上線に乗って40分ほどの田舎くさいたまな土地だ。
中心地である川越駅から25分ほどてくてく歩いた地に、川越スカラ座という映画館がある。シネコン全盛の今となっては絶滅寸前な「まちの映画館」で、実際一回絶滅というか閉館した後にNPO運営で復活した映画館だ。家からチャリンコで行けるということもあって、結構頻繁に通っている。


このスカラ座、何が凄いかって、かかる映画のセレクションがシブい。
周囲のシネコンと差別化する為なのか、国内外の単館系映画を積極的に上映しているのだ。自分は『サイタマノラッパー』も『フローズンリバー』も此処でみた。

ここで過去の上映作品を確認できるのだが、一番びっくりしたのが『時かけ』の実写版、アニメ版、実写リメイク版の連続上映で、よっぽどのスキモノがいるのだろうと想像したよ。
ちなみに次回上映は『その街のこども』で、「大震災直後だからこそ上映します!」という大意の説明文が書かれたプリントが横に添えられていた。

走査線出まくりのDLP上映に閉口させられる時もあるのだけれど、こういう一本スジ通ってる映画館は大事にしなきゃならんよ、と思っていた矢先、なんと『リアル!未公開映画祭』の上映に合わせて町山智浩トークショーを行うという。ロフトプラスワンのチケットはすぐに買い逃してしまうのだが、川越スカラ座となれば話は別だ。地の利を活かして通勤前にチケットを無事ゲットし、行ってきた。


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まず『ジーザス・キャンプ』の上映。昼飯休憩を挟んだ後、町山智浩トークショーが行われた。ラーメン食って劇場に戻ったら、丁度NPO法人の人に連れられて劇場に入場しようとする町山智浩を目にして、驚いたりしたよ。
また、会場には漫画家の喜国雅彦も来場していて、『天国の悪戯』や『月光の囁き』の現役読者だった自分はちょっと興奮したりもした。
トークショーの流れとしては、『ジーザス・キャンプ』の質疑応答、事前に募集した町山智浩への質疑応答、『トゥルー・グリット』の解説と盛りだくさんだったのだが、特に『トゥルー・グリット』の解説が生アメリカ映画特電という感じで、非常に面白かった。


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要旨としては、以下のような感じ。

  • トゥルー・グリット』を理解するには西部劇やアメリカ西部開拓時代についての基礎知識が必要。普通の日本人にとっては解説が無いと分かりにくい。
  • 舞台設定として。『トゥルー・グリット』は1880年代の話だが、1838年アンドリュー・ジャクソン大統領がインディアン移住法に基づいてチェロキー族やチョクトー族などのインディアンを肥沃な南東部からオクラホマ以西の不毛な土地――インディアン居留地強制移住させた。
  • チェロキー族やチョクトー族などは文明化五部族といわれていて、服を着て、文明化して、キリスト教に改宗して、生き延びる為に民族の誇りを捨てて白人社会に同化しようとした。そんなインディアンを強制移住させたのは、今でいうなら民族浄化政策。
  • 舞台となるアーカンソー州のフォートスミスはオクラホマ州に隣接する。インディアン居留地を監視するために作られた。フォートスミス東側は白人の文明世界。西側は不毛の地になる。
  • 白人世界の犯罪者は追っ手をかわす為によくインディアン居留地に逃げ込んだ。連邦保安官は忙しいので、deputyと呼ばれる保安官補がこれを追いかけた。不毛な地に入り込んで、射殺したりされたりするわけで、犯罪者も追跡者もならず者。完全に異常な世界。『奴らを高く吊るせ!』のフェントン判事はフォートスミスで片っ端から死刑判決を出していたパーカー判事がモデル。
  • コクバーンが南北戦争時代に入っていたブッシュワッカーは南軍ゲリラ。北軍ゲリラ、ジェイホーカーズに対抗して組織されたが、カンザス州のローレンスで虐殺事件を起こしたりした。「若い頃、ブッシュワッカーにいたんだよ」というのは、意味合いとして「ベトナムでソンミ村に行ったんだよ」というのと同じ。コクバーンは人殺しというのが分かる。
  • マティがことあるごとに口にする「この世は何かをしたら代償を払わなきゃいけない」というのは重要なテーマの一つ。コクバーンが片目を失っているのはローレンスでの虐殺に加担した罰という意味合いがある。今は保安官補として悪人を追いかけることで贖罪してる。
  • 何故、マティは最後に腕を失うのか。旧作『勇気ある追跡』では腕を折るだけ。コクバーンも死なない。

