立喰師列伝2.0:「宮本武蔵 -双剣に馳せる夢-」


 日曜日に「宮本武蔵 -双剣に馳せる夢-」を観たのだが、いやこれは面白かったよ。いうなれば、立喰師列伝2.0みたいな映画だったよ。


 私は押井守黒沢清といった映画監督が書く文章が好きだ。何故好きかというと、彼らは映像でしかやれないことと文章でしかやれないことの違いが分かっていて、それぞれのメディアでしか成立しないクールな表現のみを希求しているからだと思う。
その中でも、押井守の薀蓄小説が大好きだ。押井守の小説では、そのクライマックスに必ず登場人物による長い長い薀蓄が披露される。


 例えば「獣たちの夜」は「BLOOD THE LAST VAMPIRE」のスピンオフと思わせておいて、自然と人間、人間と動物についての人類史観的考察が数十ページにわたって語られる。辿りつく結論はなんと「人間の堕落についての論理的根拠」だ。女子高生が日本刀を振り回してモンスターをやっつけるアニメの小説なのに!
獣たちの夜―BLOOD THE LAST VAMPIRE (角川ホラー文庫)
押井 守
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 例えば「雷轟」は日本が太平洋戦争に勝利した架空世界を舞台にした軍事小説だ。で、日本は現実のアメリカと同じくベトナム戦争で泥沼に陥っているのだが、そこで爆撃機搭乗員がまたもや数十ページにわたって語りまくる内容は、近代戦争における勝利とか何か?という問題だ。それは正義の正当性の証明であるという主張を経て、これまで日本という国が自前の正義を掲げた戦争を経験したことは歴史上ただの一度も無かった、だから俺達はベトナムでこんなにも苦労しているんだ!というベトナム戦争の本質に日本の立場から迫る*1、恐るべき薀蓄だ。
雷轟rolling thunder PAX JAPONICA (PAX JAPONICA)
押井守
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 それらはまぁ、いってしまえば屁理屈なのだが、面白い屁理屈だ。如何にもっともらしい屁理屈を、それもオリジナルな屁理屈をこねられるか?というのが知的エンターテインメントの本質であるからだ。そして結果的に、不真面目な理屈を真面目に語ることによって生まれる批評性が、そこには存在する、というかしてしまう。


 で、押井守はこのような衒学的薀蓄を、小説やエッセイというメディアでないと魅力が伝わりにくいにも関わらず、映像作品で度々披露しているが、薀蓄そのものをメインに据えたのが「立喰師列伝」であった。
立喰師列伝 通常版 [DVD]
押井守, 山寺宏一
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(私の感想↓)
冒険野郎マクガイヤーの人生思うが侭ブログ版:おもろうてやがてかなしき---立喰師列伝---


 芸術というものは、描く対象が芸術的だから芸術と呼ばれるのではない。その表現手法が芸術的だからそう呼ばれるのだ。しからば、芸術的な映画というものは、物語の筋ではなく形式の新しさという観点から定義される筈だ。そういう意味で「立喰師列伝」は押井守の最高傑作だと思う。
 しかし私のそのような思い入れに反して、「立喰師列伝」の世間的な評価はイマイチのようだ。想像するに、映画としての映像的魅力に乏しいのがその原因なのかもしれない。押井守の衒学的薀蓄を多少なりとも楽しめる人はそれなりにいるのだが、東京造形大学東京工芸大学の学生が作った映像に快楽を感じ取れる人は少ない、と。


 だが、安心したまえ。「宮本武蔵 -双剣に馳せる夢-」は押井守の脚本を原作に、タツノコ時代からの同僚、西久保瑞穂が映画化したまごうことなき名作だ。
 30年以上押井と一緒に仕事をしてきた西久保は、さすがに押井脚本の魅力と一般性の無さについてしっかりと理解している。だから、彼のした仕事は単純明快だ。最大の魅力である衒学的薀蓄はそのままに、Production I.Gによる高クオリティなアクション・シーンを足したのだ。
 なにしろ題材は宮本武蔵だ。アクションの機会にはことかかない。「機動警察パトレイバー the Movie」で眼や頬の下に陰を入れた黄瀬和哉作画監督を務めるアクション・シーンは見事の一言だ。
 アニメにおけるアクション・シーンには作画や編集のテンポ以上に音楽も重要なので、国本武春によるデジタル浪曲をBGM兼ナレーションとして追加。薀蓄シーンは3DCGによるキャラクターを使い、安く、コミカルに仕上げる。時に実写映像も混じるのだが、2Dアニメ、3DCG、実写映像が混在しても違和感を感じないのは監督の手腕の高さだろう。オマケとして題字は平田弘史、主題歌は泉谷しげるにオファー。この才能を適材適所で集めるソツの無さ!まさにプロの映画監督だ!!


 そういうわけで、結果として出来上がったのはアニメによるドキュメンタリーという、映画史的にみても稀な一本だ。だが、知的快楽と映像的快楽が見事に入り混じった、至極の一本でもある。

*1:それは現実における日本の立場も照射する