あたしがウォシャウスキー:『クラウド・アトラス』

クラウド・アトラス』を観たのだが、ウォシャウスキー兄弟じゃなかった姉弟は真面目だなぁと思ったよ。
映画の魅力というのは、誰がなんといおうともゲロとレイプ、言い換えればセックスとバイオレンスだと自分は思うわけだ。
バイオレンスといっても、単なる暴力ではない。
『暴力論』を書いたジョルジュ・ソレルによれば、暴力は二種類に分けられるという。権力を持ったシステムによる秩序を強制する暴力――“force”と、この秩序を破壊するための暴力――”violence”だ。
ソレルは資本主義社会の問題点が認識され初めてきた時代の哲学者だった。だから、ソレルが想定してた“force”とはブルジョワジーによる資本を背景とした強制力であり、”violence”とは物理的暴力というよりも、ゼネストみたいな労働者による組織的ストライキのことだった。だが、ソレルの暴力論はファシズムスターリニズムに引用され、彼らの暴力――物理的暴力を正当化する理論的根拠にもなってしまった。
しかし、システムに対抗する暴力――”violence”は映画の主要なテーマになった。
システムという強者が強制する“force”に共感する者は少ないだろうけど、耐えて耐えて耐え抜いた男が最後の最後に奮う”violence”には多くの者が共感する。『スカーフェイス』や『仁義なき戦い』から『踊る大捜査線』に至るまで、弱いものが小さな牙で強者に噛み付き、抵抗するさまを、大衆に向けたエンターテインメントであることを宿命づけられた映画は描くこととなった*1
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そんなわけで、『クラウド・アトラス』は異なる時代の6つの世界を舞台にしたエピソードが並行して描かれる映画なわけだが、文芸映画、70年代サスペンス、SFアクション、ポストアポカリプス……とジャンルは違えども、どのエピソードもどこかで聞いたようなお話にみえるのは、ウォシャウスキー兄弟じゃなかった姉弟が映画の本質を「弱者が強者に抵抗すること」と考えているからじゃないかと思ったよ。タランティーノサム・ライミもそうだけれど、映画オタクを出自に持つ監督は真面目だよね。
もっといえば、くたびれたおっさんを越えたおじいちゃんを主人公にした現代編が、話のスケールでは一番しょぼいにも関わらず一番目新しく感じられるのは、「自分が馬鹿にしていた弱者に助けられる」という、一捻り加えた話であるからじゃないかとも思う。最も短い『ロード・オブ・ザ・リング』ともいえるよね。


とはいうものの、本作には「弱者が強者に抵抗すること」以外にも、別の面白さがあるとも思った。
断言しても良いけれど、この映画の一番面白いところは、トム・ハンクスハル・ベリーペ・ドゥナといった役者が、異なる時代に人種も性別も異なる役で、異形のメイクにて登場するトンデモ感だ。
ウォシャウスキー姉弟としては、『火の鳥』の猿田というかロックというかロビタというか、正直良く分からんけど永劫回帰とか輪廻転生とかいった意味を込めたいのだと思う。でも、映画を観ているこちら側としては、真面目な優等生が制服のボタンをびっちり喉の上まで止めるような融通の無さというか、飲み会でメモをとるような不器用さというか、真面目さ故にしてしまう間抜けで異形な行動の面白さを感じてしまうんだよね。
なんというのかね。「時空を越えた6つの話を一人6役でやったら凄くない?」と盛りがった小劇団の演劇を観に来た観客どんびき――みたいなツイートを読んだのだけど、お話が普遍的であるが故に一人6役同一キャストの尋常じゃなさが際立つのじゃなかろうか。ジム・スタージェスが韓国人になったりペ・ドゥナが西洋人になったりヒューゴ・ウィービングがおばさん看護婦になったりする異形さというか、すんなり咀嚼できないエクストリームな異物感こそ『クラウド・アトラス』の魅力だと思うんだよね。
マトリックス・リローデッド』や『マトリックス・レボリューション』、『スピード・レーサー』にもこの種の異物感は溢れていた。
ただ、この種のエクストリームな異物感は、映画が持つ本質的な面白さの一つであるのだけれど、決して大衆的ではない。だから、『マトリックス・レボリューション』や『スピード・レーサー』はあまり受け入れられなかったし、『クラウド・アトラス』も決して映画史に残るような映画では無いだろう*2
でも、自分は割と好きなわけだ。
手塚治虫のスター・システムは、描けるキャラのバリエーションの少なさを開き直ったものだった。漫画家の描ける可愛い女の子の顔は一種類しかない、というのは有名な話だ。でも、そういった不器用さが漫画を様々な文脈で読む時の魅力の一つだと思う。
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で、同じ理由で自分は『スピード・レーサー』が好きだし、本作も割と憎めない映画に感じるんだよね。
こういう映画を年に一回は観たいものですな。

*1:ちなみに『踊る大捜査線』劇場版の一般的評価がどんどん微妙なことになっていったのは、映画の中で描かれる官僚主義という敵よりも、映画製作という背景に透けて見える「フジテレビと亀山システム」の方が、どんどん強そうになってきたことと無縁ではない

*2:だからアカデミー賞も獲れなかった