リア充スコットの巡礼:『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』

スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団 (エドガー・ライト監督) [DVD]
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巷で噂の『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』を観たのだが、いまふたつくらい乗り切れなかったよ。


この映画、世間では『キック・アス』や『エンジェル・ウォーズ』と並ぶボンクラ映画とされているのだが、ちょっと違うと思う。自分が感じたのはナイトウミノワさんが書かれているのと似たようなことと想像するのだが(違っていたらごめんなさい)、ちょっと自分の言葉で説明してみることに挑戦したい。



まず「ボンクラ映画」とは何か? という問題がある。どう定義するかは、人によって様々だろう。


辞書をひいてみると、「ぼんくら」とはもともと「盆暗」と書く賭博用語で、「盆の中のサイコロを見通す能力に暗く、負けてばかりいる人」を意味する言葉だったという。


そこで、とりあえず本エントリでは「ボンクラ映画」を下記のように定義したい。

  • これまでの人生でモテたことが無いばかりか、異性と交際した経験すら少なく、
  • 社会的地位が低いばかりか、金銭的蓄えも少なく、
  • 人生を見通す能力に暗く、負けてばかりで
  • 映画を観ることしか楽しみがないような人が好む映画


さて、この(あくまでも自分勝手な)定義を踏まえて検証してみると、『スコット・ピルグリム』は「ボンクラ映画」じゃないと思う。



主人公がモテモテで自信過剰、ってのは良いと思うんだよ。たとえば、童貞の為の童貞アニメといえる『マクロス』の主人公はモテモテだし、『アオイホノオ』の主人公は自信過剰だ。理想の姿としてのモテモテ主人公や、若者の特徴としての自信過剰描写は、「ボンクラ映画」として許容されるばかりか、特徴にもなりうる。や、『アオイホノオ』は映画じゃないけどね。
でも、元カノが二人もいて、二股状態で迷いまくるってのは、ボンクラじゃなくてヤリチンの発想だよな。スコットは肉体的には童貞だけど、心はヤリチンなのだ。


つまり、本作における元カレとのバトル、元カノと今カノとのバトルってのは、どう考えても恋愛におけるあれやこれやの隠喩なのだ。そして、恋愛を通して主人公が成長し、他人に対する気遣いを学び、人間的成長を果たすってのは、「ボンクラ映画」じゃなくて「恋愛映画」だと思うのだ。


本作でバトル相手として登場するのは彼女の元カレだ。スコットは一見ウンザリした顔で彼ら(と彼女ら)とバトルするが、それはあくまでポーズに過ぎない。
本当は、彼女の過去が気になって気になってしょうがない。今まで何人の男とつきあってきたか。元カレ達とどういうデートをしてきたのか。元カレ達には男としてどういう魅力があったのか。元カレ達と比べて自分のちんこは大きいのか小さいのか。そういのが、気になって気になって仕方が無いのだ。まぁ、男が本気で恋愛しようとするなら、相手の恋愛遍歴が気になるのは当たり前のことだよね。
ちなみに本作では、男としての魅力やちんこのデカさとかの比較は、「ゲームみたいなバトル」として表現される。ここで、スコットは勝って勝って勝ちまくる。普通の恋愛映画なら、心無い一言で相手を傷つけて関係が気まずくなるとか、自分の小ささを知って成長するとかいった描写があるのだが、これも彼女から最強武器をゲットしたりとか、バトルで勝ってレベルアップや1UPしたりといった、ビデオゲーム的表現を映画に持ち込んだ描写で表現される。この部分はゲーム大好きなボンクラである自分にとって、非常に楽しい。しかし、あくまでもそれは恋愛ゲーム――まるで巡礼のように彼女の元カレと自分を比較すること――の隠喩としてのビデオゲーム的描写だ。



始末が悪いのは、このスーパーバトルの部分が面白すぎるってことなんだよな。英語が母国語じゃなくてもセンスが良いと分かる会話、ザック・スナイダーとはまた違った方向に突き詰めたBGMとカット割りのリズム、ビデオゲームのインジケーターのように表示される各種ステータスによるツッコミ効果……どう考えても、これは映画の新しい楽しさを切り開いている。


でも、この特徴をもってして「ボンクラ映画」と呼ぶのは、『スター・ウォーズ』をSF映画と呼ぶみたいなものだと思うんだよね……我ながら、面倒くさくてスマン。


だから、恋愛映画も恋愛ゲームも恋愛そのものもあんまり得意じゃない自分は、あんまりこの映画にノレなかったんだよね。
一応書いておくと、同じくマイケル・セラが出演していた『スーパーバッド』や『40歳の童貞男』といった童貞が成長したりしなかったりする「童貞映画」は大好きである一方で、ヤリチンやリア充が恋愛に悩んだ末に成長したりゴールインしたりする恋愛映画があんまり好きじゃないわけですよ。結婚して子供もいるものの、まだまだ女性と話す時に緊張したり、すぐセックスやオナニーのことを考えたりと、童貞意識の抜けない自分としては、まるで天上界に棲んでいる神々たちのスーパーバトルを見ているような気分だった。
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ちょっと思ったのだが、もしかして海外のボンクラにとって「彼女がいる」「恋愛で悩む」ってのは、普通のことなのかもしれないなぁ。そういえばエドガー・ライト監督の過去作『ショーン・オブ・ザ・デッド』や『ホット・ファズ』でも主人公の彼女や元カノが特にエクスキューズ無しで普通に出てきたりしていた。ということは、主人公は童貞じゃないってことだ。
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そしてこの映画が日本でウケるってことは、日本でも「彼女がいる」「恋愛で悩む」ボンクラが増えてきてるってことなんだろうな。……そんなことを、AKB48劇場がてっぺんにのっかったドン・キホーテ秋葉原店と、その周囲でウロウロしている髪の毛を染めた若者達を目にして、想うのであった。