侵略する伊藤計劃:『伊藤計劃記録』

伊藤計劃記録
早川書房編集部
4152091169

 だから「人狼」はヒットしないでしょう。ここにはマ◯チやデ・ジ・キャ◯ット、あるいはホシ◯・ルリのような「萌える」デザイン(言わば『怠惰なキャラデザイン』)のキャラクターは一切登場しませんし、アルマゲドンのような自動化された感動ドラマもありません。映画もアニメも怠惰な観客でいっぱいのこの世の中で、「人狼」の生きる場所はないのです。


 だから、この映画は私が観るしかないのです(笑)。

人狼・JIN-ROH


伊藤計劃記録』読了。


SF作家としての伊藤計劃の仕事は多くの人に認められていることと思う。実際、「ハーモニー」は日本SF大賞星雲賞を獲ったし、本書に収められている二本の短編――民族浄化に認識論という大ネタにらきすたネタを入れるというお茶目をやらかした「The
Indifference Engine」や、単なる遊びと思いきや複製と自意識というテーマと代替わりする007役者がガッチリ結びつく「From
the Nothing,With Love.」は傑作だ。


ただ、私は伊藤計劃――id:Projectitohが作家としてデビューする前に書いた映画評も、小説に負けず劣らず傑作だと思う。はてなダイアリーにあるものは今でも読めるし、主が無くなった今でも多くの人間に読まれている。だが、自身の活動をはてなダイアリーに移す前、「SPOOKTALE」の名でサイトをやっていた際の文章は、伊藤計劃自身がサイトを閉じたということもあり、webarchiveを掘るしか読む術が無かった。
http://maturiyaitto.blog90.fc2.com/blog-entry-222.html
それが今回、こういう形で纏められ、ビットではなくアトムの形で読めるというのは、なんだか感慨深い。そういや「ハーモニー」のタイラーダーデンであるところのミァハは、小遣いが入れば電子出版データを本という印刷物の形で出力していたっけ。


本書の映画評はこんな言葉で始まる。

映画批評っていうのはレビューではない。もっと体系的だし、少なくともウェブに溢れる「面白い」「つまらない」といった感想程度のゴシップではない。
批評とはそんなくだらないおしゃべりではなく、もっと体系的で、ボリュームのある読みものだ。もっと厳密にいえば「〜が描写できていない」「キャラクターが弱い」「人間が描けていない」とかいった印象批評と規範批評の粗雑な合体であってはいけない。厳密な意味での「批評」は、その映画から思いもよらなかったヴィジョンをひねり出すことができる、面白い読み物だ。
だから、こいつは映画批評じゃない。まさに印象批評的で、規範批評的で、それはすべて、ぼくが紹介する映画を魅力的に見せるためにとった戦略だ。


これが伊藤計画にとっての照れというか、謙虚さの顕れであることは誰の目からも明らかだ。何故ならその後に続くのはどうみても印象批評や規範批評とは程遠い文章なのだから。

ミュージカル映画
この奇妙な存在はいったいなんなのでしょうか。ショウとしてのミュージカル、それは常に舞台というフレームの上に成り立っているもの。舞台そのものの強烈な虚構性ゆえ、劇中で登場人物が心情を歌で表現しだしても、別段違和感はありません・・・しかし映画となれば話は別。彼らはリアリティある風景の中で当然歌い踊りだし、軽やかに物語の文法を逸脱します。舞台が要求するリアリズムとミュージカルのもつダイナミズムは素直に馴染みますが、映画の持つ「写真性」とミュージカルの力は、その本質において異なったものです。
だから、それは虚構が現実を圧倒してゆく映画だと言ってもいいでしょう。

ダンサー・イン・ザ・ダーク

この映画は「哲学的」と言われた「シン・レッド・ライン」なんかよりもずっと哲学的と言えるかもしれません。私に関して言えば、実はこの映画の主題は(ハイデガー的ではなく)ドゥルーズ的に読んだニーチェではないか、と思考しています。
この映画が扱う題材は、いま、ぼくらが生きるこの消費社会での肉体と自我/狂気と去勢/はては「一瞬」と「人生」などに繋がる、外界と「私」の関係性です。その意味では、この映画は塚本晋也の一連の作品、特に「東京フィスト」に直結します。都市に住まう、肉体をひっくるめた「私」の存在、それがこの映画や「東京フィスト」が扱う「私」であり、まさに「エヴァ」や「lain」に欠けていたものなのです。

ファイト・クラブ

ファイト・クラブ」もそうでした。「テルマ&ルイーズ」もそうでした。崖から勢い良くダイビングしたテルマとルイーズが、あの瞬間はじめて「生きた」ように、タイラーを殺し、マーラの手をとったジャックがこれから崩れ落ちるビルの中に留まったように、ジャイアントはあの瞬間、初めて「生きた」のです。「自分」というものを「引き受けて」生きることの素晴らしさを「アイアン・ジャイアント」は語ります。

