大家族 この狂気するもの:『痛快!!ビッグダディ12 ・2週連続スペシャル!1』

いま目の前のテレビにとんでもないものが映っている。どうみても本物としか思えない夫婦喧嘩だ。
ただの夫婦喧嘩ではない。いわゆる修羅場なのだが、普通テレビで表現される夫婦喧嘩は特徴的な会話や身ぶり手ぶりのみをつまんで、軽く見られるように編集するものだ。だが、この夫婦喧嘩は違う。わざと長い間をとったり、同じ言葉をちょっとだけ違う使い方で何度も繰り返す男の言葉をテロップで強調したり、テーブルの横に座り込む女が死んだような目をしていたり……人生のそこここで発生する嫌な雰囲気や不快な時間を強調する作りだ。そして、このまま「次週に続く」


この夫婦、ただの夫婦ではない。男は48歳同じ女とバツ2、前妻との間に子供12人うち8人をひきとる。女は28歳おそらくバツ1以上子供5人。現在男の子供を妊娠中。
すなわち大家族ものなのだが、ただの大家族ものではない。


そして驚くべきは、この番組が地上波のゴールデンタイムで放送され、常に15%程度の視聴率を叩き出し、およそ1900万人の日本人がこれを観ているという事実だ。


そう、『ビッグダディ』だ。おれたちの大好きな『ビッグダディ』がとうとう還ってきたのだ!



ご存知の方も多いかもしれないが、一応説明しておこう。
ビッグダディ』はテレ朝のゴールデンタイムにて不定期に放送されている大家族もののドキュメンタリーだ。大家族ものといえば、貧乏ではあるけれど大家族ならではの楽しげなエピソードを通じて、昨今の核家族では失われがちな濃密な家族愛を描くというのがセオリーだ。
シングルファザー奄美大島大自然の中で子供8人を育てる『ビッグダディ』は、当初こそそのようなセオリーに忠実だったものの、一回家を出た(離婚した)母が戻ってきてから番組の方向性が変わってきた。


母は、家を出ている間に生んだ三つ子を連れてきたのだ。ナレーションでは説明されないが、時期的にみてビッグダディの子供ではない。しかし我が子として育てるビッグダディ。一方、母はどうみてもダメなオトナで、子供の面倒すらろくにみれない。ビッグダディや子供が忙しく家事をこなしている中、部屋の片隅でダラダラしている。ネットではビッチマミィなどという仇名までつけられる始末だ。
ビッグダディも、古きよき大いなる父親像とはかけ離れている。画面上ではしっかり大家族をまとめている風なのだが、出戻ってきた半年後にビッチマミィを孕ませていたりする*1。父と母の人間関係はドロドロだ。
一家の大黒柱としての役割も微妙で、金に困ると泥縄的に祭りの出店で稼ごうとしたり、家族を島に置いてひとり愛知県に出稼ぎに行ったりする。イイ奴というより調子のイイ奴という感じだ。



で、約7ヶ月ぶりの放送となった今回は特に凄かった。放送の無い間、ビッグダディはビッチマミィと再離婚し、なんと18歳年下である28歳の新妻と再々婚していたのだ。

なんでもこの事実は既に女性週刊誌で報道されたらしい。自分は「女性週刊誌を読むようになったらその人の読書人生は終わり」という中学の時分の現国教師の教えを律儀に守っているもので、全く知らなかったよ……
しかも、その女性週刊誌の報道が原因なのか、はたまた傍からみれば棄てられた形になったビッチマミィに同情したのか、ビッグダディ奄美大島を追われた。とりあえず出稼ぎ先であった愛知県豊田市に自活できない子供たちを呼んでの生活――『痛快!!ビッグダディ12』はそんな風景から番組がスタートする。「家族11人に1室じゃ手狭なので」という理由でアパート2室借りていたが、新妻とのセックスをこころゆくまで楽しむ為であろうことは想像に難くない。子供がいたらセックスできんからね。我が家はまさしくそれだ。


この新妻、28歳のくせに自分のことを「美奈はね……」と名前で呼ぶ。連れてきた子供たちは全員キラキラDQNネーム。「ダディの子供たちと違って都会的な名前です」なんてナレーションが白々しいことこの上ない。


