戦う戦わないスタトレ:『スター・トレック イントゥ・ダークネス』

スター・トレック イントゥ・ダークネス』鑑賞。


ちょっと前、日本では『ワールド・ウォーZ』の宣伝で「ゾンビ」という単語を使えないとか、SFマガジンでさえ『オブリビオン』の記事で「SF」という単語を使えないとかいった、映画における宣伝問題が話題になった。
映画評論家の町山智浩さんの、映画宣伝における代理店の功罪についての発言 - Togetter
どこからどうみてもSFであるところのスター・トレックもこの問題と無関係ではない。無関係でないどころか、一時期は「スター・トレック」というシリーズ名を打ち出すことにさえ消極的で、『ジェネレーションズ』以降のTNG映画版には「スター・トレック」のシリーズ名が題名に付いていない。つまりこれは、「SFマニア向けの映画と思われたら客が来なくなっちゃうかもしれない」という(日本の)宣伝側の思いを反映しているわけだ。


しかし、それが今やどうだろう。テレビを付ければ阿呆のような若い女が「スタトレ☆サイコー!」と叫んでいるではないか。すげえ。本当にすげえ。まさかこんな時代が来るとは思わなかった。
前作J・J・エイブラムス版『スター・トレック』は、ツッコミどころが多い話にも関わらず、テンポの良さや派手な映像的見せ場を幾つも用意した、いかにも「今ドキ」な作品だった。

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リメイク版というかリスタート版であるところのJJ版『スター・トレック』が日本でも大ヒットしたので、続編である『イントゥ・ダークネス』では大胆なCMをうった……のかと思いきや、事実はどうも違うようだ。

映画通でもオタクでもない人にも観てもらうために、何をすべきか。

売り上げをいきなり5倍にせよと指令され……アクションSF超大作映画『スター・トレック』をヒットさせる裏側(gooニュース) - goo ニュース

という言葉に、一応、映画痛じゃなかった映画通やオタクと呼ばれることが多い自分なぞは複雑な気分になるのだが、まぁ別にいいやとも思う。
何故なら、『スター・トレック イントゥ・ダークネス』はスタトレ映画の中でも一、二を争うほどの傑作だったからだ。


スター・トレック」が「スター・ウォーズ」のようなSF冒険活劇と最も異なる点は、大きく分けて二つあるんじゃないかと思う。
一つは「戦わない」ドラマであるということだ。
誰からも憎まれる悪役や作り手が設定したラスボスを倒して終わり、という話は、とくに原点たるテレビ版では、極めて少ない。人類の驚異たる異星人ともコミュニケーションし、議論し、交渉し、取引し、説得し、利益を調整し……すなわち戦わずして「話し合い」で問題を解決することこそ「スター・トレック」の原点だった。これは潤沢でない制作費というデメリットを脚本の面白さでカバーするという理由もあったのだが、アメリカ的理想の一つでもあったわけだ。
「話し合い」を重視するという特徴は続編にもきちんと受け継がだ。神のような力を持つQの前でも理想論を演説する『TNG』のピカード艦長や、理想と現実の相克を一つ一つ交渉や説得で解決していく『DS9』のシスコ司令官の姿はシリーズが持つ最大の魅力の一つだった。
もう一つは「現実問題の反映」だ。
たとえば初代『スター・トレック』で敵として描かれたクリンゴンはどうみてもソ連の隠喩だった。チェルノブイリ原発事故がきっかけとなってソ連が崩壊すればクリンゴン星の衛生が爆発したし、市場経済化で中国の力が大きくなってくると敵としてのロミュランの存在感が大きくなってきた。映画版4作目にして最も評価が高い『故郷への長い道』は当時話題になり始めていた捕鯨問題を扱っていたし、『叛乱』で内政不干渉の誓いを破るべきかどうか悩むクルー達の姿はユーゴスラビア紛争にどう介入すれば良いのか悩む当時のNATO加盟国の姿そのままであった。SF的お伽の国で全てが完結し、アメリカン・ニューシネマへのアンチテーゼとして受け止められた『スター・ウォーズ』とはえらい違いだ。
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エンタープライズのクルーがガンガン戦い、SF版ビバリーヒルズ青春白書みたいな軽いノリで話が進むJJ版『スター・トレック』では上記二点の特徴が失われたかのように思えた……ところが、『イントゥ・ダークネス』は真っ当なスタトレだったんだよね。


以下ネタバレ。


驚くべきことに、なんと『イントゥ・ダークネス』のネタ元はビン・ラディン暗殺だ。冒頭、ロンドンで起こるテロは当然のことながら911の反映で、テロ首謀者であるジョン・ハリスン中佐殺害に悩むクルー達の姿は復讐や報復に悩むアメリカの姿そのものだ。
ジョン・ハリスン中佐の正体は初代スタトレや映画版二作目に登場した優生人類カーン・ノニエン・シンだった――というのが旧作を知っている観客へのサプライズとして出てくるが、カーン=テロの首謀者という構図が持つ意味は大きい。旧作におけるカーンはアジア・中東をまとめた独裁者という設定で、演じたリカルド・モンタルバンはメキシコ人と、西欧諸国に対するマイノリティの代表のような存在だった。更に、遺伝子操作を受けた優生人類という出自やセクション31で連邦の軍備増強に協力していたという設定は、アフガン紛争時代にCIAがイスラム義勇兵に武器供与や資金提供やゲリラ兵育成を行ったことがアルカイダの誕生に繋がったという歴史的事実と重なっている。
ピーター・ウェラーが演じるマーカス提督は、存在すら秘匿されている諜報組織であるセクション31を管理し、エンタープライズよりも巨大で強力なUSSヴェンジャンス(なんてストレートな名前!)を指揮し、軍備増強のために主人公の前に立ちはだかる。つまり、マーカス提督が象徴しているのは覇権国家であり軍事国家であり911に復讐や報復で立ち向かいビン・ラディンを暴力で殺害したアメリカなのだ。
このようにシリアスで生臭いテーマに挑むJJ版エンタープライズの若いキャスト達がまた良い。胸に湧き上がる復讐や恐怖の思いに囚われ、悩むカークやスポックたちはアメリカのイノセントな若者そのものだ。
ここで「スター・トレック」のもう一つの魅力が発揮される。本作は、クリンゴン星に潜入したり、ベネディクト・カンバーバッチを殴りまくったり、USSヴェンジャンスにしたりとアクションシーンのつるべ打ちだ。ところがカークやスポックたち――主人公たちの内面は、常に「復讐」に対して葛藤しているのだ。飛んだり跳ねたりフェイザーを打ったりと「戦い」つつ、どう「戦わない」かを模索しているのだ。
最後、暴力による復讐をきっぱりと否定する彼らの姿は「こうありたかった」アメリカの姿だ。アメリカの良心が本作を生み出したといっていい。現実はそうじゃなかったからこそ、SFとしての『スター・トレック』は尊いのだ。


……わざわざ魚雷に人質を乗せる理由が今でもよくわからんけど。ピーター・ウェラーは人質を地球に置いたままカーンを脅迫した方が良かったんじゃなかろうか。