ジャンルへの愛の捧げ方:『ランゴ』

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『ランゴ』鑑賞。全然期待しないで観たのだが、とんでもなく面白かった。井口昇による『電人ザボーガー』が70年代のチープな特撮に25(35)年経ってもオトナになりきれない大きなお友達がオマージュを捧げた傑作なら、『ランゴ』は70年代マカロニ・ウエスタンにカメレオンの如く小器用な監督が真剣な愛を捧げた傑作だと思う。


つまり、ジャンルに愛を捧げるというのはこういうことなんだなと思う。血のように赤い夕焼け。茫漠とした砂漠。埃っぽい室内。染みだらけほつれだらけの服を着て、脂ぎった顔をした男たち。俳優(声優)のキャスティングといい、背景やセットや小物といった美術といい、エンリコ・モリコーネをたっぷりと意識したハンス・ジマーの音楽といい、全てが愛しく思える。
一番象徴的なのは、西部の魂がジョン・ウェインでもカーク・ダグラスでもバート・ランカスターでもなく、あの人だったことだろう。ランゴの名の由来は当然マカロニ・ウエスタンの代名詞たるフランク・ネロのあれだ。
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特に唸ったのが、人間に飼われていた名無しのカメレオンでしかなかったという主人公の立ち位置だ。水槽が割れるシーンで荘厳な音楽がかかるのは、彼の人生の始まりを意味する。何者でもなかった彼が口八丁で周囲に凄腕のガンマンであると信じ込ませ、ついには真のヒーローになる。つまり彼は、「西部劇になりたいおれたち」でありつつ「何もなくてもヒーローになれるおれたち」なわけなんだよな。


以上の例だけでなく、アルマジロや死神ジェイクの台詞、それまでの埃っぽい砂漠と全く違う白い砂漠、砂漠を横切るハイウェイの使い方、西部の魂の描写と、本作は至る所にちょっと考えさせられる、気の利いた演出が仕込まれている。こういった哲学的描写と、マカロニ・ウエスタンへの愛が本作の魅力だろう。


だけど、やっぱり一番驚いてしまうのは、この映画の監督が『ザ・リング』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』で(悪い意味で)有名なゴア・ヴァービンスキーだということだろう。

『電人ザボーガー』&ピー・プロ特撮大図鑑 (別冊映画秘宝)
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映画を観ることは単に娯楽ではなく、自分の人生を振り返る場でもある。いまは映画がテレビのスペシャルドラマの延長線を映画館に観に行くような片手間の娯楽になっています。でも、かつて僕らが思っていた頃の映画は「体験」だったような気がするんですね。『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』の映画版を観に行くことですらある種の通過儀礼だったように思えたし、その当時の自分と映画がシンクロする体験をしてきたと思うんです。映画を作る人間の責任としては「現在」を描かないといけないし、その時代をお客さんに感じさせなければいけないと思います。

別冊映画秘宝のムックに載っていた井口昇の言葉を借りれば、『ザ・リング』や『パイレーツ・オブ・カリビアン』は「テレビのスペシャルドラマの延長線」で、とても「体験」とは感じられない映画だった。ゴア・ヴァービンスキーは自分の本気を込めない映画をテクニックで撮りまくる職人監督だと思っていたのだ*1



しかし本作を観て、ゴア・ヴァービンスキーが本気で撮ってないなんていう馬鹿はいないだろう。主人公が小器用なカメレオンであるのは、「何者でもないおれたち」でありつつ、「何者でもなかった監督本人」を意味しているのかもしれない。「おまえは誰なんだ?」と尋ねられたとき、主人公はこう心の中で呟く。「待てよ。何にでもなれるチャンスなんだ!」『パイレーツ・オブ・カリビアン』のヒットでついに自分自身が真に作りたかった映画を作るチャンスを得た監督の心の叫びのように聞こえた。


ただ、この映画を『パイレーツ・カリビアン』のスタッフ云々でしか宣伝できない現状ってのは、ちょっと寂しい。西部劇を鑑賞するという風習が名実共に絶滅してしまったんだな。本作に最も感動するのは若い頃に西部劇、それもマカロニ・ウエスタンを浴びるように観た50〜60代だと思うのだが、日本の宣伝だと彼らにとって本作は単なるCGアニメと思われていそう。アメリカではきちんとヒットしたらしいけど。


そうそう。CGアニメという観点からみても、本作は素晴らしい。まず、キャラクターの造形がとにかくキモくて汚い。埃っぽさや脂ぎった感じなんかが上手く表現されている。背景も超リアルだ。いずれも、マカロニ・ウエスタンにオマージュを捧げると同時に、ピクサーが敢えてやらないことに挑戦しているように思える。本作のCGはILMが担当しているのだが、元々ピクサーILMに三つあったコンピュータ部門の一つをスティーブ・ジョブスが買収したことをきっかけに起業されたわけで、意識しない方が無理なんだろうなぁ。


さて、そんな自分は虚淵玄がマカロニ・ウエスタンにオマージュを捧げたと思しき『続・殺戮のジャンゴ』を今更プレイしようかどうか迷い中。こればかりはエロシーンだけ楽しむというわけにもイカンだろうなぁ。
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*1:H. G. ウェルズの曾孫がプレッシャーで倒れた後に『タイムマシン』の監督を引き継いだというエピソードは象徴的だ