俺が本当のCG映画ってやつを食べさせてあげますよ:『プレーンズ』と『くもりときどきミートボール2 フード・アニマル誕生の秘密』

山岡「小泉局長、俺をお呼びですか」
小泉「おう山岡。実はおまえに頼みたいことがあってだな」
山岡「なんですか」
小泉「実は、俺の親友の家庭のことで折り入って相談があるんだ」
山岡「なんだ、会社の仕事じゃないのか」
栗田「まぁ。完全に公私混同じゃない」
山岡「そうですよ。局長の個人的な用件を聞く理由なんてないですよ」
小泉「五月蝿い! おまえみたいなグウタラ社員を飼ってやっているのは、こういう時に働いてもらうためなんだぞ!」
山岡「うへえ」
栗田「なんて理由なの!」
富井「山岡、局長の言うとおりだぞ。おまえみたいなやつが会社にいられるだけでもありがたく思え」
山岡「はいはい。それで、どんな相談なんですか」
小泉「うむ。実はその親友の息子のことなんだが、映画の好き嫌いが激しいそうなんだ。特に、洋画のCGアニメが大嫌いらしい」
山岡「ほう。CGアニメ嫌いですか」
栗田「偏食が激しいのね」
小泉「そうなんだ。あのくらいの年頃だったら、特定のジャンルにこだわらずバランス良く映画を摂取していかなくてはならない。それが自分というものの土台を作っていくものだ。それなのに、頑としてCGアニメを観ないというんだ」
山岡「それは問題ですね」
小泉「詳しい話を聞くために明日親友の家に行くんだが、付き合って貰うぞ」
山岡「でも、明日は競馬が……」
小泉「五月蝿い! これは業務命令だ! 明日、来なかったら馘だからな!」
田畑「こんなときに役に立たないんならぶっ殺してやる!」
山岡「ひでえ」



翌日



子供「うええええん。嫌だよう、嫌だよう。バタくさくて大味なCGアニメなんて観たくないよう」
父親「お恥ずかしい。ご覧のありさまでして」
子供「夕方のテレ東でやっているカードゲームの販促アニメか、深夜にMXテレビでやってるえっちぃアニメが観たいよう」
栗田「まあ、これはひどいわ」
山岡「お父さん、お母さん。この子がこんなふうになってしまったのには、必ず原因がある筈です。普段、どんなCGアニメを観せているんですか?」
父親「はい。おい、おまえ。先週この子に観せたCGアニメは何だったっけ?」
母親「たしか『プレーンズ』というアニメだったわ」
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富井「おお。ピクサーの名作『カーズ』の続編ですね。面白くないわけないでしょう」
山岡「ふうん『プレーンズ』ですか……実際に観てみないとわからないな。よし、これから皆で近くのシネコンに観に行きましょう」
富井「いや、会社の金で観る映画は最高だね」
小泉「経費で落ちるわけないだろ。自己負担だからな。まさか君、いつもそんな風に遊興費を経費で落としているわけじゃないだろうな」
富井「ひええええ。局長、冗談ですよ、冗談」