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  • マティは聖書原理主義者。しかし、キリストは復讐を禁じている。「この世は何かをしたら代償を払わなきゃいけない」というマティの信念は聖書の教えに反している。自分で自分のやってることが分かってない。
  • マティの復讐の対象としているのは父を殺したトム・チェイニーだけ。しかし、復讐の過程で8人も死んでいる。マティが悲しみに身沈んだままでいれば、あんなに死ななくて済んだ。腕くらい失わないと計算合わない。
  • トム・チェイニーも、今回の『トゥルー・グリット』では殺人を後悔してる。『勇気ある追跡』では「お前の親父を殺したことを後悔なんてしてないぜ!」と逃げ道を作っているが、『トゥルー・グリット』のトムは、根っから悪い人間じゃない。殺す理由が無い。マティがおかしい。復習で頭がパンパンになっている。
  • マット・ディモン演じるラビーフが持っているシャープス・カービン・ライフルは52口径。デカい銃を持っているので、イキがっている。でも、最後に大活躍
  • デカい銃なので、反動も凄い。体重の軽いマティは吹っ飛ぶ、穴に落ちるのは、殺人を犯して地獄に落ちたことの暗喩。でも、地獄から助けてくれた人がいた。
  • マティが腕を失うのは、体の一部を失うという意味で、コクバーンと同じ。因果応報を受けた者同士。コクバーンも「あの娘をみていると自分を思い出すぜ」なんて言っていた。
  • 何故、マティはオールドミスなのか。何故コクバーンの死体を持ち帰るのか。コクバーンのことが忘れられなかったから。あの世で結ばれたいから。キスもセックスも無いけれど、実はラブストーリー。二人とも神の道から外れたが、同じ魂を持っていて、同じ場所に立てた。悲劇ではない。
  • 夜の砂漠を走っている時に流れる歌は「神の腕に抱かれて」という賛美歌。ここでマティはコクバーンの両腕に抱かれている。神には死ねと言われているが、二人には関係ない。悪いことをしたら地獄に落ちる、そういうのを越えた結びつき。
  • ラストに出てくるワイルド・ウエストショーの一座は西部開拓時代が終わり、ならず者の時代が終わったことの象徴。
  • ワイルド・ウエストショーの座長コール・ヤンガーとフランク・ジェイムズは伝説の無法者ヤンガー兄弟とジェイムズ兄弟の生き残り。兄弟の結成した強盗団は様々な映画の題材になっている。コール・ヤンガーは銀行強盗しようとしたノースフィールドで武装した市民に返り討ちにあって一人生き残り、刑務所に入った後、やっと出所したところ。
  • 「あの兄弟とはダチだったんだぜ」というコクバーンの話が法螺ではなく本当だった、ということが分かる。
  • アメリカ人の西部劇に対するイメージも、ワイルド・ウエストショーで形成された。
  • トゥルー・グリット』の原作者チャールズ・ポーティスとコーエン兄弟の前作『ノーカントリー』の原作者コーマック・マッカーシーは仲がいい。同じ世代の作家で、1960年代に西部劇を純文学として語りなおした作家として評価されている。

トゥルー・グリット (ハヤカワ文庫 NV ホ 16-1)
チャールズ・ポーティス 漆原 敦子
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血と暴力の国 (扶桑社ミステリー)
コーマック・マッカーシー 黒原 敏行
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ちなみに当日の模様については動画がアップされている。



1/5〜5/5まであるので注意。


そういうわけで、ロフトプラスワンでしか観覧できないようなイベントが地元川越の自転車で行ける映画館で行われたわけで、ジモティとして非常に嬉しかった。町山さん、お忙しい中、こんな辺鄙な場所に足を運んでいただいて、ありがとうございました。


そうそう。ちなみにこの川越スカラ座、隣には『仮面ライダー電王』のミルクディッパー(のロケ地となったモダン亭太陽軒)があったりする。
目と鼻の先に『W』のかもめビリヤードこと鳴滝探偵事務所もあったりする。興味を持たれた方は、川越スカラ座と合わせてどうぞ。