童貞と悪の組織:『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』

キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』観賞。お話よし、アクションよし、現実に対する批判精神ありと、前評判通り最高に面白い映画だった。ただ、一点だけ凄く残念というか勿体ない点があったのだけれども、それでも最近のアメコミ映画ではダントツに出来の良い一作ではなかろうか。
アメリカには”The Greatest Generation”という言葉がある。大恐慌時代に生まれ育ち、第二次大戦で多大な犠牲を払い、アメリカに貢献した世代を讃える言葉だ。
彼らの多くは椅子にふんぞり返った老人であるわけだが、『キャプテン・アメリカ』の面白さは、キャップが現代に蘇った現役バリバリの”The Greatest Generation”なところにある。
いや、現役バリバリどころの話ではない。本作のキャップは童貞だ。キスのぎこちなさからから童貞を見抜いたブラック・ウィドゥがもう延々と「あの部署のあの娘なんてどう?」とおばさんみたく彼女候補を紹介するのには笑った。
本作でも、アメリカの歴史の保管場所であるところのスミソニアン博物館でこの言葉がでてくる。つまり、キャプテン・アメリカとはアメリカの理想とある種のイノセンスを体現しているヒーローなわけだ。


第二次大戦と同じく、ベトナム戦争湾岸戦争でもアメリカは大きな犠牲を払ったわけだが、それらに従軍した兵士を”The Greatest Generation”と呼ぶことはない。ベトナム戦争ウォーターゲート事件以降、アメリカ人は自国の政府を信じなくなった。アメリカのために死ぬ人間は”Greatest”だが、政府のために死ぬ人間は必ずしも”Greatest”といえないからだ。


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本家アメコミのキャプテン・アメリカは(二代目とか三代目とかいった後付設定はあるものの)リアルタイムで自国政府への不信を経験していった。しかし、つい最近蘇った『ウィンター・ソルジャー』のキャップはそうではない。だからキャップは70年代から現代までの、その時々の時代精神を映画的記憶として経験することになる。『コンドル』や『パララックス・ビュー』のような「自分以外は全員敵!」的70年代陰謀映画*1、『ダイハード』や『ヒート』といったテンションの高い市街戦をフィーチャーした80、90年代アクション映画、『ボーン』シリーズや『ザ・レイド』のような銃やナイフのある状況でのマーシャル・アーツが充実した00、10年代アクション映画、そして勿論『ダークナイト』や『アイアンマン』のような時にシリアスで時にセンス・オブ・ワンダーで時に現実を反映したCGアメコミ映画……
70年代ポリティカル・サスペンスを現代アクションでやりきる――という映画は幾つかあった。その代表例が『ボーン・スプレマシー』や『ボーン・アルティメイタム』であろうが、本作はアメコミヒーローというまた別の表現でそのコンセプトをやりきる。そりゃキャプテンやウィンター・ソルジャーが童貞くさい*2わけだし、映画館に黒Tシャツのボンクラが溢れるわけだ!


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振り返ってみれば、前作『ファースト・アベンジャー』は50、60年代の戦争映画に対するリスペクトに溢れていた作品だった。
前作で示された要素や伏線をきちんと回収した本作は、最後に現実のアメリカを反映する。
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S.H.I.E.L.D.の機密情報をネットに流すシーンには*3Wikileaksやスノーデン事件を連想させられるし、スーツ姿のおっさんばかりの議会で身元が割れた女スパイが証言するというシーンには、プレイムゲート事件を想起させられてしまう。考えてみれば、S.H.I.E.L.D.本部の円柱ビルはどことなくウォーターゲートビルに似ているではないか。