二時間後


父親「どうでしょう。息子に観せたのと同じ『プレーンズ』です」
小泉「フム……」
富井「世界の名所をめぐるレースは楽しいし、キャラクターはみんな個性的だし、面白いじゃないですか!」
栗田「つまらなくはないけど……なんだか風味が少し」
山岡「この子の言うとおりですよ。この映画はできそこないだ。食べられないよ」
マーク「な、なんですって」
母親「まぁ、どうしてなんです? こんなに面白いじゃないか」
山岡「確かにこの『プレーンズ』は、<商品>としてはよくできている。しかし、<作品>にはなっていないんだ」
小泉「山岡、どういうことだ?」
山岡「未だ才能を開花させていない世間知らずの若者が、魅力的なヒロインや個性的な友人や隠者のようなメンターやレースという戦いを通じて成長するという話は『カーズ』と同じだね。だが、その要素一つ一つがことごとくつまらない。主人公の動機を映像で描いていないから、予選のレースが全然盛り上がらないし*1、『カーズ』のように自分たちが住んでいる山河への愛着とかルート66への畏敬とかアメリカンウェイとかいった<大事な何か>を主人公が学ぶシーンがないから、レースの勝敗を無視して参加者を助けるという行為に意味が感じられない。
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富井「な、なるほど」
山岡「だいたい<一般労働者がエリートに勝つ>というのがテーマなのだとしたら、主人公のアイデンティティだった筈の農薬噴霧器を取り外したまま終わるってのはどういうことなんだ。あのシーン、伏線かと思っていたら、本当にただ外しただけだったのは腰砕けものだね」
小泉「確かにあのシーンは思わせぶりだったわりに、あまり意味が無かったな」
山岡「これは俺の勝手な想像なのですが、おそらく当初は<ピクサーみたいなエリートじゃない自分たちが映画を作る意味>という思いを込めたかったんじゃないんですかね。でも、プロデューサーやスタジオとの勝負に負けてしまったのではないかと」
父親「ええー!」
母親「この映画、ピクサーの作品じゃないんですか?」
山岡「『カーズ』はピクサー作品ですが、『プレーンズ』はディズニートゥーン・スタジオズが作っているんですよ」
参考:ピクサー作品ではありません。ディズニー映画「プレーンズ」 - エキサイトニュース(1/3)
栗田「本当だわ。<『カーズ』の世界が、大空に飛び出す!>なんてコピーだから、分かり難いわね」
山岡「俺の知り合いの自主映画監督が、こういう映画のことを<幕の内映画>と言っていましたよ。最初はエッジの効いた激辛カレー一本でいくはずが、激辛嫌いな人のために甘口も入れよう、カレーうどんも付けよう、カツ丼やお新香も……となって、最後は可もなく不可もない幕の内弁当を出す店のできあがりというわけさ」
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父親「大人は……みんな見た眼とブランドで騙された。しかし、少年の純粋な心は騙されなかったということか……」
山岡「<商品>だけど<作品>じゃないってのはこういうことですよ。上司や顧客の要求通りに作る。でも、本当に大事なもの――自分がこの映画を通して何を伝えたいかというのは入っていない。
『カーズ』にはそれがありました。自分たちが住んでいる山河や使っている道への愛や、ピクサーという会社で映画を作ることで何を実現したいかがきちんと描かれていた。だから『カーズ』の結末はレースの一位よりも先達者への敬意をとるというものだったのです。それがこの『プレーンズ』ではどうですか。それまで助けてきた仲間がお返しに助けてくれて、見事優勝する。普通ですよ。可もなく不可もない。おまけに、映画を通して皆に伝えたいものがない。
結果として、快楽原則だけで作った映像が続くんです。同じ続編でも、『トイ・ストーリー3』や『モンスターズ・ユニバーシティ』のように、ドラマを語るために映像の気持ちよさを犠牲にした歪なカットが『プレーンズ』にはほとんどない*2。だから観客が心を重ねられない映画になってしまうんです」
小泉「ふむ……確かに、魂のないCG映画は、人口のまがい物といった感じがするからなぁ」
山岡「そしてこの化学調味料の使い方のすさまじさときたら舌が麻痺するぜ!」


山岡「魂のない映画は○○というくらい危険なんだ。例えば、この成分表示表を見て欲しい。(中略)これらは全て、1日1トン摂取すると死に至ると言われている」
栗田「何ですって! そんな危ないものがCG映画に入っているの!?」
山岡「それだけじゃない、ここに書いてある(中略)これもやはり、1日にプール一杯分摂取すれば確実に死ぬね」
富井「こんな危険なものを、どうして映画館でかけることができるんだ!? 取り締まるべきだろう!?」
山岡「それは、文部科学省の怠慢が原因なんですよ。(中略)この国の政治家はどうかしているとしか思えない」
栗子「私達は、知らず知らずのうちに、猛毒と同じ様なものを食べさせられていたのね……映画業界を見れば見るほど、日本人に絶望してしまうわ」
母親「山岡さん、それならどんなCG映画を子供に観せてやれば良いんでしょうか」
小泉「そうだぞ、山岡、おまえの言っていることはもっともだが、それだとこのシネコンでやっている映画の大半が当てはまるんじゃないか?」
山岡「ちょうどいま、絶好のCG映画が公開されています。お子さんも一緒に、観てましょう。俺が本当のCG映画ってやつを食べさせてあげますよ」
栗田「山岡さん、なんて映画なの?」
山岡「ソニー・ピクチャーズ・アニメーション製の『くもりときどきミートボール2 フード・アニマル誕生の秘密』という作品だ」
富井「この年齢になると一日に映画二本は辛いなぁ」
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二時間後



