傷ついた友達さえ置き去りにできるウルトラソルジャー:『ミカるんX』

先日オタク大賞R13を観覧してきた。年齢のいった特オタには無視されがちな平成特撮、それも2000年以降の特撮作品を語りまくるというイベントだったのだが、たいそう面白かったよ。

  • 「『クウガ』と『タイムレンジャー』の頃まで戦隊・ライダーは特撮の中でも二線級の扱いだった」
  • 「『アギト』の頃は井上敏樹を叩くなんて文化がまだ無かった」
  • 「普通に考えて『電王』は『009』の未来人の進攻みたいな話になる筈なのだが、カイが愉快犯にしかみえない」

等々……膝を打つ話ばかりだった。自分はロボットアニメ回と同じくらい楽しめた。
特オタは「○○以外は認めん!」とか「○○」みたいに原理主義化する傾向があると思うのだが、他の原理主義者と上手く噛みあっていたのが良かったんじゃないかと思う。


具体的にどういう内容だったかというと、前半一時間はニコ生で中継されたので、観た方もいるかもしれない。
また、ブログでレポート書いてる人もいるので気になった方はご参照を。
オタクな一口馬主: オタク大賞マンスリーVol.2・R13
オタクな一口馬主: オタク大賞R13 その2
オタクな一口馬主: オタク大賞R13 その3
大丈夫、オタク大賞名誉審査員なので内容は保証つきだよ!


さて、イベントの最後、登壇者の一人であった漫画家の高遠るいによる「俺の漫画、もっと売れても良いと思うんですよ……」という嘆きから始まる、「特撮愛の無い○○なんかに比べれば高遠先生の漫画は最高ですよ!」みたいな『ミカるんX』猛プッシュがあったのだが、試しに読んでみたら本当に面白かった。
せっかくので、きちんと紹介したい。自分のような年代の特撮&SF好きにとっては、超名作の一つになりうるマンガなんじゃないかと思う。


ミカるんX 1 (チャンピオンREDコミックス)
高遠 るい
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『ミカるんX』はどのようなマンガかというと、下記の三文で説明できる。

架空の日本の渋谷区にある聖アグリッパ学園に編入してきた福井県民――南るんな。
学力・体力共に学年トップで優等生でレズビアンなお姉さま――鯨岡ミカ。
二人は宇宙人から貰った魔法のブレスレットの力で合体&巨大化し、裸の巨人として怪獣を操る宇宙人と戦いを繰り広げる!


特撮に詳しい皆様なら、この粗筋を読んだだけで、どんな作品なのか想像できるだろう。
それは、言い換えれば、過去にウルトラ戦士の代わりに裸の女巨人が戦う同人作品や二次創作作品がどれだけあったか……という話でもある。
それら既存作品との最大の違いは何か? それは、全裸美少女が格好良くはあっても全然エロくないことだ!……というのは冗談で、全体としてみれば、しっかりとしたオリジナリティがあることだろう。


御想像の通り、『ミカるんX』にはパロディやオマージュが山盛りだ。『ウルトラマンエース』がフォームチェンジをこなし、EXルナチクスと戦う。第二部は円盤生物軍団が出現し、MACは壊滅し、タイムリープや伝奇ものの要素も加わりつつ、『さよならジュピター』で終わる。パワーアップしたミカるんGXは怪獣墓場からエネルギーを得るし、親父はゲンドウの執務室そっくりな部屋で娘に説教する。ミカが着る空手着には「地獄拳」のネームが入るし、宇宙剣法を操る宇宙人は登場するし、暗黒物質はディファレーター光線や波紋みたいな嘘んこ便利エネルギーとして使われる。
……でも、読了して印象に残るのは、そういったパロディじゃないんだよね。むしろ、作中で本気で悲しんだり本気で感動したりするキャラクターの生き様なんだよな。