アイアン・ジャイアント

しかし、この映画の「野蛮さ」「過剰さ」はそうした場所に宿っているのではありません。
グラディエーター」の「野蛮さ」とはなにか。それは、目的や物語を逸脱し、制作中のある時点から止めようが無くなってしまった、「世界全部」を細部まで構築する意思にあります。
ローマ帝国全部作る」

グラディエーター

薄っぺらなキャラクターしかでてこない映画なんていうものは、この世にゴマンとありますが、バーホーベンの映画がそれらと違うのは、人間という存在自体を思いっきり低く見積もる、その確信が映画全編にみなぎっているからです。キャラの薄っぺらい映画はえてして詰まらないものですが、バーホーベンの映画は実に奇妙で、キャラが薄っぺらくなればなるほど、ドラマが薄っぺらくなればなるほど、さらにはセットが安っぽくなればなるほど、「人類みな最低」というテーマが際って、猛烈に面白くなるという不思議な性質を持っています。

インビジブル

映画に何を求めるのか、それは人によって様々でしょう。逃避であろうとなんだろうとそれは別に否定されるべきではありません。しかし「アルマゲドン」や「コン・エアー」などのブラッカイマー作品に人が集まっているのを見るにつけ、私はそこで「感動する」観客の猛烈な「怠惰」を感じます。泣いても別に構いません。映画が観客の涙を搾り取る商品として「設計」されているのですから「泣く」のは当然です。
(中略)
ですがその涙を「感動」という言葉にすり替えてしまう人の何と多いことか。ぼくは「アルマゲドン」で「感動」した、という人にはこういうことにしています。「それは、君が世界に対して怠惰な証拠だよ」と。彼らは世界から「感動」を見つけ出す努力をしていない。だからとりあえずの涙を「感動」にすり替えて満足しているのだと。
世界は美しい。コンクリートの汚れのパターンも、廃屋を覆う蔦も、テーブルの木目のパターンも。川面が反射する光のパターン、通り過ぎる女性の髪が風にたなびくモーション、僕らの世界は美しさに満ちている。その美しさの集合体として世界があり、空気があり、光がある。そのような美しく醜い世界。
では、涙が「感動」と(必ずしも)同一でない、とするなら、映画の感動とは何なのでしょう?

人狼・JIN-ROH


ちょっと告白させて貰うと、自分はこのブログで映画の感想書くのに困った時、件のまとめサイトを覗き、伊藤計劃の文章を再読して、映画の見方や語り方について参照したりもする。


そう、自分がこのブログでやってることなんて、伊藤計劃のパクリに過ぎなかったのだ! ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!


……そういうわけで、パクリ野郎の感想としては、伊藤計劃の映画評をもっとハードカバーで、ビットではなくアトムで読みたくなった。伊藤計劃の文筆活動を時系列順に書くと「SPOOKTALE」→「伊藤計劃:第弐位相」→作家デビューとなるのだが、超上から目線を承知で書くと、やっぱりはてなダイアリーでとあるところの「第弐位相」で書いた映画評の方が、更に出来が良いと思うんだよね。

たとえば、「最悪、というひとは、たぶん現実に打ちのめされたことがないひとなんじゃないか」と喝破した『宇宙戦争
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20050701
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20051110#p1


単なる映画化ではなく「ガチ」と評した『Vフォーベンデッタ』
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20060417#p1
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20060421#p4


誰もが貶すフィルムに潜水艦映画という視点で切り込んだ『交渉人 真下正義
http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20050508


……等々の評なんかは、本当にこの人凄いと思ったものだ。
伊藤計劃記録2』なんて出版されないかね。


更にもう一つ。本書には、作家デビューした後にきっちりカネを貰うお仕事として書いたスピルバーグ評「侵略する死者たち」が掲載されているのだが、『未知との遭遇』のマザーシップ=「映画」なら『宇宙戦争』のトライポッド=三脚と捉え、死者の国を歴史と捉える視点に目から鱗だ。スピルバーグの残酷描写にフィーチャーする評は多いけれど、こんな視点があったとは。



そういうわけで、普段SFを読まないけれど、ボンクラ系の映画が大好きで、尚且つ映画を語ることに興味があるという方には強くお勧めしたい一冊だ。それで、伊藤計劃という人物に興味が沸いたら、その後是非とも『虐殺器官』や『ハーモニー』を読んで欲しい。


虐殺器官 (ハヤカワ文庫JA)
4150309841

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)
415208992X