現代日本人がイヤな気分になる映画:『クソすばらしいこの世界』

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『クソすばらしいこの世界』鑑賞。6月にポレポレ東中野で上映していた時はタイミングが合わずに見逃したので、ツタヤですんなりレンタルして鑑賞できるようになったのは嬉しい。挑発的というか批評的なところが実に面白いホラー映画だった。


勇気を持って告白すると、自分はあんまりホラー映画が好きじゃなかったわけですよ。いや、「好きじゃなかった」は正確じゃないな。「馬鹿にしていた」と表現した方が適切かもしれない。
自分が一番ホラー映画を観ていた頃――80年代後半から90年代までのVHS全盛時代は、とにかく駄目なホラー映画が多かった。さっきまで普通に動いていた車(だいたいピックアップトラック)のエンジンが、いきなりかからなくなる。普通に開いていた門やドアが「不思議な力」で開かなくなる。いかにも馬鹿そうな登場人物は「絶対に行くな」と警告された危険な場所に絶対に行くし、これまでに何件も不用意な殺人を犯してきたであろう犯罪者や変態男や猟奇殺人一家は何故か警察機関に身柄を拘束されていないし、「証拠を残していない」とか「地域に密着している」とか「警官も仲間だった!」とかいった適当な理由で、今後も拘束されることは無いだろう。あまりにも都合良すぎる!
犯罪者や変態男や猟奇殺人一家にとって都合良すぎる! ……という意味ではなく、作り手にとって都合良すぎると感じたのだ。どばどば血糊を出しながらの殺人や人体破壊やバカで生意気な若者の惨殺シーンは確かに観ていて楽しいし娯楽なのだけれど、こんなにもロジックが無くて都合の良いストーリー展開じゃ観る気しないわーー、夢の中の殺人鬼とか不死の怪物とかだったらなんでもアリだわーー、そりゃ静かなシーンがしばらく続いた後にいきなり大きな音鳴らされたり死体とかみせられたりしたら驚くけど、それをもって「目を覚ませ! 眠ると奴がやってくる!」とか「決して一人ではみないで下さい」とか大袈裟なこといわれても困るわーーなどと、若かりし頃の自分は感じたのだ。
ちょうど、一時期の邦画が、登場人物が都合よく難病を患ったり交通事故に遭ったりして、娯楽としての感動を全面に押し出した「難病エクスプロイテーション映画」と呼ばれていたのと一緒だ……って、それは順序が逆か。
ともかく、『エクソシスト*1』とか『シャイニング』とか『ミザリー』とか黒沢清のホラー映画といった少数の例外を除いて、大抵のホラー映画を「一般的な映画*2」と比べて一段落ちるものとして馬鹿にしていた。先月の映画秘宝で風間賢二が「テラー」「ホラー」「グロスアウト(もしくはナスティ)」という、「恐怖の三段階」について解説していたのだが、80〜90年代のホラー映画のほとんどは自分にとって「グロスアウト」だったのだ。


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そういった認識が変わったのは、『ホステル』を観たからだった。とにかく『ホステル』は画期的だった。

  • 幽霊や悪霊や悪魔といった超自然的存在や超能力や霊視といった超自然的能力が登場しない
  • 登場人物の行動が論理的で一貫している(少なくとも映画鑑賞中はそうみえるように努力している)
  • 舞台をスロバキアという外国に設定し、「言葉や携帯電話が通じない」「土地勘がない」といった、現代アメリカ人が海外に行った際に感じる不安を最大限利用している
  • ソ連崩壊後、東欧女性がアメリカや西欧の風俗で働いたり、逆にセックスを求めて東欧に乗り込んだりと、アメリカ人や西欧人が東欧に対して性的に搾取してきた歴史や罪悪感を反映している。
  • 「馬鹿な若者がひどい目に遭う」「」といったホラー映画の「お約束」を踏まえつつも、途中で「お約束」を裏切る展開があり、にも関わらず『スクリーム』のようにメタ的な面白さを追求しているわけではない。

まとめると、それまでのホラー映画のお約束を踏まえつつも、それまでのホラー映画には無かった脚本のロジカルさと、主要な観客である先進国の人間が中進国や途上国に感じる不安や罪悪感を反映し利用した作りに、驚き感動したのだった。
イーライ・ロスすげえ! と興奮して、前作である『キャビン・フィーバー』を観たらこれまた面白かった。「昨日壊れた車のエンジンが今日はかかる」「何故か川の水と水道が直結している」というところだけは気になったものの、上記した要素は共通している。これは、従来のホラー映画が持つ「お約束」と、『キューブ』や『ソウ』といったその頃から流行りだしたデス・ゲームものがゲーム故に持つロジカルさと、元々モダンホラーが持っている「現代人が抱えている罪悪感」との幸福な融合や! などと興奮したものだった。


と同時に、こうも思った。
『ホステル』はホラー映画というジャンルを決定的に変えてしまうほど画期的な映画だ。にも関わらず、それほど予算がかかっているわけではない。ホラー映画は昔から低予算で作られてきたジャンルだったが、『ホステル』もその例に漏れない。その気さえあれば、日本だってこういう映画を作れる筈だ。
そういうわけで、「バブル期に計画されたリゾート開発が頓挫した離島にある親戚の別荘で羽目を外そうとした馬鹿な若者たちがひどい目に遭う」、「安い金額で性風俗が楽しめるとタイや韓国やハバロフスクに乗り込んだ日本人の若者たちが反日感情を持った現地人からひどい目に遭う」、「安い人件費で工場を作ろうと中国の奥地に乗り込んだ日本人商社マンが反日感情を持った現地人と関東軍が残した生物兵器が原因でひどい目に遭う」……みたいな映画が作られないかなーと勝手に期待していたのだ。
ちょっと横道にそれるが、今考えると、高度経済成長時代に作られた地方の因習や怨念をテーマとした松本清張原作のミステリーや、『冷たい熱帯魚』や『凶悪』のような北関東を舞台に「新しい貧困」を描いたサスペンスは、上記要素――特に現代人が抱える不安感や罪悪感といったものを、ホラー映画ではないジャンルで表現しようとした作品なのかもしれない。