家族11人にアパート2室という環境が過酷過ぎるのか、もしくは前妻も奄美を離れて豊田に住んでいるのが原因なのか、新妻はとにかく豊田に居たくないらしく、頭の中は移住のことばかり。子供の環境を考えて二学期が始まる前に移住しようと隠岐の島への移住話を急激に進めるさまは見ものだった。
「よこやま整骨院には世話になってるから急には辞められないんだよ」と真っ当なことをいうダディに対して「そんなこと美奈は知らないの!」と押し切るさまは、正に子供を持ったメスライオン強しという感じだった。


で、隠岐の島への移住話は定置網漁を行なう漁業会社への就職あってのことだったのだが、変わりすぎの住所を怪しまれたのか、それともテレビ出演が悪かったのか、失敗してしまった。おまけに、気が焦ったのか移住話が決まる前に整骨院を辞めてしまったので後が無い。住んでるアパートは整骨院の寮なのだ。ここ、「もっとゆっくりやれば良いのに、なんでこんなに急ぐんだ?」と視聴者全員がつっこむところだ。


今回、たった二時間の中に離婚・再婚・妊娠・奄美村八分・移住先探し・夫婦喧嘩・退職・再就職と移住失敗・泥縄的に移住先探し……と圧倒的なクオリティだった。とにかく、次に何が起こるのか皆目分からない、このジェット・コースターを越えたスペース・マウンテン的感覚! そういえば、なんでも飲み込むビッグダディの心の内奥はまるでブラックホールのようだともいえる。


最も特筆すべきことは、これまでビッチマミィの陰に隠れて分からなかったが、ビッグダディもかなり狂った人間であったということだろう。とにかく新妻や家族と相談せず、一人でなんでも決める。ビーサンとTシャツ姿で就職面接に馳せ参じ、履歴書も用意しない。就職が失敗したら一回会っただけの役所の人に電話で泣きつく。夫婦喧嘩になったら自分の意見を譲らない。しかし、それでいて新妻は既に妊娠だ。二部屋借りてたのは伊達じゃなかったね!


特に、冒頭で書いたように、同じことをちょっとだけ表現を変えて何度もいう夫婦喧嘩はインパクト大だった。

「普通じゃないよ。普通じゃない。それはもう普通じゃない。普通なわけがない。普通そんなわけは無い」
「開き直らないよ。開き直らない。開き直ってなんかいない」
「じゃあどうすればいいの。開き直らずにおれはこうだってお前にどう伝えればいいの。おれはこうだよ。それは最初っから言ってる。おれはこうだ。な。おれはこうだよ。おれはこういう人間だ。おれはこういう人間。これ以上のものでもないし、これ以下でもない。おれはこういう人間。ただ、子供はなんとかしたい……」


まるで洗脳に用いる言葉のようだった。それも、目の前にいる妻よりも、自分自身を洗脳するための。
新妻美奈ちゃんの目もどんどん死んでいく。だんだんビッチマミィに似てきた。
これで「次週に続く」。井上敏樹もこんな脚本書けないよ!



ここにきて『ビッグダディ』の魅力がはっきりしてきた。つまり、ナレーションやテロップは単にエクスキューズでしかない。かろうじて従来の家族ものの体裁をとっているものの、実際は共感や感動を惹起する従来の家族ものと全く逆で、ビッグダディやその妻の泥縄的ふるまいにつっこみながら観る、というのが最大の魅力なんだよね。


これはもしかして、2ちゃんやTwitterでテレビ番組を「実況」しながら観る文化と関係があるのかもしれない。多分、この番組の製作スタッフは番組が「実況」され、「祭り」になることをある程度予測しながら作っているのではなかろうか。「お前ら見もせずに叩くなよ 見てから叩いた方が100倍面白いぞ」という書き込みは象徴のように思えた。



そういうわけで、『ビッグダディ』はまるで素人が一生『電波少年』の「ヒッチハイク生活」や「一万円生活」をやっているかのような番組だった。そして演出は『ガチンコ・ファイトクラブ』よりもガチンコで、『監督失格』と同レベルの嫌な空気が漂う。そしてそして、視聴者は全員つっこみながら、「実況」しながら番組を観る。これこそ21世紀の、ゼロ年代を越えたテン年代のバラエティー番組といえよう。次回放送を刮目して待つべし。
次回に続く)

*1:おそらくそのことが原因で、娘の一人は口を利かなかったりしていた