たとえば第一巻。巨人への変身を躊躇うミカとるんなは、昼ごはんをとったケバブ屋のお姉さんが怪獣の犠牲となったのを見て、意を決する。それは、それまで一般人でしかなかった人間が、平和や他人の命といったものを守るヒーローとしての自覚を得る瞬間だ。しかも、余計な説明台詞やナレーションはなく、熱い台詞のみで描写されるのだ。


同じく冒頭、ミカをライバル視するお嬢様とその取り巻き二人という、三馬鹿的キャラクターが出てくる。単なるコメディリリーフかと思いきや、怪獣に改造される。そこまでは想像通りなのだが、彼女達は生き返らない。怪獣に改造された少女は元に戻るのに、死んだ人間は生き返らないのだ! きちんと葬式は行なわれるし、主人公の二人は大ショックを受ける。三馬鹿は最後の最後まで死人のままだ。


本物の「死」を経験したミカとるんなは、二巻にして既に覚悟を完了する。仇である宇宙人から宣戦布告された二人は、「いい表情になりましたね」などと司令官に言われたりする。一年のシリーズでいうなら第3クールの終了直前、映画でいうなら第三幕のはじまりみたいな盛り上がりだ。まだ残り六巻もあるのに!



「特撮」の魅力とは何だろうか? おれたちが「特撮」で感動するシーンとはどういったものか?
特撮番組の尺は、たいてい30分だ。一般作とおなじように人間ドラマを描くには短すぎる。だから、Aパートでは馬鹿をやっていた登場人物が、Bパートで生死を賭けた覚悟を決めたりする。僅か数分で急激に成長したり、今生の別れを決心したりする。そういったキャラクターの心情変化を納得せざるを得ないようなハイテンポで、全ての人間ドラマが描かれる。
尺以外の別の視点にも、「特撮」の魅力がある。
おれたちは、莫大なカネをかけた特撮セットで撮影されたシーンと同じくらい、安いギャラで雇われた若手俳優の情熱溢れる演技に心動かされたりしたりしないだろうか? 莫大な手間隙をかけてCG加工されたシーンと同じくらい、夕焼けの河川敷や、雨上がりの岩舟や、冬場の透き通ったような空の下の江ノ島の海を、素晴らしく感じないだろうか? 一般作では想像もできない、とんでもなく変で、おかしくて、エクストリームなシチュエーションで、思いがけなく感動したりしないだろうか?……しかも、SFでいうセンス・オブ・ワンダーほど格好よくは無い形で。
『ミカるんX』の魅力は、「特撮」の表面的なパロディやオマージュに溢れる一方で、そういった「特撮」の別の魅力もきちんと押さえているところにあると思うんだよね。少なくとも、自分はミカが泣きながら怪獣墓場から脱出しようとするシーンにちょっと泣いてしまったし、最初ギャグキャラかと思い込んでいたペソマルク星人に、まさかあそこまで感動させられるとは思っていなかったよ……


多分、作者の頭の中にはテリングしたいストーリーなりアイディアなりがきちんとあり、それを伝える上でパロディやオマージュが自然と出てくるのではなかろうか(世代的にも)。なんというか、『エヴァ』チルドレンというよりも、20年後にきた『トップをねらえ』チルドレンという感じ――と書けば、理解してもらい易いかもしれない。



自分は著者のブログを日ごろから楽しく読んでいたのだが、オタク大賞R13ではリアルで本人を見れたのも良かった。文章から勝手に猛々しいキャラクターをイメージしていたのだが、意外にも丁寧な喋りをする、線の細い好青年だった。
作品よりも本人のキャラクターや本人の書く文章――著作やブログやTwitter上でのふるまいが面白いクリエーターというのがいる、と勝手に考えている。自分にとっては富野由悠季羽海野チカがそうで、高遠るいのことも勝手に同じ脳内フォルダに入れていたのだが、『ミカるんX』を読んで、ちょっと間違えていたかもなぁ、なんて思ったよ。