最近のお薦め漫画

何故だか理由は分からないのだが、ここ最近、90年代に活躍していた(あるいは有名になった)漫画家の力作が相次いで発売された。
桜玉吉の数年ぶりの単行本については前エントリで紹介したが、他も面白かったのでご紹介したい。
おばけアパート・前編 (TH COMIC Series)
ねこぢるy
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ねこぢるyこと山野一11年ぶりの単行本。
自分はねこぢる作品が好きで好きで堪らず、『ぢるぢる旅行記』に憧れて思わずインド旅行に行ってしまうくらい好きだった。誰でも若い頃は社会で当たり前のものとされている常識や規範に反発するものだが、そういったものに反発するのではなく最初から囚われていないかのような内容に度肝を抜かれたのだ。まるで幼児のように悪意なく虫を殺すかのように、予定調和を裏切って残酷なシーンやキャラクターの死が描かれるのも驚きだった。交通事故で死んだ女性の眼を覗きこんで何かが分かったような気分になったり、父が深海魚を買うために家を売り払ってしまい母の気が狂ったり、虫けらに裁判で死刑を宣告したりといったお話が可愛い画で描かれることに戦慄したのだった。
ねこぢるが漫画家としてブレイクし、仕事量と作品数が増えるに従って、そういったプリミティブな魅力は薄くなっていった。代わりに立ち上がってきたのは漫画作品としての完成度だ。作家としての成熟が感じ取れて、これはこれで悪くなかった。
ただ、ねこぢる――橋口千代美が亡くなった後、旦那であるねこぢるyこと山野一によって描かれた『ねこぢるyうどん』はイマイチだった。死後の世界――亡くなったねこぢるのことがテーマなのだろうなあということはなんとなく感じ取れたものの、デジタルによる作画と幻想的すぎるストーリーがねこぢる時代の作品群とはかけ離れていた。一方で、『四丁目の夕日』のような山野一が本来持っていた魅力的な悪意も感じ取れなかった。山野一が共同創作者としてねこぢる作品にかなりの部分まで関与していたことは有名だが、もう自分が好きだったねこぢる作品も山野一作品も読めないのだなと残念に思ったと共に、それほどまでの傷をクリエイターに与える「自殺」というイベントの恐ろしさを思い知ったものだった。


そして11年(『インドぢる』を含めれば10年)ぶりに発表された本作である。『ねこぢるyうどん』と同じく本作も死後――おばけがテーマであるが、まず写真や画像を加工したようなCG作画でないことが嬉しい。冒頭から執拗な描き込みが続き、作者が漫画を描く喜びに溢れているのが分かる。

更に、にゃーこやにゃっ太といったこれまでねこぢる作品に登場してきたキャラクター以外は、山野一が本来持っていたタッチ*1で描かれているのも驚きだ。風呂なしトイレ共同のアパートに若い女性が住んでいたり、ウエハースサンドを包丁で切っていたり、テレビで『8持だよ全員習合』がやっていたりといった描写で時代設定を表していたり、「たらいじじい」や「妖怪」や「心のテレビ」といった超自然的現象にしっかりした法則や条理があるのは山野一の資質だろう。一方で、にゃーことにゃっ太の性格付けや、武器を使いこなして妖怪と五分に戦ったり、幻術にかからなかったりといった作品内法則や条理を飛び越えた描写はねこぢる初期を思わせる……とまではいわないが、ねこぢる逝去前のねこぢる作品と共通している。
ねこぢるyうどん』ではなく、本作こそが真の意味でのねこぢる山野一の共作なのではなかろうか。『後編』にも期待しているのだが、また11年後とかにならなければ良いのだが。



ハード・ナード・ダディ 働け!オタク! (ヤングキングコミックス)
環 望
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アオイホノオ』や『バクマン』といった漫画家漫画ブームも一段落した感があるが、環望が自身をモデルに描いたと思しき夫婦生活をテーマにした漫画家漫画。
勿論、ただの夫婦ではない。「漫画家なんてオタクが凄くなったようなもの」と書いたのは徳弘正也であるが、この漫画家夫、マンガとアニメと特撮とガンプラが大好きなハードなナード――オタクなのだ。
主人公、茶畑三十歳(ちゃばたけみそじ)既婚32歳はエロ漫画家にして自他共に認めるオタクである。漫画家としての収入は月20万円プラス単行本の印税とそれなりであるが、ベテランデザイナーである妻が生活費の全てを稼いでくれているおかげで、自身の物欲が命ずるままのオタクライフを満喫していた。この時点で自分なぞは背筋に冷たいものが流れてしまうのだが、漫画はこう続く。
ある日、家庭内会議に呼び出された茶畑は妻にこう告げられる。


「来年の六月頃にはあなたは父親になります。
今日 病院の後会社に行って話をしてきました
年末をもって退職ということになるわ
出産費用は結構な額だし
子供ができるならもっと広い部屋に引っ越さなきゃ
お腹が大きくなる前にね
それ全てあなたの稼ぎにかかってきます」


