シャブとものづくりのファンタジー:『シャブ極道』と『風立ちぬ』

先日書いた『風立ちぬ』のエントリが未だにアクセス数を稼いでいてくれてニヤニヤしているのだが、少し戸惑ってもいる。


風立ちぬ』って、そんなに難解な映画じゃないと思うんだよね。むしろ、『もののけ姫』や『ハウルの動く城』の方が難解――「映画」というものの定石から外れていて、意味を読み取るのに苦労する作品だろうと思うのだ。

  1. 主人公が世間の常識や良識から外れた俺ジナルな価値観を持ち、俺ジナルなライフワークに邁進している。
    1. 時に「俺ジナルな価値観」は「少年の心」や「聖なる魂」として描かれるが、世間から外れているという意味で同じである。
  2. 主人公は人格的に破綻したダメ男であるが、一方で凡人にはない強烈な魅力や能力を持っており、様々な人間がそんな主人公にシビれ憧れ、協力する。
    1. 中でもヒロインはダメさも含めて主人公に惚れ抜いており、ダメ男としっかり者のヒロインが様々な障害や挫折を、愛情と機転で乗り切っていくさまを、笑いを含めた一代記として描く
  3. 監督や脚本家といった作り手の思いが強烈に反映された結果、原作や(歴史的)事実から改変されている。

……というのが『風立ちぬ』という映画を成り立たせている中心的要素だ。詳しくは先のエントリ「パヤオ勃ちぬ:『風立ちぬ』 - 冒険野郎マクガイヤー@はてな」を参照して欲しい。
で、上記した要素に該当する映画って結構あると思うのだよね。
例を挙げるなら、1.は『エド・ウッド』、2.は『夫婦善哉』、3.は『アルゴ』なんかになるだろう。『エド。ウッド』は2.にも該当するかな。
そして、世の中にはこの三つ全てを含んだ映画がある。それはヤクザ映画(の一部)なのだが、中でも『シャブ極道』はそっくりだと思う。


シャブ極道 [DVD]
B000060NFD

『シャブ極道』は96年に公開された役所広司主演のヤクザ映画だ。題名通り、シャブが好きで好きで堪らない主人公がヤクザ界で成り上がっていく姿を描いている……と書くとクレイジーな映画に思われるかもしれないが、実際観てみると。笑いあり、涙あり、最後はちょっと感動させる、堂々のエンターテイメント映画だ。なおかつ、90年代という時代の閉塞感を打ち破ろうとした作品だったりもする。


まず冒頭、昨夜ヤリ散らかした裸の女の横で眼を覚ました役所広司演じる主人公は、スイカに塩ならぬ覚醒剤の白い粉をかけ、美味そうに齧り付く。主人公は「身体に悪い」と酒もタバコもやらないのだが、覚醒剤だけは「身体に合う」とやりまくるのだ。タバコを吸うと体調が悪くなって倒れたりもする。
主人公は本気で「シャブが人類を平和にする」と考えており、組長に成り上がると、捕まったり組が破産したりするリスクを背負ってでもシャブを売りまくる。覚醒剤をしゃぶしゃぶに入れた「シャブしゃぶしゃぶ」や、覚醒剤入りローションセックスなどが「笑い」として描かれる。事務所にはメタンフェタミン合成法発明者者である旧帝大の長井長義教授の写真が貼ってあるというネタには笑った。
で、役所広司はちょう楽しそうにシャブ大好きな主人公を演じているのだが、観ていると、不思議なことに、なんだかこちらまで楽しくなってくるのだ。世間のしがらみや常識から開放された役所広司が、心の思い向くまま大阪弁で笑ったり怒ったり、他人を愛したり殺したり……そんなキラキラ、いやギラギラした姿を観ていると、シャブ狂いの役所広司のことがどんどん好きになってくるのだ。
ヤクザ映画で描かれるヤクザ界は、言ってしまえば世間の縮図だ。様々なルールや慣習の下で生きているヤクザのほとんどは、世間の世知辛さや生き辛さを感じている。特に、『シャブ極道』が公開された96年は、前年にオウム・震災・酒鬼原と90年代の日本を代表する事件が連発し、バブル後の混迷がいよいよ深まった時期でもあった。本作は終盤、阪神大震災が起こった神戸を舞台にしてもいる。そんな世界を「シャブ大好き!」という狂った価値観――されど凄まじいエネルギーを持った価値観で突破する役所広司が、物凄く魅力的にみえてくるのだ。
そんなわけで、早乙女愛演じるヒロインや、リーダーこと渡辺正行演じる弟分、その他子分たちのほとんどは、駄目さ含めて役所広司に惚れ抜いてしまう。もう、みんな役所広司のことが死んでも良い位に大好きなんだよね。
でも、時代が進むと「シャブ大好き!」という価値観が許されなくなってくる。組織が大きくなったり家庭を持ったりすると、背負ってしまうものもある。子供の心のままではいられない。でもでも役所広司は変わらず子供のままキラキラしている。そこがまた切ない。
ここで面白いのは、藤田傳演じるライバルの立ち位置だ。藤田傳は日本最大の暴力団の若頭なのだけれど、彼は心の底からドラッグを憎んでいて、暴対法が施行された現代で生き残るため、組織から覚醒剤を一掃しようとしているんだよね。


