Zになる前のももクロ:『NINIFUNI』

真利子哲也監督の前作『イエローキッド』がたいへん面白かったので、渋谷まで出張って『NINIFUNI』を鑑賞してきた。昨年の夏に三本立ての一つとして上映されたらしいのだが、その際は見逃したのだ。



芸術とは何か。ありふれた物語をありふれていない手法で語ることが芸術であり文学であり表現であると定義するならば、『NINIFUNI』はまごうこと無き芸術ということになるだろう。


それくらい、本作のプロットはシンプルだ。宮崎将演じる青年がある理由から地方都市を彷徨い、海岸に辿りつく前半。その海岸でプロモーションビデオを撮影するももクロことももいろクローバーとそのスタッフが描かれる後半。
――前半は、完全に台詞無しで描かれる。青年の心の内を語るのは、うんざりするくらいにファスト風土な地方都市の風景であったり、国道沿いを行き交うトラックの虚無的な轟音であったりする。冷めたポテトをまずそうに食う表情であったり、次第に焦点の近くなるピントであったりする。血のように赤く禍々しい夕刻の空の色だったり、逆光で映る青年のシルエットであったりする。
映画が他のメディアと最も異なる点は、映像で物語を語れる点にある。リュミエールの昔から『裸の島』や『WALL-E』、『ダンス・オブ・ダスト』や『エッセンシャル・キリング』、『猿の惑星:創世記』に至る現在まで、台詞によらない映像表現は映画の華だ。
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一方、後半で描かれるももクロのPV撮影シーンがまるで別世界のようかというと、そうでもない。冷たい風が吹きすさぶ冬の海と、それに耐えるように黒いベンチコートを羽織っているももクロメンバーやスタッフたちは世界の厳しさを物語っているかのようだ。しかし、PV撮影シーンでは、そんな厳しい世界がまるで楽園ように変わる。
青年の世界とももクロの世界――二つの世界は分断されている。世界を隔てる車のガラス越しにPV撮影の音がうっすら聞こえてくるカットが、本作のクライマックスとなるだろう。


監督の立ち位置はももクロではなく青年の側にある。或いは、青年の乗る車を発見しても黙っているプロデューサーにあるのかもしれない。そして、普通にみれば、映画の狙いは前半と後半の比較や、映画の外にある現実を反映したなにごとかを描くことにあるように思える。それにより、言語化し難いが胸に突き刺さるようななにごとかが生まれ、映像からメッセージを読み取れる人間――すなわち観客の心の中にはなにごとかが確実に残る。秀作といって良いだろう。



だけど、一方で、こうも思うんだよね。


果たしてアイドルってのは、虚ろな目で国道沿いをうろつく青年と比較されるほど、明るい世界に住んでいるのだろうか。持て囃されるのは一時期だけで、搾取され消費された結果、年齢的にもメディア的にも旬の時期が過ぎれば忘れ去られる、儚い存在なんじゃないだろうか。
自分は全然アイドルに詳しくないのだけれど、ライムスター宇多丸の『マブ論』の主旨はそのようなものだったと記憶している。で、おニャン子クラブモーニング娘SDN48の現在をみるにつけ、この見立てはどれほど間違ってないと思うのだ。
桜に花火にホタルに雪。日本人は、儚いものが大好きだ。祇園精舎の鐘の声。皆、一年のうちたった数日だけ満開になる桜に美しさを見出すように、一生のうちたった数年だけ輝くアイドルを慈しんでいるのではなかろうか。
そして、夏や冬に桜の樹をみて満開の姿を想像して楽しむように、機会あれば「元アイドル」を思い出す。そういえば昨年、田中好子が亡くなった。アイドルがブレイクし、一世を風靡し、その後女優になったり引退したりした後、一生を終える、その全てが記録される。彼女は「アイドルの一生」のモデルケースとなりうるのかもしれない。


当のアイドル自身もそのことに気づいている。国道沿いを彷徨う青年が、自分の未来に気づいているように。
そう考えると、本作に出演するのがももクロZではなく6人いた時代のももクロであるという事実は象徴的だ。最近、深夜に再放送されている『未確認少女ウレロ』で立派にコメディエンヌぶりを披露している早見あかりをみるにつけ、アイドルには遅かれ早かれ「終わり」が来るのだなぁと思う。


『NINIFUNI』の劇中、色温度が人工的に変換された海岸でえびぞりジャンプを繰り返すももクロメンバーを思い返すに、本作は、お先真っ暗な青年と明るいアイドルの対比を表しているのではなく、どんなに素晴らしい一瞬もいつかは終わるさまを冷徹に描いた映画なのかもしれない。この世の全てはうつろいゆく。この世とあの世が邂逅する冬の海岸を舞台に、諸行無常の現実を、青年とアイドルの二点でスケッチした、哲学的な映画なのかもしれない――などと思ったり、思わなかったり。



そうそう、真利子監督の前作『イエローキッド』は下記DVDに収められている。名作だと思うので、気になる人はチェックだ。
東京藝術大学大学院映像研究科第三期生修了作品集 2009[D
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本作もきちんとDVD化されるかどうか分からんので、興味持った人は無理しても映画館に行ったほうが良いぞ。