武富健治の別の同じ顔

 昨年我が家の近くに図書館がオープンしたのだが、図書館といえば紙魚まみれの古い本が埃まみれで貯蔵されていると思いきや、新設故か新刊本多数の侮れないラインナップで、貧困に喘ぐ我が家はよく利用している。DVDや絵本もガンガン借りれて、大人も子供も大喜びだ。


 そんな私立図書館が現在強力にレコメンドしているのが理論社の「よりみちパン!セ」という児童向けの新書みたいなシリーズなのだが、その中の「「悪いこと」したら、どうなるの?」という一冊に「鈴木先生」でお馴染みの武富健治が漫画を書き下ろしていた。


「悪いこと」したら、どうなるの? (よりみちパン!セ 33) (よりみちパン!セ)
武富 健治
4652078331


 本文は少年犯罪を扱った内容で、武富もそれに合わせて漫画を書き下ろしているのだが、この内容が凄い。クラスメイトを殺めてしまった主人公を軸に様々な人物の視点による断片的なエピソードを重ね、被害者も加害者もその家族も皆血走った目で人生を呪う台詞を吐きまくり、もしキミが少年犯罪を起こしてしまうとキミの周りの人間は全員不幸になってしまうぞ!ということを、僅か32ページで描ききるという、強烈なものであった。


 「鈴木先生」がヒットする前の武富健治は「実話ナックルズ」なんかで原作つきの読みきり短編を書いていた。また、アフタヌーンや同人誌なんかでも文芸臭漂う小品を発表していて、「屋根の上の魔女」などの短編集でそのうちの幾つかは読めるのだが、そのどちらとも違うんだよね。完成度が全く違う。なんというか、武富の内部には「鈴木先生」以外にも違う世界がまだまだ沢山あって、昔は拙い形でそれらを外に放出していたのだが、「鈴木先生」でそれらを上手く外部に出す技術を学び、その結果として強い力で読者の心に飛び込む短編が出来上がった、という感じか。

実は、昨年の夏にお話を頂いて、以来、藤井さんたちの取材に同行して、さまざまな場所や人物に触れてきました。
もともとは藤井さんや編集部の用意した原作で、作画を、位の感じだったのですが、半年の間に深く入り込んでしまい、もうこうなったら自分でネームから立ち上げて描くしかないと…

http://www.oxna.net/saisin.html

 「鈴木先生」のファンは必読だ。


 そうそう、この漫画の持つ異様な迫力とインパクトにヤラれてしまうせいか、続く藤井誠二による本文をちょっと味気なく感じてしまうのが本書の欠点といえば欠点かもしれない。いやね、この「よりみちパン!セ」というシリーズは中高生向けと見せかけて実はもっと上の世代、具体的に言うとサブカル好きな20代なんかもターゲットにしてると思うのだけど、藤井誠二はマジで中高生向けに書いていて、その結果中高生が読んでも逆に面白くないものになってしまった気がするんだよね。いや、単に私の好みかもしれないけど、ある程度文章の上で唄って踊っているみうらじゅん森達也鈴木邦夫の方が面白かった。


世界を信じるためのメソッド―ぼくらの時代のメディア・リテラシー (よりみちパン!セ)
森 達也
4652078218


失敗の愛国心 (よりみちパン!セ 34) (よりみちパン!セ)
鈴木 邦男
465207834X


 ちなみにこの「よりみちパン!セ」、最新シリーズとなる第V期では西原理恵子杉作J太郎叶恭子という、「Quick Japan」や「hon-nin」なんかの読者にはスルーできない面子が書き下ろしているのだが、今後予定されている松江哲明安野モヨコなどがどういう内容で書き下ろすのか、楽しみで仕方がない。


この世でいちばん大事な「カネ」の話 (よりみちパン!セ) (よりみちパン!セ)
西原理恵子
4652078404

叶恭子の知のジュエリー12ヵ月 (よりみちパン!セ)
叶 恭子(挿画) 100%ORANGE(表紙)
4652078374

恋と股間 (よりみちパン!セ)
杉作 J太郎
4652078382