映画監督押井守にとっての勝利と敗北──もしくはキャメロンに「負けた」理由

勝つために戦え!〈監督篇〉
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ライムスター宇多丸が先週タマフルでお薦めしていた押井守の新刊「勝つために戦え! 監督編」を読んだのだが、面白かった。


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前作にあたる「勝つために戦え!」は何年も前に読了済みなのだが、自分はあんまりサッカーに興味が無いので、押井守の言いたいことも分かるのだが正直あんまり楽しめなかった。
だが、今回は「映画監督にとっての勝ち負けとは?」に特化した内容で、その視点でゴダールヒッチコック深作欣二から、キャメロンや北野武三池崇史までを俎上に乗せ、聞き役の野田真外相手に語りまくるという、映画監督押井守が大好きな自分にとってはかなり満足な内容の本であった。


押井守の考える、映画監督にとっての勝利とは、次の二点だ。

  1. 常に映画を作り続けることができる(理想は死ぬまで)
  2. 「自分の」映画を作れる


だから、常にヒット作を作るわけじゃない。意識的にヒットしないであろう作品──しかしどこからどうみても「自分の」作品というのもフィルモグラフィーに混ぜ込む。自分もそうするし、作風は違えども、映画監督としてのスタンスが同じ監督には高評価だ。

スピルバーグは場外ホームランを打たずにコンスタントにヒットを打ち続けている

世に言うたけしのしょうもない映画ってのは全体のなかで機能している。あれによって時々とんでもないものを作っちゃって大失敗するんだ、という評価を世間的に獲得している

等々、腑に落ちる発言ばかり。自分も『みんな〜やってるか!』や『TAKESHIS’』は大好きだなぁ。
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北野武
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一方で、北野武が言うところの「女子供をだます映画」ばかり作るような監督はけちょんけちょん……というか、話題にすらして貰えない。かろうじてディスられる資格があるのはウォシャウスキー樋口真嗣で、特に、ヒット作をニ連発するも、周囲に気を使いまくり「自分の」映画を作れない樋口のシンちゃんは愛ある駄目出しをされまくりだ。

もちろんそれは大人の事情ってやつなんだけれど、言ってみれば役者の事務所に気を使い、配給会社に気を使い、スタッフにも気を使い、機を使いまくった映画なわけだ、二本とも。
なのに、監督自身が納得していない。わかりやすさを優先したために、絵のリアリティを、映画としてのリアリティを失った。作り物に絶対必要な、やってはいけない地雷を踏んじゃったってさ、本人も認めているんだから。

一時の出渕裕とか、こんな感じの扱われ方だったのかねぇ。



特に面白かったのが、タマフルでも言及されていた、キャメロンに対する評価だ。


まず押井はタイタニック後のキャメロンについて、「勝利条件を見失った」と語る。

どう考えても『タイタニック』後のキャメロンは幸せとは思えない。映画を撮るモチベーションを失っちゃったとしか思えないよね。全然撮ってないんだもん。
(中略)
彼のモチベーションってのはそういうものなんだよ。映画を作るってことは冒険だったんだよね。だからそういう意味で言えば、彼にとっては「未踏の世界」というのがなくなっちゃったんだよね。

これは『アバター』公開以前に行われたインタビューだ。
アバター』が公開されて大ヒットし、「これは新たに話を聞かなければいけないと決断」した野田真外が単行本化*1にあたって追加インタビューを行う。野田真外グッジョブ。


まず押井は『アバター』の技術を「敗けたとかどころじゃなくて、10年以上追いつかないというレベル」と賞賛する。

背景でも、CGは無限遠がないというのが最大の弱点で、要するに長玉を使ったときの無限遠の表現ができないから、オープンになるとどうしても箱庭的になる。だから鳥を飛ばすことで空抜けか地上抜けにして無限遠を作らないようにしてる。しかもああいうグランドキャニオンふうの地形にすることで、立体を強調するだけじゃなくて、立体映画のレイヤー感、衝立感をクリアした。
とにかく僕が一番感心したのは、技術的な力業でやるんじゃなくて、ちゃんと演出的に弱点を全部カバーして物語を組んだあの企画力というか世界観の作り方だよ。さすがにキャメロンはものがよくわかっている。

また、巷では評判の悪い『アバター』のストーリーも、押井は「ちゃんとしてる」と褒める。

あと感心したのは画がすごいだけじゃなくて、話もちゃんとしてる。最後は異星人との戦争に負けて海兵隊が撤退するシーンで終わるでしょ、これが驚いた。海兵隊ってアメリカの意志そのものなのに、この映画では悪役なんだもんね。70年代にアメリカン・ニューシネマっていう大反省大会があって、騎兵隊は全部悪役っていう西部劇の裏返しをやったんだけど、それ以来じゃない?

やっぱり心と体を分けた基本設定が素晴らしいんだよ。主人公が、あの車椅子に乗った自分の肉体にあくまでこだわるのか、捨て去るのか、そういうテーマも含まれてるわけだよね。(中略)そういう身体論的なテーマも同時に含んでいる。だから物語が物語足りえた。


つまり、大ヒットした『タイタニック』のが最後の勝利だと思ったのに、「デジタル3D」という新技術を使って更に勝ち続けたと。しかも、「自分の」映画になっていると。あれは自分にはできないと。だから「『アバター』には負けた」と言ったわけだ。


押井守監督、『アバター』の完成度に衝撃!「10年かけても追いつけない」と完敗宣言でみんなで乾杯!? - シネマトゥデイ


で、この本を読んで、それまで『スカイ・クロラ』を酷評していた宇多丸が、一転擁護的な意見を述べだしたのが最高に面白かった。宇多丸、やっぱり秀才タイプだよな。今まさに新しい一匹のオシイストの誕生ですよ!


もう一つ、以上の条件を考えると、押井映画監督論でいうところの最強の映画監督は新藤兼人ということになるのかも、なんて思った。


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*1:本書はコミックリュウでの連載をまとめたもの