ロスト・イン・アニメーション:『りこん猫』

そういうわけで、ニコ生マクガイヤーゼミ「16歳以上が観るべき『ガンダムビルドファイターズ』」無事に終了しました。ニコ動とYoutubeにもアップされました。


番組内でも言及した通り、『ビルドファイターズ』は最近のロボアニメとしては珍しく作画にCGを用いておらず、大張正己作画のバリガンダムがバリバリ動いたり、咆哮するかのようにポーズを決めたり、海老ぞりした後カメラアイから光が流れたりと、これぞロボアニメという作画が魅力の一つだったわけです。
大張正己 画集 ロボ魂-ROBOT SOUL-
大張 正己
4797370033

機甲戦記ドラグナー』放映時、自分はちょうど模型誌を読み始めたころで、明らかにデザイン画と異なるけれども格好良いバリグナーについてやんややんや言われていたことも記憶に新しい(おっさんな)わけですが、大張正己作画のガンダムがバリバリ動いて人気を博していることに隔世の感があります*1。いや、「バリグナーの方がカッチョ良いに決まってるだろ!」と口角泡を飛ばしていた中学生の自分に教えてあげたいですね。



そんな大張正己氏に関連して紹介したい一冊があります。


大張正己石田敦子と結婚していた時期がありました。石田敦子は『マイトガイン』や『レイアース』のキャラクターデザインや作画監督で有名な元アニメーター*2・現漫画家です。二人が結婚していたことを自分が知ったのは離婚した後なのですが、勇者シリーズを見返すと、夫婦で作画に名を連ねている回が何度もあって、ニヤニヤしてしまいます。
大張正己石田敦子はあんまりアニメを観ない自分でも知っているくらいビッグネームなアニメーターです。
りこん猫 (ねこぱんちコミックス)
石田 敦子
478593106X

Wikipediaをみると、そんな二人が離婚した経緯が『りこん猫』という漫画に描かれているに記されているではありませんか。石田敦子の漫画は『アニメがお仕事』しか読んだことありませんが、出歯亀根性丸出しでAmazonにて注文してしまいました。


ロスト・イン・トランスレーション [DVD]
ソフィア・コッポラ
B0000YTR5K

リエーター同士の離婚の経緯というか、離婚に行き着くまでのあれやこれやを描いた作品いえば、まず思い出してしまうのがソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』です。
この映画、夫であるスパイク・ジョーンズに連れ添って来日したものの、夫が『ジャッカス・ザ・ムービー』のために裸で踊ったりワサビを鼻から入れてゲロ吐いたりする仲間達とワーキャー言いながら撮影していた陰で、異国のホテルに一人取り残されて寂しい思いをした経験を活かしたものと言われています。


自分は、石田敦子の『りこん猫』もそのような作品だと思ってたわけですよ。つまり、大張正己が仲間達と肩とアゴが張り出したロボットを描いて「カッチョ良いぜ!」と叫んだり、巨乳キャラの乳を如何に揺らすかでワーキャー言いながらアニメ作りをしている一方、家に一人とりのこされた石田敦子が孤独の中で家事をする恨み節を描いた漫画かな、と勝手に想像していたわけです。
しかし、違いました。


流産をした半年後に猫を飼い始めたエピソードから始まる本書には、元旦那である「O君」への恨みつらみは一切ありません。むしろ「相変わらず男らしい」だの「」だの、気持ち良いくらいの言葉が並びます。
離婚した理由としては「仲が良くなりすぎて夫婦としては失敗した」「友達か姉妹のようだった」「仲がいいという安心感から夫婦として形を作る事を二人共怠ったのだ」と記されています。「仲が良いなら離婚しなければいいじゃないか」……と、童貞の頃の自分なら思ったことでしょう。
けれども、なんだかんだ言いながらも結婚生活を十数年続けた今の自分なら分かります。「仲が良すぎて離婚した」というのは、「仲が良すぎて離婚の原因について具体的に描けない」ということなのです。
しかし、本書のテーマは表題通り「離婚と猫」でしょう。その後、猫の死や老いについてのいかにもなエッセイマンガが続き、再度猫の死が描かれ、「離婚はしたけど結婚してよかったな」という言葉と、飼っていた、そして飼っている犬や猫への感謝で作品が終わります。離婚にまつわるあれやこれやは、離婚前から飼っていた猫たちのあれやこれやで表現されている――そのような解釈は、うがった見方では決してないでしょう。


是非『ガンダムビルドファイターズ』と一緒に楽しむ……のは難しいと思いますが、『監督不行届』で庵野秀明の新たな魅力が知られたように、大張正己の知られざる側面を垣間見たような気がしました。



一方、本書を単なるペットを題材としたエッセイ漫画として読んでも、それはそれで面白いです。『りこん猫』は「ねこぱんち」という猫漫画専門雑誌*3で連載されていたそうなのですが、猫との出会い、日常、別れ……をありがちなようでいて石田敦子にしかできないやり方で描いています。
谷口ジローの『犬を飼う』や須藤真澄の『長い長いさんぽ』と同じような魅力があるのではないでしょうか。
犬を飼う (小学館文庫)
谷口 ジロー
4094150013

長い長いさんぽ ビームコミックス
須藤 真澄
4757725949

もっとも『長い長いさんぽ』に時々出てくる妄執のような愛とはまた違っていて、『アニメがお仕事』と同じく、真面目さからくる重さがたまらない作品なわけです。
愛するペットが死んだ後、「もう二度とペットを飼いたくない」と思う人は沢山います。きちんとペットと向き合った日々を送ったなら、ペットロスにならない方がおかしいでしょう。
しかし本書の主人公――つまり石田敦子は、そのようなことを踏まえた上で、「幸せに出来るかもしれない一匹をまた迎えてもいいのでは」と思うのです。
なんというか、石田敦子の人間としての強さのようなものを感じてしまう作品でした。

*1:すんません『SEED』と『AGE』は真剣に観てません

*2:今でも多少アニメの仕事をしていますが

*3:ガンダムエースというガンダム漫画専門雑誌が存在していることに比べれば、このような雑誌が存在することは驚くに値しない