「古代進を演じているキムタク」を演じるキムタク:『SPACE BATTLESHIP ヤマト』

ちょっとピークを過ぎた感もあるけれど、巷で噂の『スペヤマ』(あるいは『バトヤマ』)こと『SPACE BATTLESHIP ヤマト』を観た。


自分は世代的なものが理由か、「ガンダム」にはのめりこめても「ヤマト」には関心を抱けなくて、オタク第一世代が「ヤマト! ヤマト!」と興奮しているさまを冷めた目でみたりしていたのだけれども、そんな自分も一応基礎教養として観にいかなくてはならなきゃと思ったのだ。



感想を書くと……これまた巷の噂と同じになってしまうのだが、思ったほどクソじゃなかった。この一文に尽きる。


クソじゃなかった原因はなにかというと、佐藤嗣麻子が書く脚本――徹底的にハリウッド映画を参考にした脚本の構造なんじゃないかと思う。きっちり三幕構成。有名俳優全員に作られた見せ場。ショックガンのレベルやら「アイ・ハブ・コントロール」時の揺れやらを利用して、それなりに回収される伏線。『K-20 怪人二十面相・伝』の時も思ったけれど、この人、80〜90年代のアクション映画みたいな脚本ばっかり書くんだよね。
ギャラクティカ』や『スタートレック』のリメイクをパク……じゃなかった参考にした改変具合もそれなりに良かったのではないかと思う。
深作欣二神代辰巳が撮影所というワイルドライフで自己を育てた全身映画人だとすると、なんというか、佐藤嗣麻子山崎貴はちゃんと座学で教育を受けたクリエーターって気がするな。


しかし、SF映画としてはあんまり関心しなかった。なんで「SF映画」という観点でみるかというと、オタク史からみると『宇宙戦艦ヤマト』は初めてSF性を前面に押し出したアニメという点で重要だったことと、監督の山崎貴は常日頃から「SF! SF!」と発言しているからなのだが、真空に投げ出されて意識を失った人間を助けるために心臓マッサージと人工呼吸ってのはちょっと…… おまけに、まるで海で溺れたかのようにケホッケホッとか言いながら意識を取り戻すし…… ハンダがとれたせいで宇宙船が故障するようなセンスだなと思ったよ。


されどしかし、この映画内での宇宙は我々の宇宙ではなくて、音が伝わり、ものが煙を噴き上げながら燃焼し、生身で投げ出された人間も人工呼吸すれば助かる、松本零士的宇宙いやさ松本零士空間なのだと考えれば納得できないこともない。宇宙の海はおれの海。おまえの海もおれの海。そりゃ、重力が無いのに第三艦橋が水平落下しようとも、誰も何も言わないわけだ。


そうだ。SFではなく、アニメの映画化と考えればクソじゃないどころではなく、結構良い出来だと思う。人類初のワープに余韻が無いのも、ツンデレ森雪がまたたく間にデレに転じるのも、すぐイスカンダルに着いちゃうのも、まったく思い出が無いのに弟だと思ってた告白も、TVアニメの映画化と考えればオールOKだ!



ただこの映画、アニメの実写化として考えても、一点だけ不自然というか普通じゃない点があるんだよね。
それはなにかというと、あれですよ。我らがキムタク大先生のことですよ!


常日頃からカンの良い皆様はご存知のことと思うのだが、木村拓哉はテレビの中で「キムタク」というキャラを演じている。それがバラエティーであるかドラマであるかに関わらずだ。
で、『SPACE BATTLESHIP ヤマト』でもキムタクは「キムタク」というキャラを演じているんだよね、古代進ではなく。もっと正確に書くと、古代進ではなく「古代進を演じているキムタク」を演じているわけだ。ヤマト艦内のシーンがバラエティー番組のコントっぽいのはセットが貧乏臭いせいばかりではなかったのだな。
普通、テレビに多く出演している芸能人が映画出演する場合、テレビで演じているキャラクターを消そうと努力するものだ。髪形を変えたりメガネをつけたり外したりと、役作りにかなり苦労する者も多い。しかし、ジャニーズはその限りではない。
何故なら、世の中にはそういう需要が確かにあって、ジャニーズは伝統的にそれを飯の種としてきただ。で、ジャニーズの中でも、そういう需要が求める役割に真正面から応えまくっているのが我らがキムタク大先生なわけだ。
だから、キムタク大先生はどんなドラマでもぶっちゃけ、すげー、ヤバイと連呼するし、どんな映画でもちょ、待てよ! と口走ることを躊躇わない。


でも、本作『SPACE BATTLESHIP ヤマト』にとってそれがマイナスに作用しているかというと、自分はそうは思わなかったな。なんだか「ヤマト」というシリーズが持つアナクロニズムを破壊したような気がして。


ぶっちゃけ「ヤマト」ってのは戦中派の叶わなかった夢をファンタジー世界で具現化したアニメだと思うんだよね。宇宙船だけど雰囲気は完全に日本海軍だし、敵は(戦後知った情報に照らし合わせると)同盟を組んでいたことを恥としたいナチス・ドイツだ。なによりも、オリジンは戦艦大和だ。太平洋戦争で敗戦した日本人が持つフラストレーションも、解消できようというものだ。


だから、そういった戦中派の理想を引き継ぎつつも、戦争を知らない子供達のそのまた子供達が観ることになる『完結編』や『復活編』はジェネレーションギャップ故に新興宗教のアニメみたいに受け止められてしまうのだ。しかし、今更雰囲気を変えるのは難しい。旧作のファンが戸惑うし、作品の魅力を損なうことにもなりかねない。


されどしかし、「たったひとつの冴えたやりかたが存在した! 毒をもって毒を制す。ナショナリズムをジャニーズイズムで相殺する。
「○○を演じる自分」を演じるという行為はそれほど現代的というかポストモダン的で、だからこそアナクロニズムや古いナショナリズムを相殺できるんじゃなかろうか。


そういうわけで、これだけは断言できる。『SPACE BATTLESHIP ヤマト』は『ヤマト復活編』よりは全然マシ! 総員、キムタク艦長に敬礼!!