子供「美味しい! これ本当にCG映画なの!?」
母親「まぁ、この子が自分からCG映画を食べるなんて…」
山岡「これが本来のCG映画の味なんです」
父親「いつも観ているCG映画の味とは雲泥の差だ」
母親「食べ物が生き物になって、大企業が悪者で……まるで『アバター』だけど、CG映画特有の嫌味な子供向けの匂いがちっとも無いのよ!」
小泉「その悪役も凄いぞ。チェスターVという社長はどこからどうみてもスティーブ・ジョブズで、皆が憧れるリブコー社ってのはまるでアップルだ。ジョブズやアップルへの悪意の塊じゃないか」
山岡「この『くもりときどきミートボール2』は題名通り、『くもりときどきミートボール』の続編です。まず、前作の大きな魅力だった<巨大な食べ物が天から降ってくる>という表現を繰り返さず、きっぱり諦めたのが潔い」
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富井「まだレースに拘っていたり、同じキャラクター配置をしてる『プレーンズ』とは対照的だな」
山岡「更に、小泉局長が仰ったように、前作に続いて世の中への悪意たっぷりなのが良いね。アップルやスターバックスはイケてるブラック企業という言説があるけれど、耳障りの良いキャッチフレーズでやりがい搾取するカリスマ経営者と、その下で自己実現を目指して自己啓発に励むほど家族や友人と断絶してしまう主人公というのは、実に現代的なテーマだよ」
小泉「山岡、これは市販のCG映画とは全く別物だぞ。一体、作り手たちはどんな魔法を使ったんだ?」
山岡「魔法なんかじゃありませんよ、小泉局長。真面目に、時間と予算をかけて、<商品>ではなく<作品>を作ろうとすれば、こういう映画ができるものなんです」
富井「ひええ、たかがCG映画に、そんなにお金と手間をかけるとは…!」
小泉「いやはや、何と贅沢な……」
栗田「美味しさと香りのタペストリーだわ!」
山岡「CG映画は、手間隙と金を惜しまなければ、本当に美味くなるものなんだ。だけど、ほとんどの制作会社はその手間と金を惜しんで安易な続編やシリーズもので商売をしている。だから本当に美味いCG映画は少ないんだ。嘆かわしい事だよ」


栗田「この映画も続編だけれど、主人公が途中で仲間を裏切っちゃうじゃない。勿論、最後にはハッピーエンドになるけれど、前作であれだけ仲良くなったくせにそれをひっくり返すのには驚いたわ」
小泉「しかも、そのカリスマ経営者が最後には……。さっぱり描いているけれど、結構死人が出ている話だよな。子供向けにしては珍しい」
栗田「前作の魅力だったあっと驚く伏線の回収やチームワークでの活躍があまりみられなかったのも残念だったわ」
山岡「『くもりときどきミートボール』のテーマは<ギークの社会化>なんだ。日本風にいえば<オタクの社会化>といってもいいかもしれない。異能力を持った変人である主人公が社会とどう折り合いをつけるか――自分の異能力をどう社会で活かすか、がテーマだ。この映画の作り手は当然ギークなわけだけれども、CGアニメ映画という映画業界ではある種異端の映画を作る自分たちとか、ピクサーやドリームワークスといった巨大大陸に比べたら孤島であり異郷であるソニー・ピクチャーズという島に住んでいる自分たちとか、様々なレベルで自分たちのテーマを反映させているわけだ。だから主人公だけでなく、ヒロインも眼鏡をかけた自分こそが<本当の自分>だと発見したりする」
富井「な、なるほど」
山岡「そう考えると、『2』の悪役がピクサーの創設者ジョブズそっくりというのは意味深すぎるほど意味深だよ。中盤、主人公とチェスターVが<クラスのリア充に虐められた>という共通体験を手がかりに、一瞬だけ心を通じ合わせて<伸びるパンツ>で宙を舞うシーンがあっただろう? 何者でもなかった主人公が自分の<影>に打ち勝って<大人>になるというベタな物語を語るのならば、あそこで二人があんなにも仲良くなり、その後主人公が仲間を裏切るなんて展開、必要ないだろう。でも、この映画が<商品>ではなくて<作品>と考えれば納得できると思わないか。
最後、チェスターVがあんなことになるのも、そう考えれば納得だ。なにかを本気で憎むことができない人間には、なにかを本気で愛することなんてできないんだよ。ギークがようやく家を出て社会に参加したのが『1』なら、『2』はその社会でギーク自己実現に挑戦する話なんだ。作り手の現状を語っている話ということなんだ。<君のアイディアが世界を変えるかな?>というチェスターVの台詞を跳ね除けて、<既に変わっていた世界>に気がつく話なんだ
これはまたしても俺の勝手な想像なんだが、おそらく一作目が思わぬ高評価だったことから、ピクサーやドリームワークスといった<大陸>から色んな引き抜きやらカマかけやらがスタッフにあったんじゃなかろうか。そういったことを反映させたのが、あのシナリオなんじゃないか。そんなことを俺は考えたね」
小泉「確かに面白かった。面白かった……けれど、子供に作り手のそういった思いというのは伝わるものなのかね? ソニー・ピクチャーズが持つピクサーへの屈託とか、<商品>と<作品>の違いとか、子供には理解不能なんじゃないか?」
子供「僕、このCG映画なら毎日でも平気だよ!」
山岡「局長、確かに子供には作り手のそういった事情とか思いとかは100%伝わらないかもしれません。それでも、そういった思いがあるかないかで映画のクオリティは大きく左右されてしまうものなんです。子供の心に<この映画はどこか普通と違う>という<種>みたいなものを残せれば、それで成功なんですよ」
小泉「なるほど、確かにそうかもしれんなあ」
母親「このCG映画なら、安心して家族に食べさせる事ができますわ」
富井「私も自分の息子に観せてやろう」
栗田(……おかしい。なんだろう、この胸騒ぎ。山岡さん、なんだか大切なことを忘れているような……)



