映画とは何か:『金正日』鑑賞記その1

またもや一週間前の話題で恐縮なのだが、かねてより行きたい行きたいと思っていた渡辺文樹の映画上映会に行ってきたので、そのことについて書く。


渡辺文樹とは誰か。ある者は彼を伝説の映画監督と呼び、ある者は希代の香具師と呼ぶ。ある者は最もプリミティブな興行師と呼び、ある者は狂気のフィルム行商人と呼ぶ。
渡辺文樹の映画が上演されるのは、決まって平和な街の公民館だ。映画の主題は天皇創価学会ムラ社会の暗部といった、普通のメディアなら扱うのを躊躇うような題材で、主演は監督である文樹本人。キャストは大学やシルバー人材派遣で募集した素人。そして、カットごとに露出が違っていたり、棒読み会話シーンが延々と続いたりと、クオリティは最低。しかし、どんな映画でもDVDやらYoutubeやらデジタルアーカイブやらで観ることができるこの時代に、渡辺文樹の映画は年に数回の上映会でしか観ることができない*1。上映一週間前になると、原色を多用したポスターが街中に張られる。しかも、そのポスターには「失神者続出!」「金正日も絶賛」「ゲロ袋用意してます」等々の胡散臭いコピーが書かれた張り紙がされている。街の雰囲気が一変する。文樹の映画が上映される街は、その時映画の祝祭空間となるのだ!……とのことらしい。


様々なブログや雑誌や書籍*2渡辺文樹の存在は知っていたのだが、上映会が平日であること、年に1回ほどしか開催されないこと、上映会の告知が基本的にポスターでしかなされないこと等々を理由に、これまで文樹映画を観る機会が無かったのだ。


しかし、先月のことだ。久方ぶりに都内で文樹映画が上演されるとの情報を映画秘宝Twitterから入手した自分は、しっかりと有休を取得。10時半から上映される作品を全部観るべく、普段会社に行くよりも早い時刻に家を出て電車に乗り込み、ドキドキしながら千歳烏山の改札をくぐり、会場である烏山区民会館へと向かった。




平日の千歳烏山は平和を絵に描いたようなベッドタウンだ。しかし、区民会館には形容しがたい禍々しさが漂っていた。オウム排除の看板が、日常を一皮剥いた下にある非日常、そして緊張感を演出しているかのようだ。
時間に余裕があったので、街中に張り巡らされていると噂の文樹ポスターを探すべく、ぐるりと区民会館を廻る。残念ながらポスターは一枚も見つからなかったのだが、裏口付近の駐車場に護送車のような大型の警察車両がアイドリングしながら停まっていたのを発見した。Twitterでは「渡辺文樹の上映会に行くと公安にマークされるんだよね?www」なんて流言が踊っている。一見平和な街が、一本の映画により非日常の空間と化す。これぞ文樹映画だ。


意を決して公民館の中に入る。公民館の中には暇を持て余したじじぃやばばぁがコンビニ前の若者の如くたむろっていたのだが、自分は騙されない。同じような服装、同じような目つきで、同じようなオーラを発するお仲間がいたからだ。
だが、その中の一人が見つめていたのは衝撃の張り紙であった。



「申し訳ありませんが『三島由紀夫』と『赤報隊』は主催のミスで本日の上映はありません。『金正日』は午後三時と午後六時半予定通り上映致します」



……時間を潰した後、14時半ころ公会堂に戻る。警察車両はまだアイドリングしていた。開場していたので、受付にてチケットを買う。チケットを売っているのは多分渡辺文樹の内縁の妻、横のソファで絵本を読んでいるのは娘の筈だ。
受付周辺にどこかで見たスーツ姿の老人がいるなと思ったら、鈴木邦夫だった。一気に気分はロフトプラスワンだ。そういえば、『天皇伝説』上映中止時にロフトプラスワンで行った鈴木邦夫渡辺文樹トークイベントは右翼が押しかけて大荒れだったという。


上映ホールに入ると、客席のど真ん中に映写機が設置してある。そして、渡辺文樹監督その人が映写機の前にどっかと座り込んでいる。上映前に、監督のティーチイン……というか前説が入る。脚本・監督・主演……そして上演とナレーションまで一人の人間が担当する。噂通りだ。今回の映画は日本人を拉致する北朝鮮や、それに対して何の手も打たない日本政府に対する憤りをアイロニカルに表現したこと。あくまでエンターテイメントとして作ったこと。今回も何百枚ものポスターを貼ったが、そのほとんどが官憲の手で撤去されたとのこと。上映時間は2時間半で、1時間半で休憩時間を入れること。休憩時間が入る映画なんて、リバイバルで観た『2001年宇宙の旅』以来だ。


次回へ続く

*1:幾つかの作品は自主制作DVD-Rとして上映会のみで販売されているという

*2:主に映画秘宝とその関連書だが