で、前置きが長くなったのだが、『クソすばらしいこの世界』は、遂にそういったものを日本のホラーが成し遂げた記念碑的な作品になるのではないかと思う。
まず、状況設定と人物配置が素晴らしい。アメリカの田舎町(多分南部)に、休暇を過ごそうと山小屋ならぬ山中の別荘を借りた日本人5人プラス韓国人1人の留学生グループが『悪魔のいけにえ』ライクな殺人一家に襲われるという、ある意味「お約束」なストーリーなのだが、日本人留学生があんまり英語を話せない、というのが良い。ストーリー進行のために一人だけ話せる奴はいるのだけれど、後は全員ヒアリングが全くできず、スピーキングもカタコト程度。
こういう日本人留学生は本当にいる。せっかく(親の金で)アメリカやらカナダやらオーストラリアやらに留学したにも関わらず、日本人留学生同士で寄り集まり、海外にいるのに日本語ばかり話して、結局何も学べずに帰ってくるのだ。自分の知り合いでも三人はいたぞ。
留学生だけではない。旅行者も、駐在員も、日本人は海外にいくと日本人同士でより集まりがちだ。
海外に行くと、それまで日本で築いた人間関係からある程度切り離されてしまう。一人の、剥き身の人間としての力が試される。そこで感じる孤独や不安と戦い、母国語ではない言語で人間関係を一つずつ構築していくことこそが「海外経験」の本質なのだが、日本人コミュニティみたいなものを作ることでお手軽にクリアというか回避しちゃう奴がいるんだよね。
これを表現するために、キム・コッビ演じる韓国人――猛勉強の末に英語を喋れるけれども、日本語は喋れない――を主役に置き、彼女の視点で物語が進行するのがまた素晴らしい。英語は喋れるけれども日本語が喋れないが故に、彼女は日本人グループ内で孤立する。でも、ここはアメリカなのだ。英語を勉強しないが故にアメリカで孤立している日本人グループに、巻き込まれる形で日本語が喋れない韓国人が孤立する。更に、役者としての技量は子役時代からキャリアを積み、『息もできない』で名を挙げたキム・コッビの方が数段上だ。安全な仲間内だけでワイワイやる日本人留学生が、「英語も喋れないくせにマリファナだけは一丁前に吸いやがって」と韓国人から蔑みの目でみられるシーンは、同じ日本人としてなんだか本当に恥ずかしくなった。日本で、「日本人が日本語を満足に喋れないアジア人を蔑みの目でみる」ってのはわりかし良くある風景だが、それを英語を喋れない日本人が英語圏でやることに、海外でもガラパゴスを作ってしまう構造的滑稽さと恥ずかしさを感じるわけだ。
ま、本当なら全く英語が喋れないのに車や山中の別荘を借りられるわけがないのだが、「現代日本人が最もイヤな気分になる演出」として、凄く良くできていると思った。
特に、一番アホで生意気そうな女子留学生を演じたしじみがしっかりレイプされた後(だよね?)おっぱい出しながら片腕切られたり、日本語もおぼつかない栗原類そっくりのアホそうな男が脚をコマ切れにされるシーンが本当に良かった。この惨殺シーンは血の色といい特殊効果といい編集のタイミングといい、本当によくできていて「恐怖」を感じるのだけれども、二人とも英語を喋れないという設定なので、カタコトの日本語しか喋れないのでアホな受け答えをしてしまうという「情けなさ」や「おかしさ」も同時に感じてしまうんだよね。女性の立ちションが事件の引き金になったり、仲間がいなくなったのにグースカ寝てるという下衆さも実に良い。英語が話せないが故のトラブルに出会ったのだけれども、警察や病院や関係機関への連絡にも英語が必要だから躊躇してしまう……って、本当にありそうだよな。


残念なのは、中盤でこれまでのホラー映画の「お約束」を裏切るというかあまり無かった展開(ネタバレ大好きな自分もさすがに書けん)をみせるのだけれども、それが唐突すぎる超自然的展開で、呆然としてしまうんだよね。
いや、分かるよ。シーンの演出から、尾道のアレが元ネタだってのはよく分かるけど、せめて前半に、この作品世界ではこういうことが普通に起こることを示すシーンとか、登場人物が『○○○』のDVD観てるとか、伏線っぽいものを入れといても良かったのではなかろうか。『ホステル』に三池崇が出演してるのは単なるギャグじゃない。



ただ、本当に残念だったのは、ツタヤでDVDを借りたら「日本語吹替ございませんのでご注意ください」シールが貼ってあったことだった。このシール、「えーアタシ英語分かんないしー、字幕読んでたら映画に集中できないしー」というアホが多くなったので貼られたシールだと思うのだが、そういう人間は劇中の日本人留学生を笑えないと思うんだよね。あ、そういう人間は借りる資格ないよということを暗に表しているから良いのか。

*1:これは70年代の作品だが

*2:そんなものは存在しないのだが