タイタニックを沈められるのは彼等だけ!:レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで

 昨年面白かった映画の一つに「イントゥ・ザ・ワイルド」があるのだが、口惜しかったのが、この映画を20代の時に観れなかったということだ。やっぱり、映画や小説にはそれを観たり読んだりするのに最適な世代や状況というものがあって、30代を越えて子供が二人もいる自分はこの映画に感心こそすれ、翌日家を飛び出して荒野を放浪するような真似は間違ってもしない。つまり、真の意味での感動は覚えない。
イントゥ・ザ・ワイルド [DVD]
エミール・ハーシュ, マーシャ・ゲイ・ハーデン, ウィリアム・ハート, ジェナ・マローン, ショーン・ペン
B001O01SGU


 それが残念な点だったのだが、30代には30代にとっての映画があるもので、「レボリューショナリー・ロード」はそのような映画だった。本作、20代の頃だったら一欠けらも理解できなかっただろうが、今の自分からみると全編が大あるある大会だ。
 「Vガンダムのどこがヴィクトリーやねん」的な、どこがレボリューショナリやねん!と思わずツッコみそうな内容で、ブロスで「タイタニックを自分達で沈めるような映画」と書かれていたのだが、我が意を得たりと思ったね。


 例えばディカプリオが「こんなゴム製品で赤ん坊を堕ろす母親が世界のどこにいるんだ!」と額に青筋たててケイト・ウィンスレットに詰め寄るシーンがあるのだが、あの状況なら絶対に心の底では「ここで子供が生まれれば世間的にも家庭の内部的にもオールオッケーだぜ!」とニンマリしている筈で、それがもう本当に良く分かるのだな。
 一方でケイトはケイトで「ここではないどこか」を求めているわけで、それもよく分かる。なんというか、例えば世間では不況!不況!っていうけれど、不況というのはチャンスがあるわけで、頑張れば私みたいなキモメンでも絶世の美女とセックスしたり愛人を囲ったりできるわけだぜ!などと心中で怪気炎を上げつつも、実際の自分は息子のおむつを替えている途中に指先にウンコをつけていたりするわけで、これが現実なんだなーなんて感じたりする時もあるもの。


 ただ本作のケイトにように冒険心を抱いて別の世界に行こうとするのは、普通は男の方だと思うんだよね。若かりし頃の夢を追って公務員を辞めて役者になるとか、脱サラしてラーメン屋開業するなんていうのは、本作でのパリ移住を計画するケイトに近いのではないかと思う。
 でもさ、社長に誘われてパリ移住に疑問を持つディカプリオの気持も良く分かるんだよね。パリ移住ってのは「ここではないどこか」への冒険なわけだけれども、社長選抜チームで働くってのも、これはこれで冒険じゃないかとも思う。妻も子供も関係ないけど、自分にとっては冒険だ。だから、最後はああいう展開になるわけだけれども。


 私はオタクなもので、ここで思い出したのが「妖奇士」だ。あれはさ、スゲー格差社会だった天保年間の江戸時代を舞台に、「ここではないどこか」を求める人達の話だったわけなのだが、主人公は最後「ここで生きていくしかないんだ」と踏み留まる。
天保異聞 妖奇士 一 (通常版) [DVD]
川元利浩 會川昇BONES
B000LP5GXA


 一方で本作は現実に留まるのが逃避で、「ここではないどこか」を目指すのが正しい人生のあり方だと訴えているわけだよね。少なくともケイトや物語の神の代理人みたいな役柄で登場するマイケル・シャノンはそう考えている。


 これはさ、天保年間の江戸時代が地獄みたいに生き難いところで、1950年代のアメリカが天国みたいにダラダラ生きていける場所であるってことが重要なのだろうな。つまり、敢えて困難な道に踏み出すことがドラマとしての盛り上がりを作るってことなのだろう。


 「ジャーヘッド」や「ロード・トゥ・パーディション」という映画を観て、サム・メンデスという監督はリドリー・スコットデヴィッド・フィンチャーみたいな映像センスで語る作家だと勝手に思っていたのだが、違った。寧ろ、演劇の舞台監督としての部分が大きいのだな。本作でも、「そんな早漏いるのかよ!」という具合にすぐさま終わってしまうセックスシーンとか、妊娠中なのに「スカイ・クロラ」と同じ演出的理由でタバコをガンガン吸うケイトや、作品のテーマをスラスラ言うマイケルシャノンの存在なんかは、実に演劇的だ。
ジャーヘッド [DVD]
ウォルター・マーチ ウィリアムス・ブロイルズ・Jr
B000M7XQ2U

ロード・トゥ・パーディション 特別編 [DVD]
マックス・アラン・コリンズ リチャード・ピアース・レイナー デイヴィッド・セルフ
B00006K0HI


 あともう一つ。
 終盤の、一夜明けたら笑顔で料理を作り、笑顔で夫を送り出すシーンはほとんどホラー映画かと思うような恐怖を感じたのだけれど、この時ケイトは自分の中に目覚めた「何か」を必死に押し殺そうとしていたわけだよね。
 で、その隣人夫婦の夫は「あの夫婦のことは忘れよう」とそっと心の中の「何か」に蓋をするわけだけれど、これがもしむくむくと増殖してきて、更に他の誰かに「感染」していったら、黒沢清の「CURE」みたいな映画になるんだろうなーと思った。
CURE キュア [DVD]
黒沢清
B000PMGUBQ

 世の中は、男も女も補聴器を外せるような賢人ばかりでなく、だから私も、そう遠くない未来に嫁と離婚しようと思う。