ハングリー精神とクリエイティビティ:『シュガー・ラッシュ』

やっと『シュガー・ラッシュ』を観たのだが、ちょう面白かった。
コナミコマンドや”All your base are belong to us”といった親御さん向けと思しきゲーム関連のネタも面白ければ、「シュガー・ラッシュ」という劇中ゲームの外国から見た原宿テイストみたいな幼児の大好物そうな世界観*1も良いし、自己承認や自己確認というシンプルな筋立ても力強かった。自己啓発セミナーそっくりな「悪役の会」やラスボスの正体といったブラックなネタも良かった。
もしかすると新しい『トイ・ストーリー』なのかもしれないな、なんて思ったよ。


というのは、『シュガー・ラッシュ』と一作目の『トイ・ストーリー』って、色々な点が似ているんだよね。
まず、どちらも自己承認や自己確認の話であるという点が似ている。『シュガー・ラッシュ』はラルフが「悪役」というゲームの中の役割を納得する話であるし、『トイ・ストーリー』はウッディがアンディの「おもちゃ」であることや「リーダー」であることを自覚する話だった。
主人公が古い文化を象徴し、相棒が新しい文化や潮流を象徴するという点も似ている。ラルフはワンコインに全てをかけるアーケード文化華やかりし80年代の8 bit*2ゲームのキャラクターであるのに対し、ヴェネロペはマシンパワーが上がり表現力の上がった90年代以降のゲームのキャラクターだ*3。ウッディはアメリカ建国以来のフロンティアを代表するカウボーイの玩具であったのに対し、バズは新しいフロンティアである宇宙開発を代表していた。
ゲームや玩具の視点から物語を語りつつも、あくまでゲームや玩具はお客さんである子供たちの奉仕するものという世界観も似ている。「人間が現れたら動きを止めなくてはいけない」という『トイ・ストーリー』の内部ルールは、「ゲーセンが締まったらバーで酒を飲んだりパーティしたりできる」という『シュガー・ラッシュ』の描写と瓜二つだ。
ついでに、ラスボスというか悪役を務めるキャラクターは、「ありえたかもしれないもうひとりの自分」や「自分の暗黒面」といった要素は、『トイ・ストーリー』だけでなくピクサーが作ってきた映画全般と似ている。自己承認や自己確認の話である限り、そうせざるを得ないのかもしれないけれど。


もともと『トイ・ストーリー』は、ピクサーという会社が、世界初の世界初のフル3DCGによる長編映画で世に出るための作品だった。
だから『トイ・ストーリー』には当時のピクサーを反映する要素が詰まっている。カウボーイ人形やポテトヘッドやグリーン・アーミーといった昔ながらの玩具の中に、宇宙開発をテーマにした最新の玩具が闖入してくるのは、映画製作という昔ながらのエンターテインメントに3DCGという新しいテクノロジーを持ち込んだことの隠喩だろう。玩具たちが仲間内で「おもちゃ殺し」という疑いに基づいたハードな人間関係のやりとりをしつつも、人間の前では動きを止めるルールを遵守するのは、内部ではおそらく喧々諤々のやりとりをしつつも、観客を楽しませることを第一に考える企業風土の反映なのだと思う。


当初、ピクサーはどこからも期待されていなかった。ピクサー設立者であったジョブズは当時ディズニーのCEOを務めていたアイズナーと不利な契約を結ばざるを得なかった。『トイ・ストーリー』にバービーを登場させようとマテル社に交渉に行ったらあっさり断られたり*4、当初はどの玩具会社も『トイ・ストーリー』のキャラクター玩具を作ろうとしなかったエピソードは有名だ。
メイキング・オブ・ピクサー―創造力をつくった人々
デイヴィッド A.プライス 櫻井 祐子
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しかし、その後ピクサーは映画製作において誰しもが認めるトップスタジオになった。一方、ディズニー本体のアニメ部門は『ピーター・パン2』や『ジャングル・ブック2』といった安易な続編やマーケティングで作ったような映画を連発し、凋落した。その後、ディズニーはピクサーを買収したが、実態はピクサーによるディズニーの占拠だった。ディズニーの下請けでなかった会社が、ディズニー本社を株式交換で半分乗っ取ったのだ。アイズナーはディズニーを追い出され、ジョブズはディズニーの役員になった。ピクサーのクリエイティブ部門のチーフだったラセターは、ディズニーのそれも兼任することとなった。ピクサーは勝利したのだ。


……ここまでは有名な話だ。
でもその後、具体的には映画史に残るくらいの傑作だった『トイストーリー3』より後、ピクサーが作る映画が、どんどんつまらなくなっていったんだよね。
カーズ2』は『ピーター・パン2』や『ジャングル・ブック2』みたいな「安易な続編」とどこが違うのか、という出来栄えだったし、『メリダとおそろしの森』は、どこかしらマーケティングで作られたような映画だった。アナウンスされている『モンスターズ・インク』や『ファインディング・ニモ』の続編は、果たして一作目より面白いのだろうか。
その一方で、ディズニー本体のアニメ部門が作る映画がめきめき面白くなっていった。『ボルト』はピクサーが得意としてきた自己承認や自己確認と『三匹荒野を行く』といったディズニー実写映画の合わせ技だった。『塔の上のラプンツェル』は自己承認とディズニーがこれまた得意としてきたプリンセス・ストーリーの合わせ技だで、ほとんど同じ主題の『メリダ』より格段に出来の良い映画だった。『プリンセスと魔法のキス』には更に「ミュージカル」というまたまたディズニーが得意としてきた要素が加わった。
はっきりいって、たとえラセターが責任者を兼任するといっても、今更ディズニー本体が作るアニメに誰も期待していなかった。ピクサーが作る短編や予告編を抱き合わせたりもした。それが、ぐんぐん面白くなっていったんだよね。

*1:お菓子工場でクルマを作るシーンとか最高だった

*2:かどうか判らないけど

*3:多分、コンシューマー版とアーケード版がほぼ同時リリースされてるはず

*4:ここら辺、『ジャイロゼッター』とホンダの関係を連想して邪推したりしてしまう