タランティーノより先輩のサンプリング番長:『戦火の馬』

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『戦火の馬』鑑賞。おおおお面白かった!
最もベタなビルドゥングス・ロマンは、ヨーロッパの田舎に住んでいた若者が戦争に行って、肉体的・精神的に傷ついて、社会や世界や大きな物語を知って大人になって故郷に戻ってくる――というものだと思うのだが、まさか今のスピルバーグが、こんなベタなビルドゥングス・ロマンを正面きってやるとは意外だった。スピルバーグの大きなテーマは故郷や家族の喪失だが、『プライベート・ライアン』から『ミュンヘン』まで、近年の「黒い」スピルバーグ*1は、ラストで故郷や家族のもとに帰る映画を作らない。だが本作の主人公はそうじゃない。


以下、早々とネタバレ。



物語という面において、スピルバーグの「黒さ」が顔を覗かせるのは、題名にもなっている馬――ジョーイに乗った人間は結局全員死んでしまう点だろう。人の良さそうなイギリスの士官*2はすぐに死ぬ。ドイツの田舎から連れだされてきたような純朴な兄弟も死ぬ*3。ヨーロッパの名画から抜け出てきたようなフランスの少女も、最後は死が示唆される。主人公も例外でなく、子供時代に永遠の別れを告げる。塹壕で這いずり廻る中、彼の中で何かが生まれると同時に、何かが死んだのだ。だが、これはこれでベタなビルドゥングス・ロマンともいえる。おそらく、スピルバーグがやってみたかったのは、ベタ以外の部分なのではなかろうか。


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スピルバーグタランティーノがサンプリング世代のコピペ野郎と呼ばれる何十年も前から、サンプリング高校のコピペ番長だった。「サンプリング」や「コピペ」といった言葉が存在しなかった当時、それらは「オマージュ」と呼ばれた。臆面もなくディズニー映画から曲を引用し、007やエロール・フリンの海賊モノの一場面を自身の眼前に再現し、三船敏郎クリストファー・リーといった子供の頃憧れていた俳優どころか、憧れていた監督――トリュフォーまでキャスティングするシネフィルぶりは、今だったら絶対にオタク監督のサンプリング作業と呼ばれていたことだろう。


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『ヨーク軍曹』のような開墾シーン。『捜索者』のような騎兵隊突撃シーンに、『影武者』のような全滅シーン。『七人の侍』の野武士のような台詞を吐くナチに、『突撃』や『西部戦線異常なし』のような塹壕戦。『素晴らしき哉、人生!』のような仲間の寄付に、『風と共に去りぬ』のような夕焼け……本作は数々の名作映画のモザイクやパッチワークのようだ。


タランティーノの映画では、常に誰かが誰かのフリをしていた。マフィアのフリをする潜入捜査官。ボスへの忠義心を保ったフリをする部下。スチュワーデスのフリをする運び屋。優しいママのフリをする女の殺し屋。引退したスタントマンのフリをする脚フェチ殺人鬼。無害なフランス人のフリをするユダヤ人。タランティーノがコピペやサンプリングでやりたかったことは、常に誰かが誰かのフリを強制させられる世界の中で、「復讐」という、これだけはコピペできない感情に突き動かされる熱い人間たちの姿だろう。


それでは、スピルバーグが過去作のモザイクやパッチワーク、現代風にいえばサンプリングやコピペでやりたいものとは何なのだろうか?
……おそらく、スピルバーグの過去作における宇宙人や宇宙船と同じく、本作における馬――ジョーイは「カメラ」や「映画」といったものの象徴や暗喩なのだと思う。『宇宙戦争』の円盤が三脚に乗っていたのと同じく、本作におけるジョーイの黒い眼はカメラを連想させやしないだろうか。宇宙人や宇宙船が宇宙ではなく歴史という名の死者の国(@伊藤計劃)からやってきたように、馬は戦場という名の歴史であり死者の国を走り抜けるのだ。
常に人間の視点から語られてきた本作が、ここで完全に馬の視点に移行するのは偶然ではない。そして、鉄条網に絡まり、人間以外の手によらなければジョーイの命を救えない状況に追い込まれることも、偶然ではないのだ。


だから、本作における登場人物たちが、人間だけでは口に出せなかったこと、人間だけではできなかったことを、ジョーイを介せば言葉にでき、ジョーイを介せば行動に移せることに、すんなり納得してしまう。おれたちは「映画」があれば普段口に出せないことも言葉にできる。「映画」があれば行動に移せる。「映画」があればなんでもできるのだ。


そう考えると、馬が世界初の近代戦車と呼ばれるマークIを乗り越えるさまは、実に意義深く感じられる。戦車とはテクノロジーの象徴だ。多分、スピルバーグはこれからもフィルム撮影を続けるのだろう。


もう一つ。主人公が常に故郷や家庭を捜し求めるスピルバーグ映画において、フランスは特別な地だ。『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』の主人公はフランスに逃亡する。『ミュンヘン』の主人公はフランスで家庭の暖かさに触れる。おそらく、スピルバーグにとってのフランスは、リュミエールトリュフォーを産んだ、映画の楽園であり、塹壕なのではないかと思った。

*1:参考:スピルバーグなう:『SUPER 8/スーパーエイト』 - 冒険野郎マクガイヤー@はてな

*2:まさか『マイティ・ソー』のロキの人だとは思わんかった!

*3:ここでの風車の使い方は元ネタがありそう