おっさんのゆるさ:『久住昌之のこんどは山かい!? 関東編』

なんでもドラマ版『孤独のグルメ』シーズン3が準備中のようで、非常に嬉しい。それも赤羽ということは、やはりまるます屋で撮影なのだろうか。ドラマで紹介されて混む前に一度行っておきたいなぁ。実は、『Dr.マクガイヤーの冒険式映画ゼミ』の撮影は赤羽周辺で行っていて、いつも打ち上げでまるます屋に行こう行こうと思っているのだが、一回の収録に6時間長かかるため、毎回ヘトヘトになって、手近なファミレスとかで打ち上げてしまうんだよね。


さてそんな折、図書館で嫁から差し出され、読んでみたら面白かった本を紹介したい。
久住昌之のこんどは山かい!? 関東編
久住昌之泉晴紀
4635080064

本書は皆さんご存知『孤独のグルメ』や『花のズボラ飯』の原作者である久住昌之が「ワンダーフォーゲル」という名の雑誌にて連載していた『越境するグルメ』をまとめたものだ。
雑誌が雑誌なので、テーマは登山だ。登山といってもただの登山ではない。都内から日帰りできる山を選び(宿泊したのは大島編の一回のみ)、一度山頂までバスやロープウェーで登りって下山するだけとか、スカイツリーよりも低い山に登って昼過ぎには下山するとか、そういったゆるーい登山だ。
こういう登山を専門用語で「低級登山」と呼ぶらしいが、久住は「オヤジハイキング」と呼んだ方が潔いのではないかと書いている。しかも、登山後は必ず現地周辺での温泉と居酒屋での酒飲みがセットになっている。


面白いのは、内容の7、8割を占める登山のパートが、つまらないことなんだよね。そして、その代わりに、2、3割しかない、温泉入って美味い料理喰って美味い酒飲むパートが、この上なくイキイキと描写されていることなんだよね。

 あっというまに三人で二本呑み干したところで、アジフライが出てきた。小振りだが身がすごく厚い。コロモは粒子が細かく、揚がった色がまさに黄金色と言いたくなる色。ひとり二匹ある。まずは揚げたてを塩でいただく。
驚いた。サクサク、というより、フワッ! なんだこれは。外側サクサク中はフワフワは、たまにある。これはいきなり、フワッとくる。こういうアジフライを食べたことがない。これはたしかに絶品といいたくなる。
(中略)
今度は一匹を醤油で食べた。香ばしさが引き立ち、熱い魚と身と醤油のマッチングの素晴らしさにうち震える。ああ、醤油万能醤油スゴイ。それに応えるアジフライも本当に実力者だ。

 生ビールがめちゃくちゃウマい。山歩きして失われたものがゴクゴクと充填されていく。そこへお新香が大ぶりの皿に出てきた。キュウリとナスのぬか漬けの出したては言うまでもなくウマかったが、玉ねぎのぬか漬け、これは初めて。美味しかった。輪切りを半分にしたもの。それから塩らっきょう。ショウガの甘酢漬。きゃら蕗。全部うまい。そしたら壁に「全部手作り」と書いてあった。
さらにトウモロコシを一本茹でて三つに切って出してくれる。もーちょっとォ、そんなァ。おばちゃん、いいのに。嬉しすぎる。生ビールおかわり。あーモロコシうまい〜。

まるで、井之頭五郎が熱いフライをはふはふ貪ったり、駒沢花が○○万能、○○スゴイと打ち震えたりするシーンが目に浮かぶようではないか。まぁ、五郎ちゃんは酒のまないけど*1


登山の最中、栄養補給にお菓子だのなんだのを食べることもあるのだが、そんなとこまでイキイキと描かれている。

 ここで休憩した。Sさんがレーズンをくれた。レーズンをそれだけで食べるの、三十年ぶりぐらいだ。小粒で、緑や黄色の粒があってカラフルなのが、山歩きのプロが選ぶレーズンっぽい。疲れたカラダで食べると、しみじみおいしい。さすがだと思った。普段、甘い物をほとんど食べないので、こういうものを買って食べる発想がない。

読んだ後、思わず近くのつるかめランドでレーズンを買ってきてしまった。


自分は趣味でゆるい筋トレとスキューバ・ダイビングをやっているのだけれど、この年齢になってくると、純粋に筋トレやダイビングが好きというよりも、その後の熱い風呂やビールの方が楽しみでやっている、という面もあるんだよね。学生の頃はあんなに面倒だった風呂やあんなに不味かったビールが、やけに心地よくて、やけに美味しく感じるようになってくるのだ。


あと、これは個人的なことなのだけれど、自分にとって馴染みの深い土地が出てくるのも嬉しかった。魚つき保安林がある真鶴は学生時代に毎週ダイビングの練習で通ったところであるし、大島も年に二回は行っていた。友人に推薦されて行こうとするも定休日だった「居酒屋ごろう」は、定宿にしていた民宿のお向かいにある店だ。「ごろう」の料理はウマいウマイと評判だったのだが、民宿で出てくる料理も申し分ないくらいウマくて、なかなか行く機会が無かったのだった。意を決して民宿の料理を軽めにしてもらった後、「ごろう」に行くも、満員で入れなかった。それ以来、行ってないなぁ。
自分は川越に住んでいるもので、本書に出てくる小川町の「大田ホルモン」も、行こうと思えばわりとすぐ行ける。アジフライがウマい「さすけ食堂」も、行こうと思えば行ける。
行こうかなぁ……などと、『孤独のグルメ』を読んだ後「まるます屋」への想いを掻き立てられるのと同種の心持ちになるのも楽しい。


ただ、本書で一番感じ入ったのは、あとがきだったりする。

 そして、実際面白かった。自然と接するのはもともと好きだし、歩くのも好きだ。少人数で、知らない山に分け入っていく面白さは、遠足では分からないものだった。空気も、風も、光も、匂いも、足の裏の感触も、毎回新鮮な心地よさがあった。
その中で、自分のダメなところや、苦手なことや、かっこ悪いところや、無知なところや、意地悪なところが、チョロリチョロリと発見されるのだった。その瞬間は恥ずかしかったり、隠したかったりする。でも、その発見こそが、仕事部屋から山中に出て行った甲斐というものだ。マンガとは、そういう自分こそが笑いの根源になる。

これって、『孤独のグルメ』や『花のズボラ飯』の本質に通じる話ではなかろうか。


最近復刊された『タキモトの世界』が、若かりし久住昌之サブカル的野心が詰まった本であるのならば、本書はおっさんになった久住がゆるい気分で書いた本だ。だが、おっさんとなった自分は、なんだかこのゆるさに心地よさを感じてしまった。
タキモトの世界
久住昌之 文 / 滝本淳助 写真
4835449363


久住の書くこの種の本はまだ何冊かあるようだ。読まねば!
ちゃっかり温泉
久住 昌之 和泉 晴紀
4862551572

昼のセント酒
久住昌之泉晴紀
4862551157

*1:ハードボイルドもののパロディである『孤独のグルメ』は、ハードボイルドの主人公がことあるごとに酒を飲むことの逆張りで下戸なのだ