ジャカルタに降る雪と火:『ザ・タイガーキッド 〜旅立ちの鉄拳〜』から『ザ・レイド GOKUDO』まで

ザ・レイド GOKUDO 北米版 / The Raid 2 [Blu-ray][Import]
B00J5LXTUI

ザ・レイド2』北米版BD観る。あまりにも面白かったので、大事な残酷シーンがカットされていると悪い意味で評判の国内版『ザ・レイド GOKUDO』も観てしまった。ドアの蝶番のどアップとか、一瞬で静かになるクラブとか、前作もそうだったのだけれど、アクションに入る前の心情説明を台詞無しでやるのがたまらん。これはたとえカットされていても確かに大スクリーンで観たくなるねえ。


ザ・タイガーキッド〜旅立ちの鉄拳〜 [DVD]
B004D29OT4

ギャレス・エヴァンス監督、イコ・ウワイス主演、そして皆大好きマッドドッグことヤヤン・ルヒアンの組み合わせによる傑作『ザ・レイド』の続編であるわけだが、今思い返せば、その前作『ザ・タイガーキッド 〜旅立ちの鉄拳〜』も凄い映画だった。
田舎から都会に出てきためっちゃ格闘技が得意で純朴な青年ユダ*1が、都会で悪事を働く犯罪者をぎったんばったんと倒す――という、明らかに『マッハ!!!!!!!!』に影響を受けたプロットで、都会での追いかけっこアクション→敵のアジトに乗り込んでクライマックスという流れも同作を彷彿とさせる。
だが、単なる『マッハ!!!!!!!!』のパクリ映画とは異なるサムシングがあった。一つは、当然ながらアクション面の充実だ。全身を動かすムエタイと異なり、手技中心のシラットの攻防は、本当に命のやりとりをしているかのようなリアル感があった。
もう一つは、やけにシリアスな物語だ。冒頭、上京じゃなかった上ジャカルタする際に同じバスに乗り合わせ「今時シラットなんかカネにならないよ」と優しいアドバイスをくれた同じシラット使いの先輩*2とは、後半で敵対し、殺してしまう。助け出すべきヒロインは、しっかりレイプされる。そして主人公は最後……さすがにここは書けないので、各自レンタルするなりAmazonでポチるなりして欲しい。


本作がAmazonレビュー等でアクション面での充実を認められつつ、低評価を下される理由として、こういった展開のシリアスさ、暗さを理由にするものが多い。だが、『ザ・レイド GOKUDO』まで観た今なら分かる。この展開のシリアスさ、暗さ――いや、真面目さや真摯さこそがこのシリーズの魅力なのだと。


『ザ・タイガーキッド』の物語が持つテーマは、劇中で説明されるMerantau*3の意味通り、一人の青年が通過儀礼を通じて大人になっていくというものだ。
不動産屋に騙され、人身売買という都会の絵の具を目にし、もう帰ろうかと実家の母に電話する主人公。だがその時、主人公は決して許せない不正を目にする。このまま電話を続けて、母の元に帰れば一生大人になれない。しかし、不正を正すには、生死のやりとりをする暴力の世界に身を曝け出さなければならない。
しばし逡巡した後、主人公は意を決し、静かに受話器を置き、電話ボックスを出て、歩き出すのだ。


そして、どちらかといえばリアルな格闘シーンを希求する本作では、多勢に無勢とばかりに主人公はボコられ、倒れる。ジャッキー・チェンプラッチャヤー・ピンゲーオの映画ではあまり観られないシーンだ。
しかし、ここからが凄い。主人公は情感たっぷりのスローモーション立ち上がり、まるで一旦死んだ主人公が蘇ったかのように描写されるのだ。

と思っていたら、ユダは立ち上がるんです!(まぁ、そうしないと話が進まないしね) あの顔、僕らがスゲー見慣れている、ブルース・リージャッキー・チェン、ジェット・リーたちが見せてきた“あの顔”で、不当な暴力に蹂躙されても心が折れなかった男たちが見せる、あの“いつもの顔”で立ち上がって、彼女がさらわれた店の扉=血で血を洗う暴力への扉を開けるという…。

ザ・タイガーキッド~旅立ちの鉄拳~(ネタバレ) | 三角絞めでつかまえて


――思わずカミヤマさんのブログを引用してしまったが、この一連のシークエンスは、まったく台詞に頼らず「青年から大人になる」さまを表している。何者でもなかった子供が、一旦死んで大人になる。しかも、おれたちの大好きなアクションをふんだんに取り入れてだ。アクション映画の魅力は、憎い悪漢をやっつける爽快感だけにあるのではない。身を切るような痛みや、たとえこの身がどうなろうとも構わないという決断や、キャラとキャラの間でのヒリヒリするようなやりとりといったものを、台詞無しで語れるところに最大の魅力がある――つまり、それが映画的魅力だ。


