渡辺文樹の王国:第2回渡辺文樹映画祭

すっかり渡辺文樹にハマってしまったのだが、この度高円寺にて渡辺文樹映画祭が行われるという。
この前観た新作の『金正日』に加えて、過去作のほとんどが上映されるという。しかもゲストとの対談つき。これを観ずしてなにを観ろというのか。


そういうわけで先々週の土曜日、一番観たかった『天皇伝説』を観るべく、高円寺に赴いた。



開催場所は油野美術館。高円寺に美術館などあったっけ? という疑問を抱きつつiPhoneに住所を入力し、地図機能にて探す。だんだんと怪しい風俗街に入り込む。するとスーツにスポーツシューズという分かり易い人達が三人くらいで煙草を吸っていて、ニヤニヤしてしまった。いっそのこと彼らに尋ねようとも思ったのだが、目線の先に油野美術館はあった。


油野美術館東京分室は、居酒屋が集まる雑居ビルの二階、10畳ほどのコンクリート打ちっぱなしの部屋であった。贔屓目にいってもギャラリーだ。会場の3分の一をスクリーンと映写機が占め、残りのスペースにパイプ椅子を幾つも並べている。窓は外の光が入らないよう渡辺文樹のポスターで目張りされている。渡辺文樹本人が調整している映写機の横を潜り抜け、既に十数人のムサい男どもが座っているパイプ椅子の列に空きをみつけ、着席する。背後の席にはこれまたスーツにスポーツシューズの男が折り畳んだベンチコート片手に缶コーヒーを飲んでいる。フミキ映画を観るのに、ここまで相応しいスペースがあろうか? いや、ない。


ギチギチに詰まった会場の通路を、一人の幼女がすり抜ける。渡辺文樹の娘だ。壁までたどり着いた娘は、会場の電気を消す。正直に書く。ここで自分は感動してしまった。


暗くなってから、渡辺監督の口上が始まる。今回も公安が劇場の周りを張っていること、「こんな映画」であるのにご苦労さんであること、映画は映画なのでやりたい放題やっていること、あくまで映画であるので楽しんで観て欲しいこと……等々が述べられた。「公安」という言葉が出たとき、笑い声が起こったことは書くまでも無い。


いよいよ上映だ。リールの回る音がいつにも増して大きく感じられる。実際、近いので当然なのだが。



天皇伝説』は『金正日』と同じく、監督のナレーションによるちょっと長めのモキュメンタリー・パートより始まった。新聞記事やニュース映像を上手く引用した映像に、「明治天皇は即位前に南朝の子孫である大室寅之祐と入れ替わった」、「橋本龍太郎南朝の末裔」……といった、思わず「な、なんだってー!」と叫びたくなるナレーションがカブる。この「やりたい放題」なイマジネーションの発露こそ、フミキ映画の真骨頂の一つだ。


と、突然上映が中断する。監督の穏やかだが大きな声が響く。
「そこ、踏んじゃだめだって!」
どうやら途中入場しようとした青年が誤ってなにがしかを踏みつけ、断線してしまったらしい。


すいません、すいませんと謝る青年。まだ若く、学生のようだ。いいから自分で席をみつけなさい、と諭す渡辺文樹。映写機の再調整に忙しそうだ。
ところが会場は激混み状態なので、途方に暮れてしまう青年。上映を中断させてしまった罪悪感もあるのか、自分はここで立ってますと申し訳なさそうに壁に寄りかかる。
それをみて、またもや渡辺文樹の大声が鳴り響いた。
「そんなんじゃ二時間持たないよ!ほら、自分で横のお客さんにすいませんって声かけろよ!」
渡辺文樹が全ての映画青年にとってのアニキになった瞬間だった。


客席の前の方からパイプ椅子がリレーで渡され、客席と客席の間の僅かな隙間にねじ込まれる。なんとか腰をおちつけられた青年の顔はまだドギマギしていた。
突然背後の席の客が携帯電話で話し出す。まだ上映は中断中であるのでギリギリマナー違反ではない。無言の会場に携帯電話の声が鳴り響く。
「はい、はい……分かりました。おい、本庁の人も来るってよ」
全員、半笑いだった。



で、肝心の映画の内容はというと、日本版『ナショナルトレジャー』といった感じ。奥さんの仇である手に火傷の跡がある男を追うアクション映画パートと、えらい緊張感のモキュメンタリー・パートが渾然一体となった怪作であった。
妻殺しの容疑で捕えられ、真相を究明しようと脱獄するフミキ。ヒロインが駆るバイクに二人乗りするフミキ。子供を抱えてヘリから飛び降りるフミキ。
火傷の男の仲間を発見し、ロープウェイにて追い詰めるフミキ。セガール拳のようなフミキの格闘術で男はボコボコだ。死を覚悟した男は客車と自分を手錠で結びつけ、自爆しようとする。ニヤリと笑う男。それが狙いなのだ。ロープウェイは空中の密室。飛び降りようにも地面は遠い。どうするフミキ? このままでは巻き込まれる!
と、そこに下りのロープウェイがやってくる。客室の屋根によじ登り、上りと下りのロープウェイが交差する一瞬を待つフミキ。爆発するのが先か、飛び移るのが先か!
……というアクション・シークエンスが、皆の想像の十分の一くらいのクオリティで描かれるのだが、心眼で観るとドキドキだった。時々、本気で映画的に格好良いカットが出てくるのも良かった。


モキュメンタリーパートはというと、こんなシーンがあった。大室家の生き残りの老婆を訪ねたフミキ。色々と聞き込みをする。ここだけ本当の取材時に録音した音声を使ったらしく、フミキの口調が異なる。役者バージョンのフミキは意識して渋い声を出しているのだが、取材バージョンのフミキというか渡辺文樹は「あのねぇ、おばあちゃんねぇ、◯◯は××なの?」と気安い感じだ。
ところが次のカットにて、いきなりフミキの口調が役者バージョンのそれに戻る。手には一本の白髪が握られている。
「私は老婆の毛髪をDNA鑑定に出した。さる筋から入手した渡辺恒雄の毛髪のDNAと一致した」
フミキが一致したといったら一致したのだ。映画の中では。ここは渡辺文樹の王国だ。



映画館を出ると、件のスーツにスポーツシューズの一団が、煙草を吸いながら話し合っていた。
「だって、実際に映画観なきゃ分からないじゃないッスか」
渡辺文樹の王国が、虚実の皮膜を破って、現実に浸食してくる。そう感じた瞬間だった。これこそが渡辺文樹の映画を観るという行為の、最大の魅力だ。



ただ、白状すると、未だに奥さんが殺された理由と、子供が連れ去られた目的が分からない……