民主主義の限界と信頼:『鈴木先生』第9巻

鈴木先生 9 (アクションコミックス)
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私は漫画アクションを定期購読していないので、毎回新刊が出るたびに悶絶する『鈴木先生』であるが、先週発
売された9巻も面白かった。またもや悶絶したよ。
鈴木先生』はとある中学を舞台に、鈴木先生と生徒達が学校内外で巻き起こる問題に対して、議論を通して解決していくさまを描いたマンガなのだけれども、多分作者である武富健治はリアルな中学生活を描こうなんて気は更々無いと思う。武富健治が描きたいのは、多分「民主主義とは何か?」ということだ。特に生徒会選挙を描いたこの9巻に関しては。
つまりそれは、中学というフィクションを通じて現実に言及するとか、照射するとかいったことだ。


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たとえばリメイク版の『宇宙空母ギャラクティカ』ってあるじゃん。私はたまにテレビ放送されてるのを観るくらいなのであんまり偉そうなこと言えないのだけれど、異星人が攻めてきて人類皆殺し! ってな極限状況でも、大統領が公正な選挙で選ばれたかどうかに拘ったりするじゃん。戦時の戒厳令とか超法規的手段とかいった国家緊急権と、平時の民主的手続きとのぶつかりあいが描かれたりするじゃん。それは、戦争という異常状況においても、いや異常状況だからこそ、民主主義の力を信じるというメッセージを、イラクと戦争していてブッシュが大統領をやっている放送時の(つまりは現在の)アメリカにぶつけるということだと思うんだよね。


で、中学というのは民主主義が制限された環境だと思うんだ。中学生というのは大人と子供の中間的存在で、ある意味人間扱いされない。自分で環境や時間の使い方を選ぶ自由も無い。それは「大人」とされている教師も同様で、文部省とかPTAとかいった外部環境に自由を制限されてもいる。今回、後述する西くんが岡田先生との議論で国歌斉唱を持ち出すのは象徴的だった。
でも、そんなある種の極限状況だからこそ、民主主義の力を信じるべきだ! というのが『鈴木先生』のテーマなんじゃなかろうか。つまり、『鈴木先生』は中学校というSF的空間を利用して我々の現実を照射しようとしているのだ。


鈴木先生』第9巻で描かれるのは生徒会選挙だ。これまでに登場した様々なキャラクターが会長やら副会長やらといった役職に立候補する。クライマックスは全校生徒が集まった体育館での選挙立会い演説大会だ。ここでの演説とリアクションを通じて、それぞれの悩みや葛藤や成長が描かれる*1
会長に立候補し、最後の最後に演説する西くんはいう。


(今回も吹き出しに押しつぶされそうなほどの台詞量は健在)


ぼくは…
ポスターの公示があってから今日まで…
勉強や自由の時間を大幅に削って各候補者について調べ…考え──
今の演説の内容や様子もしっかり観察分析し…
誰に入れるか本当に真剣に吟味しました。


しかし…ちゃんと考えれば考えるほど…
自分の判断に疑問がわき──
誰に入れたらいいかわからなくなりました。


みんなそれぞれに期待してもよさそうな良さがあり…
また逆に信用できないといえば信用できない!
それが隠さざるぼくの実感です!


例えば…
ぼくが本当は大したヤル気もなく…
邪悪な目的でここに立ったとします…


それでもなお──訓練によって
さわやかな表情や発声を身につけ
好イメージを打ち立てることもできるし──
公約の内容にしても
ネットなんかで調べればそれらしいのをでっち上げることもたやすくできすんです


現にぼくも…もともと吃音癖があるのですが…
有料のセミナーに3ヵ月通ってこの通り…
舞台上では流暢に話すことができるようになりました…*2


実際には自分に実現能力などなくても──
自己洗脳で自分をだまして考えないようにすれば
ヤル気に満ちた頼れそうでパワフルなキャラになり切ることも容易だし…
気の利いた公約を別の誰かに考えてもらい傀儡を演じることも
決して困難な仕事ではありません…!


難しいのは──
そういった一見うさんくさい能力も
当選後実力として役に立つことも多く…
単なる上辺の飾りに過ぎないと切り捨てるわけにはいかないということです…


そんなことまで合わせて考えると
とても片手間では正しい判断にたどり着かない…
投票というのはこんなにも重く難しい仕事なのかと──
正直投げ出したくなります……


それでも…
もし他の投票者が真剣に苦悩して投票し──
投票後結果が出たあとも自分の投じた一票の正しさや重さについて後悔や反省を深く重ねているのなら
たとえどんなに苦しい作業であってもぼくはそれをやる!
全身全霊をもって投票にのぞみます!