ドス・ドス・ドス



富井「な、なんだこの足音は?!」
雄山「下賤なシネコンで小鳥が囀っているかと思えば、おまえか士郎。まったく下衆な映画をそこまでもちあげおって」
小泉「ゆ、雄山?」
栗田「なんて偶然なの?!」
山岡「雄山、どういうことだ?」
雄山「フン、貴様は何もわかっていないようだな……士郎、おまえの褒める映画を観ると、そこには人間として決定的な弱点があることがわかる。私のみたところ、おまえは大事な点を二つ見落としているようだ。この映画……『くもりときどきミートボール2』の抱える決定的な問題点に気がついていない」
父親「問題点……ですと?」
富井「最高のCG映画じゃないか」
山岡「ふざけるなよ、雄山。俺がなにを見落としているっていうんだ」
雄山「ふん、それなら教えてやろう。まずは一つ目だ。
確かにこの映画は前作と関係ないスタッフが作った続編としては比較的マシな部類に入るだろう。『カーズ2』や『プレーンズ』のように、お仕事で作られた安易な続編やスピン・オフとは違う」
小泉「なんだ、海原さんも理解してくれてるじゃないか」
雄山「だが、作品であるかどうかと、優れた映画であるかどうかは別の問題だ。たとえば、この映画はフードアニマルをフードバーに加工して売り出そうとするチェスターVが悪者だが、それならこの映画の人間たちは何を喰って生きているんだ?」
小泉「それは……普通の食べ物でしょう?」
山岡「そうだ。しかも主人公の父親がフードアニマルたちとイワシを釣ったり食べたりするシーンはフード理論的に……あっ!」
雄山「そうだ士郎。やっと気づいたようだな。ダサいイワシは食べても良いのに可愛いフードアニマルを食べてはいけないなんて、人間の――この映画の作り手たちの勝手な都合にすぎん。あの卑しい反捕鯨団体どもと同じ欺瞞だ。フードアニマルを食べるという行為は、この映画のリアリティラインでは殺人にも等しい大罪だが、前作では同じ機械から作られたステーキやらミートソース・スパゲッティやらを美味しそうにパクついていたではないか」
山岡「そ、それは……この映画の食べ物はあくまでギークの才能のメタファーであってだな……」
雄山「お前の勝手な理屈ではそうだが、実際に映画の中でそう描いていたか? この映画のオイル・サーディンとフードバーに、食べ物としての貴賤の違いがあったか? お前の言うようにクオリティの高い映画なら、しっかりと描き分けているはずだろう」
山岡「うううぅ」
栗田「悔しいけど海原雄山の言う通りだわ」


雄山「更に二つ目。お前はその童に大事なことを確認していない」
山岡「な、なんだというんだ」
雄山「果たしてその童は前作を観たのか?」
栗田「あっ!」
小泉「なんと」
富井「ううーっ!」
山岡「……し、しまった!」
栗田「ど、どうなの、ボク?」
子供「え? 『1』が公開された時、ボクは映画館に入れなかったから観てないよ。DVDも一人じゃ借りれないし」
雄山「ふははははー! お前のいうギークの社会科やら<作品>やら<種>とやらも、前作を観ておらねば仕方がない。伝わるものも伝わらんな。だからおまえは人間として決定的に駄目だというのだ!」
山岡「……くっ」
雄山「映画を芸術まで高める条件は、それは唯一、人の心を感動させることだ。そして人の心を感動させることが出来るのは、人の心だけなのだ。材料や技術や予算や時間だけでは駄目だっ!! それが分からぬ人間が究極のメニューだなどとぬかしおって、おまえには映画を語る資格はないっ!悔しかったら、マシュマロにマジックで顔でも描いて食べてみることだな。わあっはっはっ!!」
富井「すまん山岡、私もまだ『1』を観てないんだ。でも、面白かったよ」

*1:画面分割なんて余計なことをやっているし

*2:唯一、夜の飛行場でスキッパーが物思いにふけるシーンくらい