もっといえば、本作に出てくる「インサイト計画」は現実で遂行されている無人機によるテロリスト駆逐――というか暗殺の隠喩だ。無人機によって2000人のまだ犯罪を犯していないテロリスト予備軍を殺害しても、その結果として1万人の(自国)兵士や10万人の(自国)民間人の生命が救われることになるのなら構わないではないか、これは合法で倫理的な国防行為だ――というのは現実に存在する議論だ。現在、無人機による攻撃対象になっているのはタリバンアルカイダといった他国のテロリストだが、将来的には米国市民自体もその暗殺対象に含まれるかもしれないという報道すらあった。
しかし、そういった「国防行為」は”The Greatest Generation”が命をかけた理想だったのか? ――というのが本作のテーマになる。町山智浩の言うとおり、本作は上記したような現実を(ある部分では『ダークナイト』以上に踏み込んだ形で)きちんと反映しているが故に傑作なのだ。


ただ、そう考えるとやはり、「悪の組織」を出したのが残念というか勿体ないと思うのだ。



以下ネタバレ。



フューリーから託されたごついUSBメモリみたいなものを調べていくうちに、キャップは前作で敵役だった悪の組織ヒドラが生き延び、S.H.I.E.L.D.内部に入り込んでいるのを知る。冒頭で誘拐されたハゲもデブデブの政治家も、そしてフューリーより偉いS.H.I.E.L.D.の理事を演じるレッドフォードも秘密結社ヒドラのメンバーだったのだ!
レッドフォード、そうレッドフォードだ。
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キャプテン・アメリカが古き良きアメリカの象徴なら、ロバートレッド・フォードもまたアメリカの象徴だ。アメリカン・ニューシネマの代表的一作である『明日に向って撃て!』でブレイクしたレッドフォードは、CIAの裏切りに遭い、大統領の陰謀を暴き、挫折や屈折や反骨心を内に秘めたキャラクターを自覚的に演じてきた。結果、『スニーカーズ』や『スパイゲーム』あたりから、自分で監督した『大いなる陰謀』や『ランナウェイ/逃亡者』はては『オール・イズ・ロスト 〜最後の手紙〜』まで、イーストウッドと同じく*4ある種の映画史的役割を引き受けることとなった。「悩めるアメリカの良心」「挫折し屈折したアメリカに残された善心」……そういった類の役割だ。
だから、政治的にはリベラルであろうレッドフォードが、「2000人を殺して十万人を救う」云々という台詞を吐くことに、大きな意味がある。これはこれで、一つの真実であり、一つの正義なのだ。キャップが”The Greatest Generation”の理想や善意を体現しているのならば、レッドフォード演じるピアースは朝鮮戦争ベトナム戦争で払った犠牲を二度と繰り返さないという、もう一つの切実な理想や善意の表れなのだ。
そして、「地獄への道は善意で敷き詰められている」というのがこの世界に存在するすべての問題の根源にあるわけだ。地獄への道を整備しているのは、もしかしてキャップの方かもしれない……
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でもこの映画、レッドフォードも人類支配を企む悪の組織――秘密結社ヒドラのメンバーという設定のおかげで、こういった葛藤はある程度解決してしまうんだよね。
勿論、本作が目指したのは主人公が葛藤しまくる『ダークナイト』や『マン・オブ・スティール』とは真反対のものだというのは理解してるつもりだよ。また、『アベンジャーズ2』に繋ぐためにヒドラを出しておく必要性も分かっているよ。
それでもやっぱり、レッドフォードが最後の最後で「ヒドラ万歳」と呟くのにはガッカリしてしまうんだよね。いや、おまえ、レッドフォード(が演じるキャラクター)ともあろう者が、そんな薄っぺらい動機で行動してたはずないだろう、と。


分かりやすい「悪の組織」なんて本当は無いことが問題なわけで、ここは本気でアメリカのことを考えているからこそ逆にヒドラを利用している――みたいにしてくれれば完璧な映画になったのになあ。
そんな、姑の埃チェックのようなエントリでした。

*1:ゾラ博士登場シーンは『マラソンマン』っぽいのが良い

*2:アメコミの文脈だとウィンター・ソルジャーはクールな悪役になるのだろうが、日本だといかにも邪気眼中二病ヒーローっぽいルックスが最高だ

*3:「とんでもないツイートの数です!」という台詞の陳腐さに哂ってしまうものの

*4:政治的信条は正反対であるものの