終わりなきリハーサル:「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」

私は普段音楽を聴く習慣が無くて、マイケルのことも全然詳しくない。だから、「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」も最悪DVD視聴で充分かなと考えていたのだが、id:eg_2さんから「絶対に映画館で観た方が良い!それも新宿のバルト9のように客が沢山いる映画館で。客のノリが異常」という熱いメールが届き、なるほど確かに映画を映画館で観る魅力ってそこだよなと思い直し、都合よく都内に出る用事もあったので、観てきた。


いや、観て良かったよ。


なんかマイケルはリハーサルの段階で振り付けも踊りも完璧なのな。いや、勿論リハーサルなので、曲の一部を唄わなかったりだとか、バックダンサーと動きが揃ってないみたいなところはあるけれど、別段自分のスキルを上げる練習は今更必要無いみたい。


だからマイケルがやることといえば、細かい間やキュー出しの確認とか、バックダンサーへの振り付け修正だ。それも「ごめんね、ごめんね。ここをこうした方が良いと思うんだ。アイラブユー。ゴッドブレスユー」と徹底して腰が低い。どこがキングやねん。リハーサルなので、マイケルは変な色のTシャツやら黒いMA-1やらを着て踊るのだが、これまで絶対にメディアに晒すことの無かったマイケルのダサ格好良い姿に萌えた。


しかし、マイケルがステージにかける情熱はスクリーンを通しても嫌というほど伝わってくる。当初はマイケルに対して畏れを抱いていたダンサーやミュージシャン達が、気さくというよりある意味可愛い素顔のマイケルに驚き、リハにも関わらず本気で唄い踊るマイケルに圧倒され、仕事仲間というより家族のような関係になっていく様子も伺い知れる。
で、最後の中締めでは「皆ありがとう。最高のステージにしよう。僕らはやれる。最高のステージができる」と新しいファミリーに向かってスピーチするのだが、最後に「4年で環境破壊を止めよう!」と付け加え、しかもそれがどう考えてもジョークでもアイロニーでもなんでもなく、真剣に地球環境のことを考えての発言だというピュアさに感動した。おまけに、今週で公開終了なのに客席の8割は埋まっていて、最後は「エヴァ破」並の拍手。確かにこれは映画館で観るべき映画だな。


本当に素顔のマイケルがピュアで気さくでお茶目な男で、スタッフが一人残らずマイケルをリスペクトしていて、家族のような関係であったかどうか、実際には分からない。でも、これは映画だ。映画の中のマイケルは孤独とは思えない。いかにも日系人な顔立ちが印象的なジュディス・ヒルの熱唱に熱唱で返し、もの凄い華があるオリアンティ・パナガリスのギター・プレイにダンスで返すマイケルは本当に嬉しそうで、ステージ上で同じ道を往く者たちにしかできないコミュニケーションを、交歓しているように思える。キング・オブ・ポップでありつつ、誰からも人間的にリスペクトされているようにみえる、映画の中では。


幸せな気分に浸りつつ映画館を出ようとしたのだが、近くに座っていた観客の何気ない感想の声が漏れ聞こえてきた。


「でも、結局このステージは実現しなかったんだよね」


嗚呼、と思った。マイケルが死んで、「THIS IS IT」という公演は幻のものとなった。そんなこと、この映画館にいる誰もが知っている。開催されないことが予め分かっているコンサートのリハーサルを、我々観客は追体験したわけだ。


つまり、マイケルは開催されないコンサートのリハーサルをスクリーンの中で永遠に繰り返しているわけだ。いつもと同じバックダンサー、いつもと同じケニー・オルテガ、いつもと同じMA-1。だが、何かが違う。我々はあと何度同じ演奏を繰り返さなくてはならないのか。あと何度同じダンスを繰り返さなくてはならないのか。しかし、それがある意味幸福とも思える。我々は、終わり無きリハーサルを繰り返し、かつて今までいかなる先達たちも実現し得なかった地上の楽園を、あの永遠のシャングリラを実現するだろう。ああ、選ばれし者の恍惚と不安、共に我にあり。ポップ・ミュージックの未来がひとえに我々の双肩にかかってあることを認識するとき、めまいにも似た感動を禁じ得ない。


うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー [DVD]
高橋留美子
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……つまり「ビューティフル・ドリーマー」だ。あれは、文化祭というイベントにおいて、最も楽しい時間帯は文化祭当日ではなく期待感に溢れつつ準備をしている前日で、しからば永遠に文化祭前日が繰り返されるのが幸福なのではないかという価値観の下に作られた映画だった。


THIS IS IT」にも同様の要素を感じる。過去のマイケルの楽曲を、新しい技術とアイディアでやりなおす。このステージが実現したら、歴史が変わる。音楽史が変わる。「ここで観客の拍手を待つんだ」「ここで観客に手を振ることにしよう」「最後に家族に愛してると言おう」賞賛と栄光に溢れるステージ当日を想像しつつ、準備を繰り返す。胸から飛び出そうな期待感に溢れつつ、尊敬するマイケルと一緒にステージの準備を進める彼ら彼女らに感情移入する。
でも、そのステージは決して実現しない。それを分かっていて、何度も何度も「THIS IS IT」という映画を観る(聞くところによると、二回三回と観るリピーターが多いらしい)。ポップミュージックの歴史を更に変えたかも知れないステージの準備作業を、繰り返し繰り返し永遠に追体験する。
それは、どう考えても幸福だ。


上映はあと二日。まだ観ていない方は映画館にGOだ。特に最終日の最終上映は盛り上がりまくるに違いない。