ザ・レイド Blu-ray
B00N9SAHIU

この「台詞ではなくアクションでドラマを語る」というポリシーは、設定は違えども続編的な『ザ・レイド』にもきちんと受継がれている。麻薬王リボルバーからトンカチに獲物を持ち替える冒頭から、こっちの道を行っても地獄、あっちの部屋に行っても地獄――と主人公が逡巡する中盤を経て、主人公と兄がアイコンタクトで語り合う終盤まで、ノンバーバルな表現に満ち溢れている。「お話はゼロ」なんて評に憤ったりしたものだ。
ちなみに、ほとんど伏線ゼロで主人公の兄が登場するシーンでは、役者が同じこともあって、『ザ・タイガーキッド』を観ているとニヤニヤしてしまう。本作は『ザ・タイガーキッド』で○○しなかった主人公のifストーリーなのではなかろうか。



で、前置きが長くなったが、『ザ・レイド GOKUDO』こと『ザ・レイド2』だ。
刑務所内で暴力沙汰が起きる「予感」をスローモーションでみせたり、いつのまにか死地にいることを誰もいなくなった店内や廃墟でみせたり、全てを悟った店員が無言で立ち去ったりと、相変わらず台詞ではなく映像で情感やドラマを説明するさまが上手い。
勿論、アクションも前作や前々作を越えている。バットとトンカチを使う兄姉*4とその師匠という個性的な敵役とのバトルが盛り上がるのは当然として、韓国映画のような通常シーンからいきなりバイオレンスに入る襲撃シーンや、予算が無いと無理なカーアクションをしっかりやっていて、世界的なアクション映画の文法をきちんと踏まえていることに唸る。ワンカットでカメラがクルマの中をすりぬけていくシーンは今後あちこちで真似されるのではないだろうか。


最も驚いたのは、ジャカルタなのに雪が降っているシーンだ。


以下ネタバレ。


ご存知の通り、赤道直下にあるインドネシアに雪が降るなんて、地球が氷河期にでもならない限りあり得ないわけだ。にも関わらず、『仁義無き戦い』の松方弘樹ばりに同シリーズで二役目*5を演じるヤヤン・ルヒアンが死ぬシーンでは、なんと雪が降っているんだよね。
これはリアリティというものを考えれば明らかにおかしい、異常なシーンだ。そもそも、同じ世界観を持つシリーズで、同じ役者に違う役を振るのが異常だ。今のインドネシアスターシステムを採っている70年代の日本では無いのだ。
わざわざ雪を降らす手間や、敢えて同じ役者を使う理由、2時間半というただでさえ長い上映時間にこのシーンを成立させるために必要なシークエンスを入れ込んだ意味……そういったことごとを考えると、監督のねらいというものが分かってくる。


この監督――いや、作り手たちには、「アクション映画は大好きなんだけどリアル暴力はマジ勘弁」という風立ちぬ的ジレンマがあるのではなかろうか。


前作でヤヤン・ルヒアンが演じていたマッド・ドッグが狂犬なら、本作で彼が演じるプラコソは拾われた野良犬だ。プラコソは子供にいえない自らの職業――殺し屋を恥じているのだが、一方でボスに拾われたことに恩義を感じてもいる。暴力を恥じつつ、暴力で飯を喰い、子供に仕送りしていわけだ。もう一人の主人公であるアリフィン・プトラ演じるウコにプラコソが投げかける「内なる火を制御しろ」という台詞は、当然「暴力を制御しろ」という意味だ。
別れた嫁さんが投げかける侮蔑の視線に目をそらすプラコソ――ヤヤン・ルヒアンの仕草に、観客は一発で感情移入する筈だ。何故なら、彼が抱えているものは、リアル暴力を避けつつ、映画の中の暴力に熱狂する観客の心のうちと同様のものであるからだ。
勿論、これはリアル暴力を憎みつつ、映画の中の暴力に打ち込み、熱狂する監督やスタッフと同じものでもある。そうでなければ、わざわざスタジオの中にセットを組み、人工の雪を降らせ、そこに飛び散る鮮血で暴力の世界の無常さを表現するはずがない。
思い返せば、『ザ・レイド』冒頭で主人公チームが行き詰るきっかけは、無垢の少年を巻き添えにしたからだった。北米版BDに特典映像して収録されていたカットシーンも、暴力の無常さを表したものだった。


もっといえば、潜入捜査とはそもそも「何かのふりをする」ということだ。悪の組織に潜入し、ボディガードだったり殺し屋だったりの「ふりをする」。それは、皆を守るヒーローやシブイ悪役や脇役の「ふりをする」演技という行為や、リーダーシップを発揮したり職人的行為に注力する監督やカメラマンの「ふりをする」行為と、容易に重なり合う。


きっと本作は、アクションが大好きだけどリアル暴力はマジ勘弁な漢たちが、リアル暴力に接近する「ふりをする」行為を希求した結果なのだ。ラストの主人公の台詞に、不正や暴力を決して見過ごすことのなかった『ザ・タイガーキッド』の主人公の姿を連想してしまう。そういえば本作で主人公が騙る潜入捜査ネームは「ユダ」――『ザ・タイガーキッド』の主人公と同じ名前だった。

*1:この名前もどうかと思うが

*2:演じるのは当然ヤヤン・ルヒアンだ

*3:本来は「出稼ぎ」のような意味らしい

*4:グラサンにちゃんと意味があるのがまた上手い

*5:『ザ・タイガーキッド』を含めれば三役目