実話に克つ:『ソウル・サーファー』

自分はあんまり俳優目当てで映画を観ることがないのだが、アナソフィア・ロブたんが出るというので『ソウル・サーファー』を観にいった。アナソフィアたんももう19歳、もはやテラビシアには連れてってくれなさそうな年齢だけど、片腕カンフー対空とぶギロチンごっこには「しょうがないわねー」なんて呟きつつもつきあってくれそうな雰囲気がたまらんわけだ。
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……肝心の映画はというと、もの凄くよくできていた。三幕構成的にも通過儀礼的にも、お手本のような映画だった。
サメに片腕を食われたプロサーファー志望の少女ベサニーが、一度は挫けるものの、様々な経験を通して人間的に成長し、ライバルに勝つ――一言でいえば、『ソウル・サーファー』のプロットはそのようなものだ。


映画は父を殺すためにある: 通過儀礼という見方 (ちくま文庫)
島田 裕巳
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たとえば、前回紹介した『映画は父を殺すためにある』に照らせば、本作における最初の「試練」は、当然サメに腕を食いちぎられたことだ。「象徴的な死」どころか、実際に死にかける。ベサニーは家族から愛されまくっているので、「殺す」べき父親はライバルのマレーナになる。スマトラ沖地震で被災したプーケット島でのボランティアが「試練」を乗り越える契機となり、そこでベサニーは隻腕である自分にしかできない役割を悟る。クライマックスのコンテストにてライバルを精神的に打ち倒すこと、そして和解することで完全な「大人」になる。病院から戻る際は裏庭から自宅に入ったり、タイに向かう際は空港しか移らなかったりと「敷居」の描写も意識的だ。主人公は女性なので、手助けする年長者は母親やボランティアに誘うシスターといった女性になる。いてもいなくても本筋に大差ないように思えるスケボー少年も、ベサニーが通過儀礼を果たした結果ゲットするトロフィーとして絶対に必要だ。


……勿論、これは映画なので、全てが実際にあった話に即しているわけではない。おそらく、ライバルであるマレーナ*1のキャラクターは創作だ。ボランティアに誘う友人が福音派の宣教師っていうのはやりすぎだぜ! ……と思ったら、こちらは事実だったのにはびっくりした。
そういやベサニーは学校に通わず自宅学習していることもさりげなく描かれていた。『ジーザス・キャンプ』で描かれていたように、アメリカで自宅学習をする子供の75%が福音派だというのは有名な話だ。
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嗚呼! 謎は全てとけた! この映画はアメリ福音派による『ファイナル・ジャッジメント』だったんだ! な、なんだってー!……というのは冗談としても、本作における通過儀礼的構造の秀逸さがキリスト教的価値観と密接に結びついているのは冒頭のナレーションからも明らかだろう。
町山智浩は『映画は父を殺すためにある』の解説にて、アメリカ映画が父との相克を繰り返し描く理由の一つとしてユダヤキリスト教の伝統を挙げていた。本作は日本ではディズニー配給なわけで、ディズニーが配給可能なほど宗教的に「脱臭」されてるわけなのだが、それでも残っている部分が映画における通過儀礼的構造に必要な部分なんじゃなかろうか。



そういうわけで、構造的に本当に良くできている映画だったのだけれど、正直に書くと、今一つ物足りなく感じてしまった。本作は最後にべサニー・ハミルトン本人の映像が流れるのだけれども、そこで覚めてしまうんだよね。アナソフィアたん演じる映画のベサニーは、現実世界におけるベサニー本人のパワフルさや、内に秘めてるであろう狂気に全然勝てない。
何故だろうか? 同じく実話を元にした『127時間』や『ザ・ファイター』や『ソーシャル・ネットワーク』には、そのような物足りなさを感じなかった。『127時間』も『ザ・ファイター』も、最後に本人が登場するのだけれど、覚めるというよりも作り手と観客とで打ち上げするみたいな心持ちだった。思わず「お疲れさま」と呟いたものだ。『ソーシャル・ネットワーク』なぞ、ザッカーバーグそのままのキャラクターで映画化したら、さぞかしつまらなくなっていたことだろう。あれほど実話からの改変を指摘された『先生を流産させる会』の場合も、ミヅキの禍々しさやサワコ先生の凛々しさに、実際に事件に関与した中学生男子や先生が勝てるものか。
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やはり、実話の力強さに勝つには、完成度に加えて、歪さや過剰さや怨念が必要なのだろう。それも本物の、一流の歪さや過剰さや怨念だ。ダニー・ボイルクリスチャン・ベールデヴィッド・フィンチャーといった面々の歪さや過剰さや怨念は一流といえよう。監督や俳優や製作者が抱えるリアルこそが、リアル・ストーリーに克てるということなんだと思う。


ソウル・サーファー』にも、もうちょっと傷口がグロいとか、サメに襲われるシーンが異様に怖いとか、一見仲良い家族の間に近親相姦的な匂いがあるとか、片腕ライフがもの凄く惨めったらしいとか、ライバルだけが主人公の真の姿を理解してるとか、そういうのがあったらなぁ。
腕を失った辛さと苦しさを『スーパー!』の主人公のような原理主義的狂気で乗り切るさまをアイロニカルに描く……みたいなのが一番製作陣のリアルを反映できると思うし、一番面白くなると思うのだが……『ソーシャル・ネットワーク』公開時のザッカーバーグ以上に本人の怒りをかいそうだよな。
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*1:演じるSonya Balmores Chungがえらいエロかった