哀と幻想のテロリズム

 そっかー、「ペットを殺された復讐」ですか。いや、私は警察でもなければマスコミ関係者でもないし、勿論厚生労働省の職員でも無いのでテレビや新聞やネットの情報で判断するしかないわけなんだけど、本当に「ペットを殺された復讐」が動機なのだとしたら、もうマジで日本はダメなのかもわからんね。

 最初はさ、同じ「ペットを殺されたから」でも、ちょっと違うニュアンスかと妄想していたんだよね。

刑事:おい、元厚生次官二人とその家族を狙った動機は何なんだ?
小泉:フフ(笑)。いやね、小学生の頃、保健所に飼い犬を殺されてね。その仕返しさ(笑)。
刑事:フザけるな!ちゃんと答えろ!!
小泉:いや、だからさ(笑)。ペットを処分された恨みを晴らす仇討ちさ(笑)。マスコミにもそう発表しなよ(笑)。
刑事:手前!いい加減にしろ!!
ガン!(殴る音)
若手刑事1:ちょっと、ヤマさん!殴っちゃマズいっすよ、ヤマさん!
小泉:ブッ……ペッ(口内に溜まった血を吐く音)。クククク……(笑)。分かってると思うがな、どんなに俺を殴っても無駄だぞ。
若手刑事2:ガチャ(ドアを開けて入室する音)。ヤマさん、大変です!こ、こんなものがダンボール箱の中に!
刑事:ん?な、なんだ……。こ、これはヒトの耳じゃないか!
小泉:クククク……(笑)。さて、厚生次官の○○を呼んで貰おうか。
刑事:おい、小泉!これはいったい誰の耳なんだ!?
小泉:勿論、○○の可愛い可愛いペットの耳さ。
刑事:フザけるな!どう見たって人間の耳だろうが!
小泉:フフフフフフ(笑)。その耳の持ち主は現在、俺しか知らないビルの一室に監禁されている。そして、今日の××時にそこは爆破される。
刑事:……貴様!
小泉:あとは分かるよな?さて、もう一度言おう。厚生次官の○○を呼んで貰おうか(笑)。

……とまぁ、「セブン」と「ダークナイト」がリミックスされたような取調室のドラマを妄想してたわけですよ(笑)!

セブン
ケビン・スペイシー, グウィネス・パルトロウ, モーガン・フリーマン, ブラッド・ピット, デヴィッド・フィンチャー
B000MTON48

ダークナイト 特別版 [DVD]
クリスチャン・ベール, マイケル・ケイン, ヒース・レジャー, ゲーリー・オールドマン, クリストファー・ノーラン
B001AQYQ1M

 でも、如何にこのタイミングで犯人が自首してこようとも、小泉毅は「セブン」ケヴィン・スペイシーとは似ても似つかぬ男で、なんかガッカリしてしまった。小泉改革大失敗!

 いや私はね、前回の日記にも書いたとおり、何がしかの社会を変えようという気概なり、イデオロギーを越えたやむにやまれぬ思いなり、一応は自分の頭で考えた社会へのメッセージなりを持って事件を起こしたんだと思ってたわけですよ。「人殺しが増える」イコール「社会が駄目になる」ということでは全く無いと私は考えているのだけれど、それでも「誰でも良かった」という理由で人を殺す奴で溢れかえるのは不健康だと思うわけだよ。そんな中、この犯人は久しぶりに現れた自警団的な論理で殺人を犯す、健康的な人殺しだと予想してたんだよね。いや、期待していたというべきか。
 でも、33年前に処分された飼い犬の仇を現在、しかも所管違いの厚生省の元幹部を殺すことでとるという論理なわけだよね?キチガイにはキチガイなりの論理があって、それは常人には理解できないという意味で「気が違っている」わけだけれども、でもこれは「偉そうな奴なら誰でも良かった」ということだよね?「俺より金持ちみんな死ね」ってことだよね?……繰り返すけれども、もう日本はマジでダメなのかもわからんねー。

 通常の感覚ではペットを処分されたことの復讐心と事務次官殺害が結びつかないことや、どうやって生計を立てていたかが未だ不明なことや、オウムの村井秀夫刺殺事件なんかを引き合いに出して、小泉容疑者を影から操る第三者がいたと陰謀論を唱えるヒトもいるのだけれど、どうなんかね。その場合、ダンボールに貼った宛名に書かれた殺害予定者も全部フェイクで、血のついた包丁や運動靴も本当の実行犯から譲り受けたりってことなんだろうけれども。

 だけど、数々の隣人トラブルとかタクシーへの当たり屋行為とか、なんかこう、自らの孤独の道を選んだにも関わらず自分の実存に対して言葉を持てなかった中年独身男の類型例みたいな生活を聞くにつけ、いつもは冴えない俺だけどここまですれば15分間だけ有名になれるんだぜ的な動機に過ぎなかったんじゃないかと失望してしまう。

 結局のところ、数年後にこの事件を冷静に振り返ってみると、テロだテロだテロテロだと大山鳴動してキチガイ一匹というオチなのかもしれない。その場合、貧相な生活をおくるおっさんでも世の中を揺るがすほどの影響力を行使しえるというよりも、たった二件の殺人事件にテロリズムを見出してしまう危機管理意識の過剰さの方が浮き彫りになるのかもしれん。単なるパソコンの不調にサイバー攻撃を主張した政治家や、存在しない大量破壊兵器を理由に戦争を仕掛けたアメリカという国家に類するような。或いは、擬似哲学論文を真っ当な論文として認めてしまったソーカル事件のような(ちょっと違うか)。

 これはさ、日々世の中で起きている時事にどういった意味づけをするのか?どのような物語を見出すのか?という問題でもあると思う。溢れんばかりの報道に「意味づけの病」と名をつけて敬遠する人もいるのだが*1、でもこういった「物語化」って我々が人間である限り仕方の無いことだと思うんだよね。現実というのは混沌としていて、それそのものでは掴みどころのないものだ。情報量が多すぎる。だから、現実を理解する為には、「物語化」して、補助線を引き、ある程度情報を整理することがどうしたって必要なんだよな。あるがままの現実をあるがままに理解できるほど人間の処理能力は高くない。それは昔も今も変わらない。創世神話も芸能ゴシップも「物語」という意味では変わらない。それによって失われるものもあるけれど、全く理解できないよりはマシだ。
 宮崎勤酒鬼薔薇聖斗や加藤智大や小泉毅のことなんて理解したくもないなんて返されればそれまでだが、そう返す人は自分の心の中にある宮崎勤酒鬼薔薇聖斗や加藤智大や小泉毅に繋がる種に一生気づかないままなのだろう。理解しようという努力を放棄したら、理解できる部分まで棄て去ることになってしまう。

 ただその小泉毅も、自身が生んだ物語に影響されたってところは確実にあるとは思う。警視庁に出頭する直前、階下の住民にエロDVDを「もう必要ないから」とプレゼントしたってのは、実に味わい深いニュースだった。ジョークを飛ばしながらピンチを切り抜けるアクション映画の主人公みたいな、「こんなギリギリの瀬戸際でも茶目っ気を忘れないオレ」みたいな気分だったんだろうなぁ。渡された兄ちゃんもボサボサの短髪&小太りと、実に中年独身男っぽくて、きっと「あんまり知らないけど、コイツだけは仲間!」と思ってたんだろうなぁ。
 でもそのエロDVD、民放ではきちんと「アダルトDVD」と報道されていたのが、NHKでは「娯楽用DVD」となっていて、なんだか哀しかった。きっと小泉毅も哀しいのだと思う。