しかし…!


正直…ぼくには多くの人がお気軽な覚悟で…
下手すれば能天気なイベント気分で
いいかげんに参加してるとしか思えない!


最悪なのは…
自分がどれだけ不真面目なのかさっぱりわかっていないで…
自分が十分に義務を果たしていると信じて疑わない阿呆だ!


本当に真剣に取り組んでいる人なら…
必ず自分の仕事に迷いや葛藤がある!
ぼくのこの言葉に怒りを感じたとしても
それをむき出しにぶつけることを自分に許すはずがない!


その単純さこそが不真面目の証拠だッ!!


もうさ、この21世紀に生きてる中学生が、こんな台詞言えるかと問われたら、言わないと思うんだよ。そのレベルでのリアリティは無いんだよ。
でも、西くんの演説の内容は、作者の武富健治が今の社会に対して真剣に感じている憤りそのもので、その意味ではもの凄いリアリティと強さがあるんだよね。
よく『鈴木先生』を評する言葉として「過剰」というのがあるのだけれども、多分作者は絶対にそう思ってない筈だ。今回の西くんとかみてると、それが良く分かった。


西くんはその後「しかし! ぼくが批判したいのは個々の不真面目な投票者ではありません…」と演説を続ける。
西くんが本当に批判したかったものとは何か? 生徒会長に選ばれたのは誰か?
気になる方は是非とも本書を一読して欲しい。あ、できれば1巻から読んで欲しいのだけれども、8巻からの続きのエピソードなので、8・9巻だけでも一応意味はとれるかな。
それにしても、1巻の「げりみそ」の時から民主主義の限界がテーマだとは感じていたが、まさかこんな高みに達するとは……。いや、作者にとっては計画通りなのだろうけれど。
鈴木先生 8 (アクションコミックス)
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鈴木先生 9 (アクションコミックス)
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また、この演説や選挙活動を通じて、生徒達がどのように感じたのかも、きちんと描かれる。マンガの手法で、「心の声」を雲みたいな吹き出しとそれに続く泡みたいな小さい吹き出し*3で表現するというのがあるじゃん。これを使って、今まで一度も描かれなかった無名の生徒までもが、心の中で何を感じながら投票するかを、描くんだよね。その過剰さ、ウザさは、テレバシー能力を持った少女が両手で耳を塞いで「うるさーい!」と叫び出す時に感じるウザさってこんな感じだろうと想像してしまうほどだ。
でもおそらく(「おそらく」というのは私はテレパシストじゃないからなんだけれど)、民主主義の実際って、こんなものなんだよ。どんなに立派な公約を立ち上げても、どんなに立派な演説をしても、大衆の心や意志はうつろい易いものだし、それぞれにはそれぞれの事情がある。自分が属する集団の意思をまとめて信じる──集合知を信じるというのが、民主主義を信じるということなのだが、そういったことをマンガでしかできない表現でやりきった『鈴木先生』を賞賛したい。



しかも、ここでいう民主主義っていうのは、単なるお題目じゃない。根回しや裏工作や政治的駆け引きや印象操作も、民主主義の実行には当然含まれる。


演説大会の後、鈴木先生は同僚の桃井先生にあることを打ち明けるのだが、こう返される。

私相手に──
本音を打ち明けるように見せかけて建前を言うのはやめてくれない?


鈴木先生、本当は後悔も反省もしてないでしょ!?


この問題…
証拠もなしに自分が教頭会議の席で主張しても
頭でっかちの妄想扱いされて
ラチが開かずにただ陰悪なムードやしこりが残るだけ…
だからあえて実際の証拠──
西君たちが自ら立ち上がるのを期待して
自分は陰でそれを助けた…
そうじゃない!?


その方が岡田先生たち…
「無効投票撲滅派」の先生方の意識を変えるのには効果的だからね…


勿論、このコマの鈴木先生の顔は汗びっしょりだ。


また、「@生徒会選挙」の後のエピソードとして、本書に収められた「@神の娘」の冒頭で、会長に選ばれた○○が「公式」と「非公式」について語る場面も腑に落ちることこの上ない。あー、そっかー、そうだよなー、○○がそう言うのなら納得だわーと、同じ台詞でもその人の立ち位置込みで説得されるのだ。これが物語の力ってやつなんだろうな。

*1:南條くんの成長とか、正直涙が出そう

*2:このシーン以外での西くんの台詞がドモり気味なことに注意

*3:いわゆる漫符