「子供や少年のような心を持った主人公が段々と時代にとりのこされてゆき、周囲の人間は愛憎入り混じった目で彼をみつめる一代記」
……というのがヤクザ映画における普遍的なお話の一つだと思うのだけど、『シャブ極道』では、その幼児性とか聖性を象徴するのがよりにもよって「覚醒剤」なわけだ。
もう一つ、ヤクザ映画には「主人公率いる昔ながらの仁義を重んじる“良い”ヤクザ組織が、仁義やを無視して勢力を伸ばす“悪い”イケイケ暴力団の抗争に巻き込まれ、当初は巻き込まれまいと踏ん張るも、ついに堪忍袋の緒が切れて殴り込みをかける」というパターンもあるのだが、『シャブ極道』はこれもきちんと踏まえているんだよね。「昔ながらの仁義」が「覚醒剤シノギ」という形になっているのだけれど。


つまり、『シャブ極道』はいわば「覚醒剤のファンタジー」なわけだ。シャブが身体に合う人間なんているわけないし、シャブで世界が平和になるわけもない。だが、本作における「覚醒剤」は「世間」とか「世の中の良識」といったものに抗するなにがしかの象徴なわけだ。
だから、ビデオ化の際にビデ倫から改題を要求されたというエピソードを読むと、たとえ映画業界の人であっても「表現」というものが理解できない人間がいるのだと残念な気持ちになる一方、『シャブ極道』が「覚醒剤取引から脱しようとする暴力団」という形で表現しようとした「世間の良識」が本作を危険視したのも頷けたりもする。『シャブ極道』はシャブを扱ったから危険なのではなく、「世間の良識」に挑戦した作品だからこそ危険なのだ。



で、こういった点から「覚醒剤のファンタジー」である『シャブ極道』は「ものづくりのファンタジー」である『風立ちぬ』と物凄く似通った映画であるように思えるんだよね、自分には。大震災が作品の中で上手く機能しているとか、シリアスなことが起こっているのにとんでもなくロマンチックなラストとか、その他の共通点も多い。もっといえば、『風立ちぬ』は「男女平等社会」とか「ワークライフバランス」とか「戦争により成長する社会からの脱皮」とかいった「世間の良識」に挑戦……というか超越しているからこそ面白い作品になりえたのではなかろうか。



そういうわけで、『シャブ極道』も『風立ちぬ』も、一人の人間の持つ狂った価値観ととてつもないエネルギーが時代の閉塞感を打ち破る名作だと思うのだが、国民的映画と呼べるくらいヒットしたジブリ作品に比べて、『シャブ極道』はなかなか鑑賞しにくい状態にあった。DVDも一時期はアマゾンで二万円近いプレミア価格がついていた。


……だが、なんと昨日、『シャブ極道』のDVDが再発売されたんだよね。
シャブ極道 [DVD]
B00DOJQ37I
それも「浪速破天荒極道三部作」と称される『しのいだれ』『売春暴力団』と合わせた三枚が再発売だ! これはめでたい!


大阪極道戦争 しのいだれ [DVD]
山之内幸夫
B00DOJQ3IC
『大阪極道戦争 しのいだれ』は『シャブ極道』の原型的作品で、憎めないヤクザである主人公を同じく役所広司が描いている。ライバルである本田博太郎*1の怪演、モデルから転身直後の阿部寛のぼっちゃん演技含めて楽しめる作品なのだが、『シャブ極道』と合わせてみると監督がなにをやりたかったのかが良くわかる。本作に足りなかったものを追い求めた結果辿りついたのだが「シャブ大好き主人公」だったのだな。


売春暴力団 [DVD]
B00DOJQ3BE

『売春暴力団』はシャブを売春に置き換え、プラスアルファを加えた作品……だと思うのだが、未見なので詳しく書けない。でも、もうすぐアマゾンからDVDが届くから観れるんだぜ!!



どうせ数年経ったらまたプレミアついて鑑賞困難な作品になりそうな気もするので、ちょっとでも興味を持った方は、三本まとめて購入しての鑑賞をお薦めしたい。で、映画好きな友人集めて夜通し鑑賞会を開き、徹夜明けの頭でロマンチックなラストにジーンとするというのが一番良い鑑賞法という気がする。

*1:『シャブ極道』にも出演している