王国VS王国:『エンジェル・ウォーズ』

エンジェル・ウォーズ (原題: SUCKER PUNCH) [DVD]
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またしてもガックリな邦題がついてしまった『エンジェル・ウォーズ』こと『サッカー・パンチ』を観にいったのだが、最高の映画だった。既に今年のオレ・ランキングでベスト1と断言しても構わない。
でもこの映画、自分が巡回する映画サイトやら映画ブログでは賛否両論なんだよね。何故? こんなにも素晴らしい映画なのに! ……そんなわけで、今回は『エンジェル・ウォーズ』こと『サッカー・パンチ』の素晴らしさについて延々と語りたいと思う。


非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎 デラックス版 [DVD]
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ヘンリー・ダーガー 非現実の王国で
ジョン・M. マグレガー John M. MacGregor
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ちょっと前にヘンリー・ダーガーの『非現実の王国で』というアウトサイダー・アートが話題になった。「7人のふたなり美少女戦士が悪逆非道な奴隷国家と戦う」という、ボンクラ野郎のダメダメな脳内妄想をフルパワーで爆発させて描いた絵物語なのだが、そのクオリティの高さと、なんの教育も受けていない社会の底辺に住む男が一生をかけて書いたという二点で話題になったのだ。


『サッカー・パンチ』は監督・製作・脚本を務めるザック・スナイダーにとっての『非現実の王国』といえる。勿論、ザック・スナイダーはきちんとした絵画や映画の教育を受けている。しかし、「とにかく美少女がカッチョ良く戦うシーンを観たい!」「とにかく美少女が迫害されるさまを観たい!」という、妄想のダメダメさは本物だ。映像的なクオリティの高さと、世界中のボンクラが一度は脳内で妄想したであろうビジョンをしっかり映像化したという二点において素晴らしい。主人公達がふたなりじゃないのが不思議なくらいだ。


しかもこの映画、更に素晴らしいことに、テーマはずばり「妄想」だ。精神病院に収監されロボトミー手術を待つという過酷な現実に「妄想」の力で対抗するのだ。
この映画、初見ではまるで『インセプション』のように妄想が入れ子構造になっているように思える。精神異常者として精神病院に収監される現実が第一層、ダンサー兼売春婦として娼館で奴隷のように働かされる妄想が第二層、美少女戦士として銃と日本刀で侍ロボやナチゾンビとカッチョ良く戦う妄想が題三層、といった具合にだ。
だが、本当にそうだろうか? 妄想とはそれぞれの願望や欲望の反映だ。養父の策略で精神病院に収監され、看守にレイプされる*1という過酷な現実に相対した少女が、娼館で迫害されるという更なる過酷な妄想を頭に描くだろうか?
「美少女ばっかりの娼館」というのは、寧ろ男性側の欲望だ。これは看守として働くブルー・ジョーンズの妄想、なんじゃなかろうか? ここは売春宿なんだからレイプして全然OK! オレ達は3K職場にて安い賃金でコキ使われる看守じゃなくて、売春宿の支配者! という、男にとって都合の良い「非現実な王国」だ。
過酷な現実は妄想によって容易に乗り越えられる。「非現実な王国」が救ってくれる。そう、この映画はブルーの妄想とベイビードールの妄想が侵食しあい、それぞれの「非現実の王国」が対決する、「王国」VS「王国」のガチンコ対決映画なのだ。


以下ネタバレ。


しかもしかも、主人公達はその妄想対決で負けてしまうんだよね。ベイビードールは爆弾解体に失敗し、アンバー達は娼館の妄想の中で撃ち殺される。これはブルーの妄想にベイビードールの妄想が侵食されてしまったことを意味する。
でも、最後の最後でベイビードールはその身を捨てて勝つわけだ。「非現実な王国」での勝利よりも、現実での勝利をとったわけだ。それも「他の美少女を救う」という形で。なんたる美少女愛


結局、ブルーの妄想もベイビードールの妄想も、監督ザック・スナイダーが抱いている二面性を持った妄想の反映に過ぎない。この映画がベイビードールの悲劇から始まって、ブルー・ジョーンズが踊り狂うエンディング・クレジットで終わるのは伊達ではない。現実に戻ったブルー・ジョーンズがベイビードールにキスした後ぽろぽろと涙を流すのも愛憎故だ。でも、そんな愛憎はボンクラ男なら誰もが持っているんだよね。
おれたちは、とにかくパツキンで日本刀で制服な美少女が出てきて、とにかくカッチョ良く戦って、とにかく苦痛に顔を歪める、そんなシーンが詰め込まれた映画が観たいんだ! 悪いかこの野郎!! ……という叫び声が聞こえてきそうな、素晴らしい映画だった。


たとえばタランティーノにとっての『キル・ビル』。たとえばクリストファー・ノーランにとっての『インセプション』。ちょっと世代が異なるけど、たとえばリュック・ベッソンにとっての『フィフス・エレメント』。オタク系の映画監督にはそれぞれの「非現実の王国」があって、いつかは映像化したいと願っているものと想像するのだが、それがこんなにもどうしようもなく正直で、どうしようもなく素晴らしい、「非現実な王国」を妄想する人間達の「非現実な王国」という形に結実したことを、賞賛したい。
ただ、どのシーンでも衣装と戦い方が似たような感じだったのがちと残念だったかな。やっぱり、ドラゴンと戦う時はファンタジー風な衣装で、ロボットと戦う時は近未来風な衣装でいて欲しいよね。


かつて押井守は「美味しい団子をたくさん串にさしても映画にならない」と言っていた。観たいシーンを単純に繋いだだけでは映画にならないのだ。
しかし、『サッカー・パンチ』は「美少女がカッチョ良く戦う!」「美少女が迫害される!」といったシーンの数々を「妄想」というテーマで貫いた、傑作映画なのだと考える。



そういうわけで、是非とも『デス・プルーフ』と『ビッチスラップ』をDVDで観てテンションを上げた後、劇場で本作鑑賞して欲しい……と友人にお薦めしたら、「そんなことしたら現実に戻ってこれなさそう」と言い放ったのは、ここだけの秘密にしてくれ。
デス・プルーフ [Blu-ray]
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ビッチ・スラップ [DVD]
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*1:そういうことだよね?