会社という寓話:『ある会社員』

自分は日本で公開される韓国映画に全幅の信頼を寄せていて、あらすじに「殺人」とか「残酷」とか「暴力」みたいな単語が踊る韓国映画は欠かさず観るようにしているのだが、だいたいどれも面白い。
先週観た『ある会社員』も面白かった。

商社を装った殺人請負会社で働くヒョンドは、少年時代に憧れていた女性と出逢い、これからの平凡な幸せを考え始める。しかし同僚のヒットマンたちは、そんな彼に容赦なく襲いかかる……

はっきりいって、上記のようなあらすじを読んだだけで、もうどんなお話なのか想像できてしまうわけよ。


組織的な暗殺者とか殺し屋集団の構成員を主人公とした場合、ストーリーは二種類しか考えられない。別の殺し屋集団との組織的抗争を描くお話か、自分の属する組織からの脱走や逃亡や足抜けを描く――いわゆる「抜け忍」モノだ。


「抜け忍」モノは、『カムイ伝』や『仮面ライダー』といった時代劇(とその派生作品)に原型を遡れるが、「後半敵対することになるキャラを前半で時間をかけて描けること」「個人ではなくシステムを悪役にできること」等々といったメリットから、二時間弱のアクション映画のプロットとして採用されることが多くなってきたように思う。『アンダーワールド』の一作目や『ウォンテッド』などが好例だ。『マッハ2』と『極大射程』などもこのプロットを利用していると思う。『ニンジャ・アサシン』など、ハリウッドで錬成されてきた「抜け忍」プロットをニンジャに応用した、逆輸入みたいな作品だ。
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『ある会社員』は、この「抜け忍」プロットからの予想を1ミリも裏切らずに進む。まず「仕事」の実際を紹介するつかみのアクションシーン。その後、尊敬する元上司やムカつく先輩や話の分かる社長の紹介が続き、主人公とヒロインの恋心の始まりを描いて第一幕終了。主人公の苦悩とヒロインとの交流を描き、足抜けを思い立ったところでターニングポイント。その後、主人公のあれやこれやがバレ、今まで紹介してきた組織のメンバーと対決する……「抜け忍」モノとしては実にシンプルなプロットだ。


だからといってつまらないかというと、そんなことは全然無いんだよね。


まず、暗殺を請負う会社組織という世界観の作り込みがいい。雑居ビルの1フロアにあるショムニみたいなオフィス。暗殺計画を「企画」と呼び、裏切り者の始末を「解雇」と呼ぶ。コネ入社した上司は現場(暗殺)経験が無いくせに、保身ばかりに気をつかうムカつく奴で、武器管理は会社創設時から同じ仕事を続けているようなおばちゃんだ。こういう上司やおばちゃん、どの会社にもいるよね。
途中、ちょうつまらなさそうな社員旅行に行くのも良い。それまでは全員スーツだったのだけど、ここでは全員几帳面に登山用のアウタージャケットを着ている。しかも全員色違い! きっと、事前に「社員旅行の服装について」みたいな回覧が回ったんだろうなぁ。そこで若くてやる気に溢れた姉ちゃんであるソ代理*1がナイフ捌きの練習をして注意されるのもまた良い。


主人公がひたすらに言葉少なく、ひたすらに孤独であるのも良い。無口であるということは、映像だけでキャラクターの内面を表現しなくてはいけないということなのだが、表情だけでデートの成約を分からせたりとか、空を飛ぶ鳥で心情を説明したりとか、服を着替えまくるギャグとか、初監督作であるはずなのにかなり上手い。イム・サンユンという名前は覚えておきたい。主人公が子持ちの熟女に惚れるというのも『ドライヴ』に似ているのだが、その熟女が元アイドルってのは、監督の趣味だと思うねぇ。
同じく主人公がひたすらに無口でひたすらに孤独であった『ドライヴ』も、プロットはシェーンそのまんまというシンプルさであったが、レフン監督の上手さが光る映画だった。『ウォンテッド』も『アンダーワールド』一作目も抜け忍モノとしてシンプルなプロットだった。プロットがシンプルだからこそ、それをどう料理するか――演出するかに手腕が問われ、監督の「色」が出るのだと思う。
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自分が一番気に入ったのは、「会社」というものに対する主人公のスタンスだ。
韓国は日本以上の学歴社会であり会社社会であり競争社会だ。一方で、儒教文化に基づいた長幼の序や、兵役の義務もある。そして、21世紀の韓国社会は、グローバル経済という弱肉強食の世界で闘い、サバイブしなくてはならない*2。だから韓国企業は日本以上にブラックになってしまう。
どう考えても暗殺という仕事に向いてない――実力の無い、中年太りしたメガネ上司に敬意を払わなくてはならなかったり、社長が軍隊とのコネに拘ったりするのは、そういった韓国の現実を反映しているのだと思う。非正規社員を使い捨てたり、心の病んだ社員を切り捨てたり、暗殺のできない上司がいる暗殺請負会社が、ブラック企業の隠喩でなくてなんだというのだ。
主人公は暗殺という「仕事」を遂行する上で、もの凄い才能をもっている。しかし映画の終盤、彼は、色々と気に入らないことはあるけれど、自分を殺してこのまま会社に居座り出世し続けるか、それとも会社を辞めて――脱サラして裕福ではないが心地よい人生を歩むかどうか思い悩む。
会社だけが人生ではない。経済的な成長や発展から零れ落ちてしまうものだってある。「会社のために自分を犠牲にするな」という台詞は、おそらく全ての韓国サラリーマンの胸を打つはずだ。その鬱憤や怨念がアクション映画としてのバイオレンスとして発露するのが本作の魅力だ。同じくイケメンがスーツで戦う『アジョシ』に比べたらニ、三割くらい派手さや爽快感に欠けるアクション・シーンなのだが、『アジョシ』以上に気持ちを持っていかれてしまうのは、多分、自分が日本のサラリーマンだからだろう。
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なんというか、会社勤めを全く経験していない吉田戦車が描く会社マンガには独特の面白さがあるのだけれど、構造は逆なのだが同じ種の面白さが『ある会社員』にはあると思った。すぐスピンオフのテレビドラマとかできそうだ。

*1:いったい何の代理なのか

*2:日本も同じなのだけど