小泉ウルトラマンキング問題について

公開日がライダーと完全にカブっている「大怪獣バトル ウルトラ銀河伝説」であるが、ウルトラマンキングの声を小泉純一郎元首相が演じることがアナウンスされた。


http://www.asahi.com/showbiz/nikkan/NIK200910130035.html


これってウルトラ・シリーズの根幹を揺るがしかねない大問題だと思うんだよ、私はさ。でも、ググってみても特に大騒ぎしてる人は見当たらないので、私が大騒ぎするぞ。


ウルトラヒーローシリーズ11 ウルトラマンキング NEWパッケージ
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そもそも過去にウルトラマンキングの声をアテた声優は二人いた。マスオさんやジャムおじさんで御馴染み増岡弘、そしてガーゴイル冬月コウゾウ役で平野耕太から「キヨムー」と仇名をつけられた清川元夢増岡弘は73才、キヨムーは74才。二人とも大ベテランで、演技力は言わずもがなだ。
Koizumi―小泉純一郎写真集
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そんな二人を差し置いて、声優としては素人同然の小泉純一郎が起用された理由は日本国民全員が理解していることと思う。プロモーションだ。すなわち、有名人であるからだ。


だが、ここで問題にしたいのは、単に本職の声優を差し置いて有名人が起用されるという問題ではない。山寺宏一トイ・ストーリーを降板させられたり、シンプソンズのレギュラー声優が劇場版では起用されなかったことも確かに問題であるが、小泉純一郎ウルトラマンキングを演じることには、また別の問題がある。

若干複雑なので、順を追って説明したい。
小泉純一郎が起用された理由、それは彼が元首相であるという点にある。それも、ただの首相ではない。日本を様々な意味で変えた首相であり、そのイメージをウルトラ一族の長老であるウルトラマンキングに重ねあわせたいが故のキャスティングであることが誰の目から見ても明らかであるからだ。「レスラー」におけるミッキー・ロークや、「その男ヴァンダム」におけるジャン・クロード・ヴァンダムと同じだ。現実における俳優や有名人の境遇や属性を、映画の中のキャラクターに重ね合わせることで、虚実を越えた魅力をキャラクターに与えたいのだ。


さて、ここでシリーズの魅力について考えてみたい。ウルトラシリーズの魅力とは何だろうか。特撮番組としてのクオリティ。巨大ヒーローとしての完成度。時代に合わせた文芸面の充実。人によって様々な意見があるだろう。
私はね、ウルトラシリーズ最大の魅力の一つは、常に弱者やマイノリティの視点を忘れなかったことにあると思うんだよね。


大怪獣シリーズ ウルトラマン編 彗星怪獣 ジャミラ
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例えば「ウルトラマン」で登場したジャミラは単なる怪獣ではなく、宇宙開発競争の犠牲者であり、大国間の論理に巻き込まれた被害者だった。ジャミラの正体を世間に明かすことなく抹殺せよとの命令を受けた科特隊は悩みまくる。ジャミラは怪獣であると同時に人間でもあるからだ。偽りの平和の象徴として、国際平和会議会場を破壊対象とするジャミラ。それは、どう考えても弱者から強者への反抗としてのテロリズムだ。もし言葉が喋れたのならば、きっとジャミラアジテーションしただろう。ちなみに、「ジャミラ」というネーミングは、爆弾テロ未遂事件の容疑者として逮捕され、フランス政府から過酷な拷問を受けたアルジェリアの女性独立運動家、ジャミラ・ブーパシャに由来するという。
以降のシリーズでも、そのような視点は維持された。地球の先住民族とされたノンマルト。地球帝国主義の犠牲者であるギエロン星獣。差別問題に真正面から挑んだ「怪獣使いと少年」。それは平成になってからも同様で、果たして人間に怪獣を倒す権利はあるのかというシリーズの根底を揺さぶる疑問を投げかけた「ティガ」の「うたかたの…」、大人になったかつてのウルトラ少年を思わせる中年独身男子が屈折した思いでウルトラマンを脅迫する「拝啓、ウルトラマン様」は近年の名作だ。


私の考える問題とは、この視点が、元首相がウルトラマンキングを演じることで失われてしまわないかということだ。より正確に書くと、まだ映画は公開されていないので、そのような懸念だ。


5年半にわたる小泉政治。どんな政権もそうなのだが、それは決して手放しで褒められるものではなかった。道路公団や郵政の民営化、拉致問題への取り組み、数字上の景気拡大を達成した一方、自己責任論と市場原理主義の名の下に、様々な規制の撤廃や自由化を進めてきた。それが貧富の差を拡大し、新しい弱者を生んだ。
小泉純一郎新自由主義という世界的な経済の流れに乗っかっただけで、誰が首相であっても結果は変わらなかったかもしれない。だが、今日の我々が目にする新しい貧困と格差社会は、その時政権を担当していた自民党小泉内閣、ひいては小泉純一郎に責任の一端がある。


で、小泉純一郎ウルトラマンキングを演じるということは、そういった小泉政治の負の側面をウルトラマンが肯定することに繋がるんじゃないのか?というのが私の考える問題である。役になりきり、映画外でのイメージや属性を払拭できる本職の役者ならば問題ない(たとえば「アッパレ! 戦国大合戦」の宮迫博之。私は最後まで宮迫が演じていたことに気づかなかった)。しかし有名人の起用には、作り手も観客も、メタフィクショナルな視点を導入してしまう。少なくとも映画を観ている時間は、小泉純一郎ウルトラマンキングであり、ウルトラマンキング小泉純一郎だ。ウルトラ一族の長老が、現在我々が目にする貧困や格差社会の元凶ということになる。これは30年以上に渡りウルトラシリーズが持っていた弱者の視点というものを徹底的に破壊する大問題ではなかろうか。
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……いやいや。ゼロ年代にあって「ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟」という傑作をものしたスタッフのこと。一特オタが考えるメタフィクショナル的問題なぞ、既に織り込み済みのキャスティングかもしれない。


ウルトラ怪獣シリーズ2009MOVIE ウルトラマンベリアル
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ウルトラマンベリアルは光の国に反旗を翻した邪悪なウルトラ戦士だという。光の国にとってはテロリストだ。
911から8年が経ち、テロリズムを起こす側の論理を物語に組み込んだ作品が多数提出された。ここまでやられたらテロに走っても仕方が無いなと思わせる「パラダイス・ナウ」。宇宙人に対して自爆テロで対抗する人間の姿を描いた「バトルスター・ギャラクティカ」。
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もしかするとウルトラマンベリアルは光の国における被差別民で、大量破壊兵器であるギガバトルナイザーを使って、光の国に対してテロを仕掛けるそれなりの理由というものがあるのかもしれない。ウルトラマンキングは光の国の民主的圧制者かもしれない。これまでのウルトラシリーズにおいて、ウルトラマンはある種の神であった。しかし、神の国にも神の国なりの論理があり、問題があり、衝突があり、テロリズムがあるということが描かれるのではなかろうか。それこそ新世紀のウルトラマンにふさわしい、新しき第一歩だ。


うむ。12月12日は、まず一目散に「ディケイド MOVIE大戦2010」を観にいこうと考えていたのだが、こう考えると話は違ってくるな。……まぁ、全部私の妄想なのだけれど。