これに対する主人公の返答が痛い。


「ガ○ダムのメモリアルボックス
もうすぐ出るんだけど……」


痛い。痛すぎる。何故なら、自分もかつてはこのような返答をしていたからだ。「あんたどうしてそんなにガキなのよ!!」という妻の怒りや「茶畑先生って時々……」「ねェ ホント――にわかってないのかねェ…」みたいな陰口が本当に痛い。
つまりこの漫画は、ブロマンスものや一部の恋愛コメディ映画のような、ボンクラ青年がリアルな恋愛に直面して成長していく話を日本のオタクでやっている漫画なのだな。
しかもこの漫画の凄いところは、「ガキ」であり「わかってない」読者でも、様々なエピソードや視点を多様して、わかるように作ってあるところなんだよね。自分なぞ読了後、思わず嫁に優しくしてしまってキモがられてしまったよ。
流石、本当は三十路じゃなくてアラフィフで、成年漫画もスパロボ漫画もこなしてきたベテランが本気で描く漫画は違うぜ! と唸る完成度であった。第一話では苦みばしった顔をした妻がどんどんエロくなっていったり、部屋にガ○プラが溢れたりする描写は環望のキャリアと実力が光る描写だろう。

ちなみに本作は打ち切りらしく、隣に住んでいたおじいちゃんが亡くなるエピソードなどに「エロマンガ家にとってのエロマンガとは何か?」といった、打ち切りにならなければやりたかったであろうテーマの萌芽がみられる。決して連れ合いの名前を呼ばないネタも最後まで引っ張りたかったのではなかろうか。単行本の売れ行きが良かったら連載再開できるそうなので、皆買うように。



星のポン子と豆腐屋れい子 (アフタヌーンKC)
トニー たけざき 小原 愼司
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『スペースピンチー』以降、ガンダムエヴァのパロディ漫画しか描いてこなかったトニーたけざき小原愼司の原作で久々に描いた非パロディ漫画。
豆腐店を営む西川家の子供であるれい子とヒロシの姉弟はある日河原で翼が生えた猫のような生き物――ポン子を拾う。突然喋りはじめるポン子に驚く二人。なんとポン子は宇宙から来たセールスウーマンだったのだ。
ポン子が出す宇宙の便利アイテムで巻き起こる大騒動……という、藤子・F・不二雄的すこしふしぎな話が展開される……かと思いきや、一話目の終わりでまどマギ的どんでん返しが起こるのだ!
巻末のおまけや対談を読むと、原作はネーム形式で描くという『バクマン』方式を採っていたようなのだが、結果として出来上がった作品はこれまで小原愼司もしくはトニーたけざきが描いてきた漫画のどちらにも出ていないという事実が面白い。
まず、小原愼司が最後まで描いていたられい子とポン子の性格はこのようなものになっていなかっただろう。小原愼司が描くキャラクターの表情は良い意味で能面のようで、読者に想像をさせるタイプの画なのだが、トニーたけざきが作画をすると、強力なニュアンスが加わるんだよね*2
一方で、トニーたけざきだけだったらこのようにウェルメイドともいえるストーリーでの漫画は成立しなかっただろう。絶対(照れ隠しに)大量のギャグを入れてきて、元から考えていたような物語なんてどうでもよくなってしまっていたんじゃないかと思う。自分は『岸和田博士の科学的愛情』の署長投獄編のような、ギャグとシリアスが相混じったトニー流SF版松竹新喜劇みたいな話が大好きだったのだが、もう読めないものと勝手に諦めていたそれをこのような形で読めたことに嬉しさを感じる。対談で言及されていた「トニー読切劇場」にも期待大だ。


こうやって連続して読んでみると、嗚呼自分はやはり十数年前に青春時代を通りすぎたおっさんなのだなあと思い知るのだが、それとは別に、幾つかの傾向があることが分かる。
一つは描き込みの量だ。皆、久しぶり(環望除く)描くことの喜びにうち震えているのか、とにかく描き込み量が凄い。デジタル作画を導入して省力化をはかっているトニーも、カバーを取り外せばこの通りだ。

もう一つは、どの作家も死ぬとか生きるとか新しい生命が誕生するだとかをテーマにしているところだろう。分かる。分かるわあ。もうそういう年齢なんだよな。


若干世代は異なるが、吾妻ひでおが久しぶりに出した新刊『失踪日記2 アル中病棟』にも同様の特徴があった。無論、この漫画も面白い。いずれも今年を代表するような漫画だと思うので、著者を応援する意味でも、自分のような漫画好きのおっさんには購入してもらいたいところだ。
失踪日記2 アル中病棟
吾妻ひでお
4781610722

*1:『四丁目の夕日』で用いたような

*2:巻末のメイキングを読むと、トニーたけざきは作画だけでネームのニュアンスを大幅に変えてしまうほどの作画力を持っていることが分かる